山手線の〝いらない駅〟には絶対に必要な酒場がある!鶯谷「東瀛」
日本……いや、世界でも有数の知名度を誇る『JR山手線』。私も上京する前から〝緑色で東京をグルグル回っている電車〟というのは知っていて、〝環状線〟という言葉そのものを知ったのも山手線である。初めて乗車した時も、停車する場所すべてが聞いたことのある駅で、用もないのに原宿や渋谷、品川に上野など下車しては悦び勇んだものである。
そんな〝スター選手〟が、29駅も揃った山手線。『WBC 2023』でいうところのUSA代表みたいな路線だ。どの駅にもその駅ならではの街並みが形成されており、郊外を走る私鉄みたいな〝コピペ〟で作られたような街並みとはひと味違う。それ故に「〇〇駅って何かあるの?」なんて駅は、ひと駅だって無い……と、思っていた。
〝影の薄い駅〟
〝いらない駅〟
とある記事のタイトルである。まぁ、スター選手揃いだからどうしても目立たなくなる駅が発生するだろうが、それにしたって〝いらない〟とは一体どういうことだ。日本の山手線、世界のYAMANOTE LINEに、そんな駅があるはずない。一体どこの駅なのかと読んでみると、さらに驚いた。
『鶯谷駅』
ははぁ、君だったか。超売れっ子選手『上野駅』の隣にして、いらない駅……って、馬鹿をおっしゃい! 確かに〝一般〟の方ならそうなのかもしれない……だが!〝酒飲み〟にとっては無くてはならない駅なのだ。まずひとつに『信濃路』があること。駅から徒歩0分、神社の真下にあるという神聖な所在にして、無いものなんて無いんじゃないかという豊富なメニュー。早朝から飲れるとあって、コアなファンから絶大な支持を得る酒場だ。さらに忘れてはいけないのが『ささのや』だ。一本80円からの激安焼鳥を、店先で気軽に愉しめる庶民派。レモンハイを片手に、耳を傾ければ高架線に響くJR線の走行音が耳に心地好い。おっと、この駅には日本最古といわれる酒場だってあるのだ。『鍵屋』の渋味と比べたら、私なんてまるで生まれたての赤ちゃんだ。一度行けばどんな黒帯呑兵衛だって、あの雰囲気に圧倒されること間違いない。
こんな魅力的な酒場が密集していて、どうして〝いらない駅〟となるのか不思議でならない。まだ他にもたくさんあるが、最後にひとつ。〝いらない〟とまで言われる駅に、かかせない酒場がある。
出たっ、『東瀛』だ! 一度書いたら二度と書けないだろう画数の〝瀛〟という字は〝えい〟と読む。赤地に大書された看板は、隣接する無料案内所のド派手な看板と妙にお似合いだ。一見して怪しげな佇まいのこの雑居ビルも、この鶯谷には欠かせない酒場のひとつなのだ。
ビルの奥へ進むと……ドアひとつのみの、中々入りづらい入口がある。これは歌舞伎町の『地下ん屋』と同じくらい入りづらい。
ここを思い切って扉を押すと……
「イラシャイマセー」
中国系のお兄さんに迎えられた店内は、外観からは想像つかないほど広い! 窓なし地下酒場のような空間に、町中華のコントラスト。店の半分は、長いソファー式のテーブル席、真ん中にも四人掛けテーブル席、残り気持ち程度にカウンターがある。照明の薄暗さのおかげで罪悪感が半減するせいか、時間はまだ15時前だというのに、先輩らはだいぶ仕上がっている様子……これ以上、遅れをとることは出来ない。
素早く酒座を決めて、まずは『ホッピー』から。さぁ、飲ろう!
カランコロンカラン(ホッピーと氷が混ざる音)……ゴクッ……ゴクッ……、トウ──エ──うめぇぇぇぇいっ!! 昔から町中華には瓶ビールと決まっているが、そろそろホッピーが世代交代してもいいんじゃないか……おや?
