逆に地元過ぎて見逃している穴場な酒場たち 土崎「さんとり」
前回、私は実家のある秋田県の〝土崎〟という故郷へ帰り、『松園』という今までまったく気が付かなかった焼肉屋へと訪れた。
居心地の好い佇まいと、新鮮でおいしい肉に驚いたのだが、それ以上に〝実家からこんなに近かったのに気づかなかった〟ということに、些か〝衝撃〟を覚えた。高校卒業まで毎日のように通っていた所に、あんな名店があったのだから、そりゃ〝酒場好き〟と謳っている自分に恥ずかしくなるもの。いつもは地元に帰ると、数日で飽きてダラダラとした生活になってしまうのだが、この日を機にもっと地元のことを語ろうという気になったのだ。
例えば、我が地元のシンボルである『セリオン』は、私が中学生だった1994年に完成した。全面ガラス張りの派手な外観と、100メートルという、当時の秋田では考えられないような高層建築に町中が沸いたことを覚えている。
今では静かな道の駅となっているが、その麓にある屋内緑地『セリオンリスタ』内に、レトロ自販機マニアにはお馴染みの『うどんそば』の自販機が堂々と鎮座している。一時期は設置店の閉業で撤去されたのだが、全国にいるマニアからの応援により、この場所で復活することになったのだ。
その効果もあったのか分らないが、セリオンは昔より元気になった気がする。
https://tutizaki-hikiyama.com/
重要無形民俗文化財の祭りだってある。『土崎港まつり』という、秋田市内の住民でこの祭りを知らない人間はいないほど有名で、地元民からすれば東北三大祭りのひとつ『秋田竿灯まつり』より人気がある。戦国武者人形を飾った曳山を、各町内が一騎ずつ出して港町を練り歩く。最終日にはベロベロンに酔っぱらってその曳山を引き、各自の町内へと帰っていくのだ。鳴り響く囃子の音、町中が酒臭くなる夜……よく考えたら、酒好きには持って来いの祭りだ。
日本中の町を訪れていて気付いたのだが、田舎、田舎と思っていた我が町も、割と見どころのある方じゃないか。まぁ、それ以外に何があるかといったら、イオンくらいしか思い出せないのだけれど……。
とある帰郷した、数日目の夜のこと。何となく思い出して、セリオンが見える、あの曳山が練り歩く商店街を散歩していた。オレンジの街頭、遠くに聴こえる汽笛、セリオンのイルミネーションが何だか懐かしい。すると突然、パラパラと雨が降ってきて、慌てて家に向かう途中。私の視界の中に「ギョッ!」とするような店構えが飛び込んできたのだ。
うおっ、なんだここ!?
黄色のモルタル外壁、黄色から赤に塗り替えられたテント屋根。〝居酒屋〟とだけ書かれた赤ちょうちんと、海風に揺れる藍色の暖簾には『さんとり』と大書されている。
酒場か……? 急ブレーキで立ち止まり、テント屋根の中で雨宿りする。この商店街も何千回と行き来したはずだが、まったく記憶にない店だ。店内を覗くことも憚れる渋い外観。入ってみるか……いや、ちょっとレベルが高すぎるのでは……? 久しぶりに、店先で葛藤をする。それを見越してか、小雨が後押しするかの如く雨足を強めた。うーむ、これは〝入れ〟という思し召しと捉えるしかない。深い海に飛び込むかの様に、店の中へ一気に飛び込んだ。
(……?)
