桜木町「常盤木」横浜三大市民酒場の歴史を訪ねて
私は、横浜という街が好きだ。
いつから好きになったというのも明確で、上京して初めて横浜を訪れた時以来、その街の雰囲気に一目惚れしたのだ。
『土崎港』
私の地元は、『土崎港』という横浜と同じ貿易港の町ではあるが、もちろん横浜の貿易規模には到底、比較できるレベルではない。だが、横浜は私の青春時代を過ごした『土崎港』のあの錆付いた港町に似た面影を残しつつも、大都会と共存しているそのコントラストがたまらなく好きなのだ。
そしてなにより、横浜の歴史は本当におもしろい。
私なりに要約すると、
明治時代の少し前、アメリカが日本に〝お前らそろそろ開港しないと、どうなるか分かってるよね?〟と半分脅しで〝神奈川港〟の開港を約束させる
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当時の偉い人達が「やっぱ主要道路に近い神奈川港を開港したら、外国人とモメ事増えるよなぁ……。しれっと〝横浜村〟の漁港にしてもバレんだろ」と横浜村の小さな漁港を開港
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アメリカが横浜港に来てみると「なんも無いやないかいっ!!」と激怒
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慌てて偉い人達が「いやアメ兄さん!ここも神奈川港の一部なんですよ!これからデッカイ港作るんスよ~!」
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デッカイ港を建設。するとアメリカは……
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「デッカイ港しかないやないかいっ!!」
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慌てて偉い人達が「いやアメ兄さん!これからイケてる建物とか建てて……」
こうして、気づいたら今の大都市に発展したのがおおよその顛末。
そんな、人間味があり紆余曲折な歴史を経ている街・横浜。
もちろん、それは〝酒場〟においても、他ではあまりない歴史がある。
『市民酒場』をご存知だろうか。
現代では考えられないが、戦時下の日本では〝酒〟も配給のひとつだった。
まぁ、そもそも酒は高級品で中々一般市民が口にできるものでもなかっただろうが、いつの時代も酒は酒、娘を質に入れてでも飲みたい呑兵衛はいたのであろう、高額な〝ヤミ値〟でも酒は売れるものだから、これもまた偉い人達が規制した酒場が『市民酒場』なのだ。
規制内容は、三店舗を一組で経営させて、お互いに悪いことをして酒を出さないように見張る仕組み。調べていて〝これ、今じゃ絶対無理だよな〟と、その時代背景に感心する。
そんな、今では殆ど無くなってしまった横浜の『三大市民酒場』のひとつである酒場へと、たとえ現代でもヤミ値だろうが酒を買うであろう、私とイカの二人で行ってきたのだ。
『常盤木』
そりゃまぁ、こんな風格になるわな、という渋い店構え。
これは中もだいぶ古いだ……
すっげ綺麗っ!!
意外にも……とは失礼だが、中は明るくて綺麗であった。
「あの、二人なんですけど」
「予約してますか?」
「え!?……あの、してません……」
ふと、小上がりやテーブル席をみると《RESERVE》と書かれたプレートで殆ど埋まっていた。なんなら、カウンター席にもそのプレートがいくつか置かれている。
しまった……!!
17時の開店と同時に入ったものの、さすがは老舗の名店。予約なしでは無理だったか……と思いきや、
「じゃあ、そこのテーブル席にどうぞ」
なんと……奇跡的にテーブル席に空きがあったのだ。
こんな時は、やはりこう思う。
〝酒場の神様、今夜もありがとうございます〟
そんな〝奇跡席〟に座り、早速、瓶ビールの『秋味』を頂く。最近では、このラベルを見ると〝秋の到来〟を感じる方も多いのではないだろうか。
〝酒ゴング〟で秋に乾杯をして、料理を注文する。
『常盤木』は表の看板にも記されているとおり、『ふぐ』が有名な店。やはりここはふぐ料理を頼みたいところだが、ここはあえて『市民酒場』という大衆市民向けにと、〝ふぐ以外で安くてウマいメニュー〟を頼んでみることにした。
別に、ふぐを頼む金がないから、というわけではないが、金があるというわけでもない。
『シュウマイ』
流石は元・横浜中華街出身の店主。まるで機械で作ったんじゃないかと思うほど均等で美しいフォルム。味は家庭的である一面、洗練された技を包み込んだ完璧な仕上がりである。醤油を付けずに多めのカラシだけで食べるのもまたウマい。
『アナゴの天ぷら』
デカイッ!!
