
廃墟(風)駅舎と洋風カツ丼!醸造の街・長岡B級グルメで昼飲み/宮内(新潟県)「一福食堂」
この数か月間で二度、新潟を訪れた。一度目は新潟市内から新発田へ、二度目は長岡を起点に港町の直江津、城下町高田をぐるりと回った。新潟は南米チリのように海岸沿いに長い土地なので、どこの景色も同じようなものかと思っていたが、そんなことはない。新潟市内は都会で、高田のように歴史の趣たっぷりの街もあり、なかなかどうして飽きない土地なのだ。
そんな多くの顔を持つ新潟で〝一番〟だったと言える街が長岡市宮内の『摂田屋地区』である。長岡駅から電車で一本、この宮内と言ったら日本酒や醤油などの〝醸造の街〟で有名だ。
宮内駅で電車を降りると、何とも言えない静けさ……〝静謐〟とでもいうか、ゆっくりとした空気が流れているのを感じる。それから間もなく、〝たまらん景色〟に出会う。
カッコイイ……いや、怖カッコイイ! 実は、この駅を見たくて来たところもあって、とにかく、この〝廃墟感〟といったらすばらしい。いや、現役なのに廃墟なんて言ったら失礼だが、これは私の最上級の誉め言葉である。
なんと表現すればいいのか……私の脳裏に浮かんだのが『スウィートホーム』っぽいだ。あの『バイオハザード』にも影響したという、ファミコンのスイートホームの雰囲気がモロに感じる。
このステンドグラスも昔はお洒落でモダンだったのだろうが、正直、どこからともなく戦闘BGMが聴こえてきて「バリーン!」と割れてゾンビが襲ってきて欲しい。
スウィートホームからしばらく歩くと、今度は『吉乃川酒ミュージアム醸蔵』が見えてきた。〝吉乃川〟掲げられた大きな電気看板がたまらない。
ミュージアムはかなり新しく広々としている。その一角に試飲コーナーがあるので、もちろんお邪魔する。
名前すらない、ここ限定でしか飲めない日本酒は、味音痴の私にでさえその旨味と価値が分かる。おつまみもあるようで、独りじゃなかったらおそらく二時間はここで酒盛りをしていたかもしれない。
そこからまたしばらく歩くと『旧機那サフラン酒製造本舗』という、この佇まいをジブリはまだ発見していないのかと疑うほど素晴らしい趣きの酒蔵があり、
先ほどの吉乃川酒ミュージアム醸蔵の裏手を歩くと、古い工場と大きな蔵の通り。辺りには酒麹と醤油の香りが漂う。
その先には『越のむらさき』という、こちらも趣きたっぷりの醤油の醸造所があった。この佇まいでバリバリ現役というから凄い。この辺一帯がずっと甘くて香ばしい麹の香りに包まれていて、もはや醤油が……いや、酒を飲ませろ!と脳が電気信号を送る。
街をもう一周くらいしたいところだが……酒と、あとは味の濃い料理をいただきたく、飲みの場を探す。スウィートホーム方面に向かって歩いていると……おや?
おおっ、『一福食堂』! 三階建てのモルタル建築の外壁は見事な〝醤油カラー〟に染まり、横書きではなく縦書きでズドンと〝一福食堂〟と迫力がいい。
店先にあるショーケースのディスプレイ内容も組合会員証や置物など、地方ならではの雰囲気を醸し出している。ここに入らずしてどこに入る。
さっそく北風に揺れる暖簾を、割って中へ入った。
「いらっしゃいませ~」
おほっ、これはいいですね! こちらも醤油カラーの壁と天井、そこには食堂ならではの地域限定告知ポスターや賞状、読み古された漫画や雑誌が並んでいる。
テーブルと小上がりが少々、これは居心地の良さそうな食堂だ。入口から一番近い席へ座り、まずは酒だ。
……が、おや? 手前のメニューや壁の名札に見慣れた〝ビール〟やら〝日本酒〟のワードが見つからない。まさか……酒を置いていない〝ガチ食堂系〟か!? 一滴の酒がないとなると問題だ。恐る恐る、女将さんに口頭で酒の安否確認をすると……
あった! よかったぁぁぁぁ……って、まさか瓶ビールに見せかけた醤油じゃないだろうな? 震える手でグラスに液体を注ぐと……ホッ。世界で一番高貴な色、麦汁色が輝いている。
ごくんっ……ごくんっ……ごくんっ……、うんめっ、麦汁ってやっぱりうんめえ! よく考えたら、ビールってすごいよな。日本全国……いや、世界中のどんな街へ行ってもある酒なんだから。安堵感から〝語り〟はじめていると、そのビールの最もと言っていい相方がやってきた。
いい、焼き色を付けた『焼き餃子』だ。五粒の餃子は行儀よく並び、テリテリの油の反射光を放っている。ボトルに入った特製の餃子ポーションを皿の脇に満たし、餃子を浸し、私の口へ一直線。
パリッと香ばしい皮が破れ、中からジュンワリと肉汁が溢れる。肉の味強めで特製のタレとよく合う。中国から餃子を持ち込んだ、昔の偉人に感謝でしかない。
ふと、目の前の壁には切り抜きのような張り紙。よく見ると〝長岡のご当地B級グルメ〟と記されており、この地域一帯で〝ソレ〟を盛り上げているようだった。
そして、その正体は『洋風かつ丼』である。とりあえず、いろいろな「?」がある。洋風のかつ丼って……〝かつ〟がそもそも外国から入ってきたもので、それを日本の丼にしたのがかつ丼で、それがまた洋風に逆輸入で……あれ、訳が分からないぞ。
いや、そもそも〝丼〟じゃないっていう! カレーライスのような浅い楕円の皿に既視感のある見た目だが、どこか新しいビジュアル。ええい、つべこべ言わず、まずは食べてみよう。
う・ま・い……! やばい、私、これ、めっちゃ好きだ! まずはその構図、熱々のライスにとんかつが乗り、そこへたっぷりのデミグラスソース。ちょっと甘めのデミグラスソースが、とんかつからにじみ出る肉汁と相まり、さらにライスへとその旨味が波及して、口の中で混然一体と成す……確かに、これは〝丼〟としての旨さを体現している。
子供の頃に、この丼と出会いたかった。間違いなく、母親が「今夜なにが食べたい?」と聞かれたら「洋風かつ丼!」と叫んでいただろう。
「いらっしゃいませ」
「ラーメンとチャーハンちょうだい」
大衆食堂は、客を観ているだけで飲める。昼時もあって客の出入りは多いが、地元客らのほとんどが洋風かつ丼……ではなく、スタンダードメニューを頼んでいる。B級グルメのある街ではよくあることだが、私はこの洋風かつ丼がとにかく気に入ってしまった。
「ありがとうございました」
もう少しいたかったが、そろそろ中休憩の時間。店を出ると、また街の静けさが戻り、なんだかうれしくなる。
「あっ、あの駅舎がまた見れるのか……むふふ」と、甘い麹とデミグラスの匂いを味わいながら、スウィートホームへと戻るのだ。
一福食堂(いちふくしょくどう)
住所: | 新潟県長岡市宮内1-14-12 |
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TEL: | 0258-32-2518 |
営業時間: | 11:00 - 14:00×17:00 - 19:00 |
定休日: | 火 |