神田「立ち飲み 大松」0次会なう!のススメ
呑兵衛のSNSを見ているとよく〝0次会〟という言葉を目にするのだけれども、前から実にうまい表現だなと感心していた。みんなで集まってする一次会、二次会という『本会』の前に、ひとり集合時間から30分も一時間も前乗りして飲るのがいわゆる0次会というもので、〝0次会なう〟や〝0次会スタートです〟というツイートと共に、カウンター越しの瓶ビールとハムカツの写真の投稿を見ると、「この人、酒が好きなんだろうなぁ」と、なんだか微笑ましい気分になる。
もちろん、私も0次会は大好物でよくするのだが、私の場合それ以外に、その酒場へ向かう〝移動中〟にも酒を飲む。これは必ず行う大切な0次会であり、スポーツでいうところのストレッチ的な存在なのだ。たまに街中でも、コンビニ袋に包まれたストロングゼロを持って飲み歩いているオジサンがいるが、あのオジサンはまさに0次会の最中なのかもしれない。
酒場ナビメンバーのイカもまた、『アイドリング』なんてたとえをしているが、とにかくどんな形態であろうと、この『0次会』という存在は、我ら呑兵衛たちにとって大変重要な会なのである。
──ある日の0次会。
酒友と神田で飲ろうとなり、一時間前に神田駅へと到着した私は、ひとり0次会の会場を探していた。この神田という街は、道路に対して斜めに駅と線路が重なっているため、毎回地理感覚がおかしくなる。一次会の場所を先に確認して、なんとなく迷い歩いていると、立ち飲み屋の看板を見つけた。
『立ち飲み 大松』
『中山道』と『神田ふれあい通り』のV字に分かれた、神田らしい変わった立地にある。中を覗いてみると、どこにでもあるような普通の立ち飲みのようだったが、まぁ0次会だしここでいいだろうと、中へと入った。
「いらっしゃい!」
L字カウンターの中には作務衣のマスターと、お運び男性店員2人の威勢がいい。少し混んでいたが、客と客の間に収まりパッと目が合ったトマトハイを頼んだ。
『トマトハイ』
駆けつけグーッ。あぁ、ちょうどいい。今まさに〝0次会なう〟だ。目の前のカウンターにはタケノコ、ホヤ、マテガイ……などの食材が並び、それを見たお腹がグーと鳴る。色々食べてみたいが、0次会なのでここは軽めのつまみを頼むが吉。
『ふぐ皮ポン酢』
おお、見た目がいいじゃないですか。見るからにプリンとした千切りふぐ皮に、青ネギが、その上に紅葉卸がつんもりと乗る。コリシコのふぐ皮の歯触りに、ポン酢の爽やかさが上品でおいしい。へー、立ち飲みにしてはかなりしっかりしている。どれ、もう一品くらい試してみるか。
『なめろう』
ここでなめろうを選んだ理由は特にない。好きでも嫌いでもないが、一次会までにチビチビ飲るには、これでいいかなと。たまに酷いのだと、ドス黒くて生臭い作り置きのがあるが、ここのは注文してからマスターが叩くという作りたてで、見た目も美人だ。では、その美人をひと舐め──
フムフム、おっ、いいね。……あれ、これ、結構おいしくないか?……いやまて、これ、めちゃめちゃウマいぞ……!?
絶妙な叩き具合のイワシの身に、シャッキシャッキのネギ、大葉、ミョウガの歯触りがよく合い、それを渾然一体とまとめる味噌の配分が、もはや、芸術的にンマいッ!! えっ……えーっ!?と、酒を忘れ口に運んでは驚き、感動するばかり。しかも、これが380円という驚愕の安さだ。
すっげー、うまかった……
たまたま、0次会用として気軽に入った店に、いい意味で〝裏切られた感覚〟が妙に引っかかるが、そろそろ時間だ。モヤモヤとした気持ちで会計を済ませ、一次会へと向かった。
うーん、なんか気になる酒場だ。
──また、ある日の0次会。
私は神田駅を降りるなり、走った。今夜は女の子と2人で近くの酒場で飲む約束をしているのだが、走っているのはその子の為ではない。とある酒場で早く0次会がしたいから走っているのだ。
『立ち飲み 大松』
あの日から、気になって気になってしかたがなかったのだ。17時の口開けから少し過ぎて店に滑り込むと、すでに客で埋まりつつあった。
よっしゃ!と空いていた席に立つことが出来て、〝0次会スタートです〟と心の中でツイートする。酒も早々に、あの子を指名したいところだが、ここは一旦落ち着こう。そうだ、これはあくまで0次会なのだから。
『ネギいわし』
これほど〝ネギいわし〟というネーミングが相応しい料理が、かつてあっただろうか。カラリと素揚げしたイワシにネギが上からドン。多めにネギをイワシに乗せて口の中へと入れると……ウマいッ!! イワシは火が入っているのにもかかわらず、新鮮フレッシュな味わいが口に広がる不思議なおいしさ。
『梅しそ叩き』
あっ、想像と違う! イメージは梅しその練り物のようなものだと思っていたが、イワシを大葉とネギで荒めに叩いたものだった。これまた新鮮なイワシと薬味の歯ごたえを、キューっとした梅の酸味が包み込む絶妙な仕上がり。こいつは酒が進む。あ、すいません、酎ハイのおかわり下さい。
女の子との待ち合わせまで、あと20分……。私はおもむろにスマホを取り出して、女の子にLINEを送った。
「ごめんね、電車一本逃して遅れそうです?」
遅れるどころか、とっくに駅には到着している。本末転倒とはこのことである。でも、しかたがない嘘なのだ。私にはもう一品、絶対に会って確かめなければいけない、あの子がいる。
『なめろう』
おぉ、また会えたね……。違うのは皿の形ぐらいで、前回同様に君は美人……いや、もっと綺麗だ。震える唇から、そっとなめろうを口に入れる。──間違いない、これはホンモノだ。絶妙な叩き具合のイワシの身に、シャキシャキしたネギ、大葉、ミョウガの歯触りがよく合い、それを渾然一体とまとめる味噌の配分が──
時間を忘れ、ネギいわしをカリリ、梅しそ叩きの酸っぱウマを酒で流しては、大事に大事になめろうをなめる……気が付けば、酎ハイ3杯を飲み干し軽くいい気分だ。名残惜しそうにそれらを片付け、渋々と10分遅れの本会へと向かったのだった。
はたして、この酒場は一次会以上に『昇格』してしまった。そうなると、今後『立ち飲み 大松』へ行く前の0次会の会場を探さなくてならないという、なんともややこしいこととなったのだ。
私の周りの方々。あの日あの夜、私が遅れてきた理由はこれです。ごめんなさい。
立ち飲み 大松(だいまつ)
住所: | 東京都千代田区鍛冶町2-12-13 |
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TEL: | 03-5295-5470 |
営業時間: | 17:00~23:30 |
定休日: | 日曜日、祝日 |