真四角の無人の店内は、中央にテーブル、奥に小上がり、厨房前に小さなカウンター。それを天井から民芸風の小さな明かりがゆらゆらと照らしている。あとは石油ストーブの「コーッ」という音と、静かに民放ラジオが鳴っている。さながら、ゲーム『SIREN』に出てくるワンシーンの様な雰囲気だ。
(何か、違う意味で怖いなぁ……)
誰も居ないようなので、そっと店を出ようか……なんて思っていると──
「いらっしゃい」
わっ!びっくりした……奥の厨房からマスターが出てきたのだ。私は咄嗟に言った。
「あ、あのう、ひとりですけど、いいですか……?」
「いですよ。どごでも、好きなとこ座ってください」
コッテリ秋田弁のマスターは、無表情のまま厨房へ戻っていった。入ってしまった……座ってみると、より店内の〝迫力〟を感じる。とりあえず、緊張してのどが渇いた。
「すいません、手が空いたら〝生〟ひとつ下さい」
「あ”い、分がりました」
厨房の方へ体を乗り出し、マスターへ酒を頼んだ。外の雨は、少し強くなった。
マスターは目の前に『生ビール』を置くと、また厨房へ下がっていった。仕込みなのか……一体、奥で何をしているのだろうか。しかしなんだな、この謎の緊張感の中でもコイツだけはいつだってウマそうだ。
ぐびっ……ワイサっ……ジョヤサっ……、静かな店内に「ク──ッ!!」と悶絶する声が響く。普段は瓶ビールだが、たまにはジョッキでガブ飲みもいいもんだ。
厨房のマスターを、隠すかのように張り並べられた短冊メニュー。馬串焼、ヤツメ鍋などの聞き慣れない料理が目に付くが……まずはコイツからいこう。
自分的ふるさとの味のひとつ『湯豆腐』だ。マスター自らカセットコンロをセットし、ちょうど煮えた湯豆腐の鍋を乗せる。具は木綿豆腐とネギオンリー。これが、いいのだ。
そうそうそう、生醤油に鰹節と生姜をブッ込んだだけの〝しょっぱタレ〟を外していませんね。こいつに熱々の豆腐を潜らせ、一気にすする。
熱っち……熱ちちちちっ! ウマい、やっぱ湯豆腐といったらこれだ。つるりとした豆腐に強めの醤油味、鰹節が旨味を加え、擦りたての生姜がツンと味を引き立てる。
続いてやってきたのは『イワシ刺身』だ。クロムハーツのようなギラギラした輝きは、イワシから染み出す旨脂だ。ここ土崎は、なんといっても港町。魚が新鮮であることは当たり前なのだ。
箸先に脂を感じつつ、ひと口──うめぇぇぇぇい!! ハリのある身がプリプリと気持ちのいい食感と、やらしくない、コッテリした魚の脂が舌で蕩ける。魚の質が良いのも勿論だが、マスターの腕の良さもウマさの要因だ。
「イワシの刺身、すごくおいしいです!」
思わず、厨房に居るマスターに言うと、ゆっくりと厨房から出てきた。そのままカウンターに座ると、おもむろにタバコへ火を点けながら言った。
「こごら辺の人だすが?」
なんとも、シブい顔つきである。高倉健だって、なかなかこの表情は出せないだろう。マスターの意外な問いかけに、ちょっと嬉しくなった。
「帰郷してるんですよ。でも、こんなお店があるとは知りませんでした!」
マスターは煙を吹かしながら破顔、それからとつとつと語り出した。マスターは北西部の三種町出身。元々はここからすぐ近くで酒場を営っていたが、そこを閉めて約10年前から二代目としてここを受け継いだとのこと。はじめは少し怖そうだなと思っていたが、まったくの逆で、とても丁寧な口調なのが印象的だ。
頼んでいた『チーズポテト焼き』が焼きあがった。皮付きポテトとベーコンを、オーブン皿へ山盛りに乗せ、そこに絡んだチーズの焼ける香りが漂う。この店構えで何故この料理が? 面白くて頼んだがこれが大正解だった。
箸でポテトを引っ張ると、天井までチーズが伸びそうだ。アッチアチのところに食らいつくと──うんめぇぇぇぇ!! ジャガイモ、ベーコン、チーズだけのシンプルイズベスト。子供の頃どこかの喫茶店で食べたような、懐かしさが止まらない。
「釣りが好ぎでね、今日もお店開ける前に行ってきだす」
「そうなんですか!?」
さすが秋田人、こちらも話し出したら止まらない。話題は釣りの話になり、マスターはチヌ(クロダイ)専門のアングラーだという。
私も過去に釣りをカジったクチで、もちろん意気投合。〝北防〟に〝五万トン〟……懐かしい釣り場の名前がどんどん出てくる。マスターは少し前に60センチのマダイを釣り上げたらしく、その写真をスマホから引っ張り出し、二人で「すんげ、すんげ」と大いに盛り上がった。
外を見ると、雨は上がっていた。結局、私が帰るまで他に客は来なかった。
「今度は、家族を連れて来ますね!」
「ははは、その時まで続けてるか分がらねけど」
いや、きっとこの酒場は、誰に気づかれようが気づかれまいが、これからもずっとこの場所に在り続ける気がしてならない。セリオンと港まつり、それくらいしかないと思っていたが、これでもうひとつ、我が土崎を語れるものが出来たのだから。
さんとり(さんとり)
住所: | 秋田県秋田市土崎港中央1-16-34 |
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TEL: | 018-845-7885 |
営業時間: | 17:00~ |
定休日: | 不定休 |