逆に地元過ぎて見逃している穴場な酒場たち 土崎「松園」
「えっ、秋田出身なんですか?」
「そうなんですよ。もしかして味論さんも?」
地元が同じ──都会で長いこと住んでいると、割とこんな嬉しい出会いがある。上京して何十年経っても、地元愛というのは決して消えるものではない。飲み屋、仕事先なんかでたまたま出会った人が同じ地元だと、初めてなのに不思議な親近感を覚えるのが地方出身者の性だ。
ただし……
「で、秋田のどこですか?」
「鹿角市です」
「あっ……鹿角なんですね」
秋田県はデカい。どれくらいデカいかというと、日本で6番目にデカいのだ。例えば鹿角市だったら、私が住んでいた秋田市から車で二時間以上、電車なら4時間はかかる。それはもはや隣国の岩手県と変わらない存在で、はっきり言って〝知らん土地の人〟だ。これがよくあることで、同じ故郷でも手放しで喜ぶことができないというのが、デカい国出身者の悲しき宿命だ。
さて、私はその秋田県秋田市、その中の『土崎』という地域の出身だ。これで〝つちざき〟と読むのだが、他地域の人にこの地名を言うと珍しがられる。確かに〝田舎っぽさ〟を感じないでもないが、実は重要港湾都市であり、実家からも歩いて港へ行くことが出来る。
同じ港湾都市である横浜みたいな華やかさはないものの、古い倉庫や工場の巨大煙突など、港町ならではの錆びついた雰囲気が大好きだ。さらに戦前までは花街としても栄えていたらしく、今もその名残がある建物も点在している。ちなみに私の家系は、もともとこの花街で〝置屋〟をしていた。それも地元ではかなりの大手だったらしく、当時はだいぶ幅を利かせていたらしいが、この話はまた別の機会で話そう。
18歳までこの土崎で過ごし、町全体が遊び場だった。今でも帰ると懐かしさを探しに散歩に出かけるが、ほとんど町並みは変わっていないのが嬉しいような、悲しいような。だから、ここには何がある、あそこには何があると、町を出てから二十年以上経った今でも、土崎のことなら何でも知っていると自負している。
……つもりだったが、先日帰った時に、今までの記憶にかすりもしない酒場を発見したのである。
実家から歩いて数分のところに『松園』があったのだ。ほんとに、まったく記憶にない店だ。このド渋い外観からして、相当前から営業していたのは間違いない。朱色のトタン外壁、看板が無ければただの倉庫にしか見えない。看板の市内局番の表示が〝47〟から記されてるのを見ると、少なくとも私が小学生より前からあるはずだ。
焼肉の店らしく、店に近づくだけで排気口から食欲を誘う香りが漂う。こんなの、絶対に入るしかないだろう。いや、入らなければ土崎出身の名を恥じる。前日に予約を入れ、本日改めてやって来たのだ。かくして、昔懐かしいアルミサッシの引き戸を引いた。
「いらっしゃいませー。予約の方ですか?」
「はいっ!」
うっひょぉぉぉぉ、中もド渋じゃないですか! 左手には厨房、右手には畳の小上がりが並び、奥でL字に折れている。煙の沁みた茶色の内壁もいいテカリ具合。さらに運よく、この店全体を見渡せる席に案内された。
焼肉屋の主役、テーブルコンロもいい歳の取り方をしている。そういえば、畳に座って焼肉をするなんて経験したことがない。そんな初めてを地元で経験できる幸せ……祝杯とすっぺ!