〝JINROもね!〟
声のする方を見ると、私が世界一美人だと称している『吉岡里穂』が、JINRO片手にこちらを見ている。これは最高の酒座だ。ご相席、よろしくお願いします。
さて、東瀛と言ったら『ハムエッグ』でしょう。見よ、このハムとエッグの〝逆エッグ〟を。しっかり目に焼き上がったハムの下からは、黄身がトロリ流れ出している。
箸でワシャッとハムごと卵を包み上げて食えば、安心安定のお母さん味。ふと思ったのが、ハムが逆だから本当は〝エッグハム〟と呼ぶべきなのでは? いや、いつも食べているハムエッグが、本来エッグハムなのでは……ウマければ、どっちでもいいか。
おまたせの『餃子』がやってきた。もうね、餡がはしたない程パンパンに詰まっている。生後三か月の赤ちゃんの腕くらいパンパンだ。
当たり前のように、酢とラー油のみのタレが付いてきた。分かりました、そのまま使わせていただきましょう。
うんまっ!! 見た目で分かっていたが、やはりウマい。パンパンのところをカブリ付くと、中から挽肉とニラの旨味汁がダビダビに流れ込んでくる。ほんのりと八角風味が本場っぽい。なるほど、この〝味のパンチ力〟には、あっさりと酢ラー油だけの方が合うわけだ。
〝JINROにも合うわよ!〟
そうだね、里穂。彼女もご満悦の様なので、先を続けよう。
今まで見てきた『トマト玉子炒め』の中でも、これは完璧に近いビジュアルだ。トロリとしたフワ玉子に。ニラと玉子がしわくちゃに混ざっていて何とも旨そうだ。
ここはスプーンですくい上げ、ズルッと吸い込む──んマいッ!! 卵のジュグジュグ、トマトのジュグジュグが見事に混ざり合い、文句なしでウマい。ああ……私が中学生だったら、これをドンブリご飯にぶっかけて、ほっぺにご飯粒を付けながら掻っ込むのになぁ。
クリスマスと東瀛のメインディッシュは『東瀛チキン揚げ』と決めている。なんですか、この存在感。〝旨〟という字を3Dプリンターに読み込ませたら、きっとこれが出来上がるんじゃないだろうか。こちらも〝必ずこれを付けて食べろ〟と言わんばかりに、甘ダレにマヨネーズがチョンと浮かんだ小皿が付いてきている。
無論、そいつをチョンと揚げ先に付けていただく。パンッ!!と膝を叩いて「旨が過ぎる!」のひと声。カンリカリに揚がった衣の歯ざわりと鶏肉のジューシーさが、甘タレとマリアージュ。ああ……私が高校生だったら、これを大盛りラーメンの上に乗せた『排骨麺』にして、唇を油でビタビタにして啜り込むのになぁ。
今流行りの『 ChatGPT』で〝東瀛〟という言葉を訊いてみた。すると、
〝「東瀛」とは、日本を美しく表現するために使われることもあります。〟
中国のことわざか何かと思っていたが、そんな素敵な意味を持った店名だったのか! なんだか気分がよくなり、ホッピーのナカのおかわりを頼んだ。店員のお兄さんにグラスを渡し、ナカを待っていると……
〝おかわりはJINROにしてね!〟
結婚してくれ里穂! OK、次は必ずJINROにするよ……というか、実はここのホッピーのナカってJINROだったりして。
「ナカ、オマタセシマシター」
ナカの入ったグラスを受け取ったついでに、この吉岡里穂のポスターを譲ってくれないかと、冗談でお願いしてみた。すると、意外な答えが返ってきた。
「次、ココニ来ル日、オシエテ。酒屋カラ貰ッテオクヨー」
なんと、取引している酒屋からわざわざ貰ってきてくれるというのだ。すぐさま予定を告げようと思ったが、美しい日本……いや、〝東瀛〟に住む一員として、下心丸出しで女性のポスターの為にここへ戻って来るとは如何なものか……急に恥ずかしくなってきた。
……そうか、吉岡里穂がこの〝影の薄い駅〟で〝いらない駅〟をアピールして盛り上げてくれたら、汚名返上となるのかもしれない。現に少なくとも、私は近日中にポスターを貰う確約する為の一日、それを受け取る為の一日の計二日間、鶯谷駅へ訪れようと目論んでいるのだから。
東瀛(とうえい)
住所: | 東京都台東区根岸1-6-12 |
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TEL: | 03-5603-0377 |
営業時間: | 08:00~00:00 |
定休日: | 無 |