物価高時代、酒場という魅力を求めて…/石神井公園「ゆたか」
目標というものは立てない方なのだが、最近になって意識して立たせている。ダイエットに健康管理……いやいや、外ならぬ〝酒場〟だ。酒場へ〝もっと行こう〟と目論んでいるのだ。
というのも、最近記事でよく書いているのだが〝物価高〟が洒落になっていないからだ。よく行く酒場があるのだが、今まで原油の値段が上がろうがどこかで戦争が起ころうが、いつだって〝一本80円〟のやきとんが、とうとう100円になってしまった。もちろんやきとんだけではなく、酒、煮込み、刺身、揚げ物からあらゆる酒場のすべての代金が値上がりしている。
2023年上半期の酒場を含む飲食店の倒産件数は、なんと過去30年間で最多だという。そりゃ、80円だったものの桁がひとつ繰り上がれば「高い!」と思うのが至極当然で、じゃあ家で飲もうとなるだろう。正直、私も最近はお会計のたびに「ちょっと高いなぁ……」と思う。
このままでは、本当に〝酒場離れ〟が加速してしまう。そもそも、この酒場ナビの存在意義のひとつに酒場離れを止めるということがある。安くておいしい酒場、それが一番いいに決まっているが、酒場の魅力はやきとんの値段で決まるわけではないのだ。
ここはひとつ、気合いを入れて酒場へ訪れたいと、そういうことです。
はじめて西武池袋線の『石神井公園駅』へ訪れた。名前の通り、近くにある石神井公園のイメージしかなかったが、なかなかどうして、ちょっと懐かしくなる建物が多い。
町中華ならぬ、町ゲーセンに町雑貨屋。ゲームセンターというのは薄暗くてちょっといかがわしい雰囲気のある方がいいし、雑貨屋とは本来オシャレなイメージではなく、店先にガチャガチャがあって、中には駄菓子やプラモ、背表紙の色が焼けたVHSと謎の骨とう品がある所を言うものだ。
駅前には新しい高層マンションがあるけれど、ここの街にはまだ〝古き良き〟がいい意味で取り残されている。
そして、この『ゆたか』である。まさしく取り残された感満載の外観。くすんだ朱色テント屋根、外に張り出した焼き場、店先の自転車、屋根付きの赤ちょうちん……すんばらしいのひと言だ。大至急、中へ入ってみよう。
「いらっしゃいませ~」
おおっと、こちらもいい! 長細い店内は、カウンターの一本筋と奥に小さなテーブル。酒場には照明の〝好い明るさ〟っていうものがあって、明るすぎても暗すぎてもダメ。店の形や広さで変わり、酒や料理がおいしくても、この明るさがダメだと台無しになるが、ここは満点といっていい仕上がり。
「瓶ビールはサッポロかアサヒです」
カウンターに座って女将さんに瓶ビールを頼む。銘柄を尋ねられて「うーん、今日の気分はこっち」と悩めることの嬉しさよ。
よく冷えたASAHIの『大瓶』は600円。缶ビールだと三分の一の値段でビールは飲めるが、やはり冷たい瓶を握り、その重みを感じながら注ぐのがいい。〝瓶の握り代〟として、毎回数百円を上乗せしていると思っている。
ゴギュンッ……ゴギュンッ……ゴギュンッ……、なんて豊な味わいっ! 飲み終わったグラスを「コツン」とカウンターに鳴らし、さぁ料理をいただこう。
「今の時期はこんなに小さいですけど」と女将さんに前置きされた『ハタハタ』。いえいえ、小さいけれどその分量があるじゃないですか。
しなやかな食感とぎゅっと詰まった魚の旨味。私は秋田出身なので〝ブリコ〟という卵を持たないものはハタハタとは呼ばないのだが、それでも十分においしい。これで¥450は、だいぶ安い。
「あら、いらっしゃい。レモンサワーでいい?」
隣の席に常連客が座る。女将さんの問いかけに「あん」とだけ返し、そのままイヤホンをつけてiPadで動画を観始めた。思春期の息子が、晩ごはんの時だけ居間に降りてきたみたいだ。それだけ気の許せる酒場を、私もいつか見つけたい。
はいはい、大好物の『レバ、カシラ』がやってきましたよ。四角い皿に、ムチムチっと行儀よく串に並べられた感じがたまらない。もはや、性的な色気を感じる。
レバは申し分なく新鮮で、火の通りも完璧。カシラだって高級ステーキ肉のように肉々しく、旨汁もダッビダビだ。共通して、この完熟したタレがそのポテンシャルを挙げている。
壁のメニューを見ると、やきとんの値段は一本140円からと決して安い方ではないが、ここでひとつ気づいた。値段になんの細工もされていないことだ。
最近だとどこの酒場へ行っても、メニューの値段の上に新料金の張り紙が張られている。細工は美しくない上に〝あぁ……ここも値上げしたのか〟と、やるせなくなるのだ。ここは140円が安くないというのではなく、元からこの値段でずっとやっているだけなのだ。何だかホッとする。
そんなメニューから発見した『酎ハイ』が370円。これはこのご時世からすれば、だいぶ戦ってる値段だ。もう……うれしいなぁ。私は何も頑張っていないが、とにかく拍手を贈りたい。心で拍手をすると、それを迎え入れるかのように華やかな料理がやってきた。
芸術的に美しいサシ模様の『馬刺し』である。私、前に本場である会津若松で馬刺しを食べてからというもの、かなり馬刺しにはウルサクなってしまった。
──が、
ヒッ、ヒヒーン!ウマ──イ! 思わず馬刺しを食べて絶対に言ってはいけないダジャレが出てしまうほどのウマさだ。ほんのり冷たい舌ざわりの後には、コッテリとした肉脂の旨味がトロトトロ……。こんなレベルの高い馬刺しが都内で、しかも石神井公園にあったとは。これが850円? すごいな……今度は心の中ではなく、大きな音を出して拍手だ。
「なにがいい?」
「うん、わかったー」
「生ビールはサッポロだけよ」
「馬刺、ひとつね」
あっという間に満席となった客らを、可愛らしく穏やかな口調で捌いていく女将さん。思春期みたいな客、独酌妙齢、イケオジのグループ客もバッサバサ。その会話を盗み聞きしていれば、酒のアテになる。家なら安く飲めるが、酒場はいろいろな愉しみ方ができるのだ。
物価高にはほとほとが困り果てているが、やきとん代か高けりゃ安いところを見つければいいし、そもそも酒場自体には、単に安い、高いだけではなく、その酒場だから得られる魅力があるのだ。
ここは安くておいしい、呑兵衛にとって理想的な酒場。そして、こんな酒場はまだまだあるのだ。だからね、酒場へ〝もっと行こう〟という目標は、達成せざるを得ないのである。
そう、これを読んでいるアナタもね。
ゆたか(ゆたか)
住所: | 東京都練馬区石神井町3-17-14 |
---|---|
TEL: | 03-3995-9352 |
営業時間: | 17:00~22:00 |
定休日: | 水・日祝 |