やはりこの煙に合うのは『瓶ビール』しかない。キンキンに冷えたところを、イッパツいきましょう。
トットットットッ(小グラスに黄金が満たされる音)……ごくっ……ごくっ……、ツ────チザキ最高ッ!! 煙をアテに一本イケちゃいそうだが、田舎の時間の経つスピードは遅い。ゆっくりと進めていこう。
私の焼肉のスタートは『ユッケ』と決めている。こちらは馬肉のユッケで、茶色が濃い。その色を中和させるべく、プリリと丸いオレンジ色の黄身を、プツリと箸で刺して絡める。
冷っとした馬肉は新鮮そのもので、甘めのタレと馴染んでウマい。トロトロの黄身ともよく合い、これまた素晴らしい仕上がりだ。短冊リンゴが、箸休めになってイイ感じ。
そんな準備体操をしていると、『カルビ・バラ肉』のベストカップルがやってきた。あなたたち、なんて良い色してるのよ。トングでつまむとズシリと重いカルビ、バラ肉をコンロに並べた。
「ジジュワジュゥゥゥゥ……!!」
いい音。これはアレだ、ホワイトノイズってやつだ。脂がたっぷりなんしょうね、イッパツめから煙がモウモウ。煙好きの私も、たまらず窓を開けるほど。外に吸い込まれる煙が少しもったいないが、致し方ない。
おっと失礼、カルビたちに遅れて『レバ』も運ばれていることを忘れていた。仲良く並べたところで、先に仕上がったカルビから食らう──ウマい! ネットリとした肉の食感、甘い肉汁が漏れ出しふわりと舌に溶ける。続いてバラ肉の脂のウメーこと。お前か、この大量の煙を生みだした犯人は。脂って普段は嫌なものでしかないが、この脂は好物にも成り得る。ジワリと沁み出すような旨味が、もうね、タマラないですよ。
「おーい、こっちこっち」
ここで、仕事終わりの父親と妹家族がやってきた。父親が来たということは、これで財布の心配はない……いや、やはり焼肉は家族で突き合うのに限る。
「すいません、牛タンの良いところください!」
これで心置きなく、高級『牛タン』を頼むことが出来た。やってきたのは紅色が濃くサシまで入っていて、このまま生でもイケちゃいそうな美ジュアル。さぁ、網を変えて仕切り直し。
網に上げると、薄切りの身がフワッとわずかに膨らむ。独特なタンの香りを鼻孔に留めながら、焼き上がるまでの時間をビールで埋める。新鮮なので、その時間まではすぐだ。
あちゃー、これは完璧な仕上がりってやつですよ。肉の中心に薄っすらと紅色を残した、上品なそのご尊顔。それをひと口でいけば、タンのぎゅっと締まった歯触りに続き、淡麗なる旨味が押し寄せてくる。間違いない、これは牛タンの王様だ。
「お前ら、好きなだけ食っていいぞ」
「はいっ、お父様!」
出資者の許可と共に、再度カルビ、バラ肉、レバ、さらにホルモンとユッケをもう一皿追加。タダと分かって食べる焼肉ほどウマいものはない。私と妹家族は、まさしくジャンジャンバリバリと肉を食らったのだ。もちろん、お酒も浴びるように。
「こちらお会計です」
家から近くて居心地が好く、こんなにおいしい焼肉屋があったなんて夢にも思っていなかった。そんな夢のような時間はあっという間に過ぎ、受け取った会計伝票を父親に献上する。
「はいパパ、お会計お願いね♪」
「ああ……って、えっ!?」
思わずかけていた眼鏡を外し、伝票に顔を近づける父親。ちょっぴり、夢の代償は大きかったらしい。
「まあまあまあ、久しぶりに息子が帰ってきたことだし……」
「だがらってお前◎△$♪×¥●&%#?!」
かなり不貞腐れながら、渋々と財布を取り出す父親。ごちそうさまでした。これで良い記事が書けそうです。因みに、六十年近く土崎に住む父親もこの店のことは知らなかったというから、そりゃ私も知らなかったわけだ。
知っているようで、知らない地元。40年目にして、新たな地元を発見したのだ。
これはまだまだ〝潜んでいる〟に違いない。これからも長いお付き合い、よろしくお願いします。
松園(まつぞの)
住所: | 秋田県秋田市土崎港中央1-14-23 |
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TEL: | 018-845-7264 |
営業時間: | 17:00~23:00 |
定休日: | 水曜日 |