
新潟、酒、ときどきレトロ建築。旅の締めくくりに長岡クロスロード(十字路)
親戚に酒好きの叔母さんがいるのだが、なぜ好きになったかの理由が面白い。昔から極度の低血圧に悩まされていた叔母さんは、病院で血圧を上げるために「少しお酒を飲んだらいい」と言われたとのこと。それまで酒を飲まなかった叔母さんはそれから酒を嗜むように……どころかドハマりした。平日の晩酌は最低ビールのロング缶を4本、休日前は計り知れず、さらには自分で梅酒まで作って飲むようになったほど。当時の飲みっぷりは、いささか心配になる程だったが、最近になって脳の血管に異常が見つかり、今度こそ酒を嗜む……どころか、スッパリと断酒した。
人生の岐路になるほどの出来事が起こると、自分でも予想もしない大胆行動ができるのかもしれない。
半年のうちに二回訪れた新潟の旅。かなり……だいぶかなり、充実と満足な旅であった。新潟市内の都会ぶりとレトロ建築の多さに驚き、そして酒場ではとにかく日本酒で、それに合う絶品の料理たちに感動。特にご当地グルメの『半身揚げ』は、私の中のおいしいもの史上に残る逸品であった。
雁木造りで張り巡らされた高田城の城下町も、ここでしか見れないような光景に、何度も息を呑んだ。直江津の雨上がりの湯気が舞う朝市と昼飲み、長岡の醸造の街めぐりと絶品料理を出す割烹での夜……未だ鮮明に蘇る。
有終の美を飾るべく、長岡最後の酒場は高級料亭に……なんてことはせず、最後だからこそ何も考えず、その街によく馴染んだ酒場へいくのがいいのだ。
駅前に伸びる大手通りと中之島見附線のちょうど交差する、まさに十字路にある酒場『十字路』を見つけた。
イイ、ですねえ……かなり控えめな外観だが、電気焼けした白い看板と酒瓶が並ぶショーケースがいい雰囲気。
時刻は15時と少々早い(うれしい)が、〝営業中〟と掲げられた木板に挨拶をして扉を引く。
「いらっしゃいませ」
おおっ、外観からは想像できないほど、店内は奥へ霞むように長い。暖かみのある照明の小料理屋風店内は、左手に十数席のカウンター、右手は畳の小上がりがビシッと並ぶ。
「あ、ここ好き」と心の中で告白をして、これから訪れるであろう素敵な酒場時間を妄想しながらカウンターに腰をはめ込んだ。
カウンターの内側の、手書きメニューがヒラヒラと張り巡らされているのもいい。他に客はほとんどいない、ゆっくりと吟味しよう。まずはスカッとレモンサワーから。
しゅわんっ……しゅわんっ……しゅわんっ……、スカ──ッとうんまい! 新潟では日本酒をよく飲んだから、こんなタンサンの酒を飲りたくなる。スカッとしたところで、料理を召喚しよう。
まずは『刺身五点盛り』から。なんと、この量で700円!鮮紅なサーモンはひやりとした舌触りから、とろりとした旨味。
上品なタイの味わいとツルシコのイカ。ドッシリ、ネットリとハマチの脂は最高で、新鮮なマグロはひと口ごとに口の中が若返るようだ。
香ばしい香りとともに『カキフライ』が目の前にやってきた。「サクッ」と長い店内に衣を噛む快音を鳴らすと、中からトロリと牡蠣の旨汁が溢れる。生牡蠣はダメだけど、カキフライなら食べられるという人がいるが、よくわかる。
生とフライはまったく別料理で、生は〝牡蠣だぞ!〟が強いが、フライはカリッとした表面と中からトロッとした旨味が、タコ焼きっぽく食べやすさもある。
「なーに、子供みたいなの飲んでるんだよ」
「別にいいじゃない、うふふ」
小上がりにいる常連であろうムッシュとマダム。マダムがレモンサワーを頼むのをムッシュがからかうのが可愛らしい。そっと、手前のレモンサワーを隠し、次の料理をいただく。
うわぁ~い! ボクの大好きな『エビグラタン』だいっ! 酒場で〝グラタン〟という文字を見つけると、必ずと言っていいほど頼んでしまう不思議。酒場と〝子供の食べるもの〟のイメージのギャップが萌えるのかもしれない。
あっつ、あっち、ほっち……熱ちちうまいっ! 表面の香ばしい焦げ目をパリッ! 中から優しいクリームソースが溢れ、プリンとしたマカロニとプリリンとしたエビが混然一体となる。たっぷりのチーズもトロ~リ……それこそ、子供のように夢中で食う! ああ、旨い。シビれますねえ……一時間正座したくらいシビれますねえ。
「お兄さん、こっちのひとじゃないでしょ?」
ほくほく顔でグラタンを食べていると、女将さんのひとりが話しかけてくれた。いつも不思議に思うのが、酒場のマスターや女将さんは、外から来た人間を言い当てることだ。何かしらの〝センサー〟があるに違いない。
「こちらのお店はもうどれくらいですか?」
「創業60年くらいかしら? 手伝いだからちょっとわからないのよね」
「長岡は花火があっていいですね」
「花火は人だらけで地元民は観れないわよ」
我が秋田にも『大曲の花火』があるが、街の規模に合わないとんでもない人が押し寄せるらしい。そういえば、地元連中で「大曲の花火を見に行く」なんて、ほとんど聞いたことがないな。
結局、日本酒、長岡限定の特別純米酒『五十六』でシメる。それを舐めながら、ちょこちょこと女将さんと会話するのが心地よいが、そろそろ帰りの新幹線の時間だ。
毎度のことだが、旅の最後に立ち寄る酒場を出る時は、なんとも言えない淋しさに襲われる。このまま勢いで長岡にもう一泊してみるか、黙って帰路につくか──悩む岐路……いや、悩ましい十字路に立たされつつ、とりあえず残り少ない日本酒をチビチビ飲ろう。
十字路(じゅうじろ)
住所: | 新潟県長岡市東坂之上町1-4-8 |
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TEL: | 0258-32-0911 |