とにかく、大きさに驚くばかり。元々、ここへ来た一番の理由がこの『アナゴの天ぷら』だったのだが、いい意味で予想を裏切ってくれた。
口を大きく開けてひと口噛むと、まるで口から漫画のように〝サクッ〟と文字が出て見えるほど明確な歯ざわり。極太アナゴの身は、衣とは相反してふっくら柔らかく、こちらも塩も天汁も必要ないほどアナゴ本来の味が濃厚である。これが250円とは考えられない。
「〝やっこねえさん〟と同じもん食べてみようや」
イカが言う〝やっこねえさん〟とは、『おんな酒場放浪記』でお馴染みの『倉本康子』さんである。
以前、やっこねえさんがここへテレビ撮影に来た際、少し変わった料理を頼んでいたらしく、それと同じものを頼もうというのだが……
『ネギチャーシュー』
まず、このルックスのセンス。
両脇に羽が生えてるのかと思いきや、大きな海苔が数枚添えられているのだ。
その海苔で──、
手巻き寿司の様にネギチャーシューを包み──、
ガブるッ!!
ネギ辛いィィィッ!!
でもこの辛さ、なんて酒に合う辛さなのだ。ネギの辛さを甘く香ばしい海苔で、ある程度〝中和〟させるものの、それでも残る辛味を酒で流し込むという、必然さも兼ね揃えた完璧なメソッドが出来上がっている。
まさに『市民酒場』という、長い歴史の中で生まれた〝酒飲み市民〟の為のメニューと言ってよい。
「え!?ラーメンに!?」
「せやねん、この残ったネギチャーシューをラーメンに乗せて食ってはったわ」
なんと〝やっこねえさん〟は、この歴史ある市民酒場でラーメンを頼み、それに残ったネギチャーシューを乗せて食べるという、酒飲みとしては最高のシメをしていたというのだ。
もちろん、これをやらない手はない……!!早速、イカが女将に頼んだ。
「すんまへん!このネギチャーシューをラーメンにかけて下さい!」
「え……と、ラーメンは出してないんですよ」
えっ!?
なんと、
〝やっこねえさん〟が頼んでいたラーメンとは、急遽、テレビ用に出したインスタントラーメンだったとのこと……。その為、一般のメニューには存在していなかったのだ。
「そうですか……残念だなぁ」
私たちは、まさに〝口惜しい〟という気持ちを抑えつつも、残ったネギチャーシューを食べ、辛々の口内のまま店を出ることにした。
すると……
「どこでラーメンのこと知ったんだい?」
突然、ショッキングピングのTシャツを着た店主が私たちに話しかけてきたのだ。
「おんな酒場放浪記を観てです!」
「そっかー、でもまぁまた来て下さいよ。これどうぞ」
そう言って、私たちに手渡してきたものがこの名刺だった。
「わぁ!!ありがとうございます!!」
「また来るときは、お電話くださいね」
と、店主の横で女将さんが笑顔で声をくれた。
私たちは、店主と女将さんにお礼を告げたあと、店を出た瞬間、私はイカと同時にこう言った。
〝スッゲーいい酒場だったなぁ〟
そう、
今思い返してみても、店構えや料理、店主たちに至るまで〝スッゲーいい酒場〟であったのだ。
横浜の歴史、酒場の歴史──。
どんな歴史も、たくさんの人々から始まり、それを〝思い返す〟たくさんの人々がいることで、それが歴史になるのだ。『市民酒場』という、現代に残ったこの酒場も、そのひとつであることは間違いない。
ラーメンはまぼろしとなってしまったが、私たち二人は〝また絶対に来よう〟と思い返したのがその証である。
ネギチャーシューラーメンは、いつか〝やっこねえさん〟に作ってもらおうと、今夜も歴史を訪ね、飲みへ出るのだ。
常盤木(ときわぎ)
住所: | 神奈川県横浜市西区戸部町5-179 |
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TEL: | 045-231-8745 |
営業時間: | 17:00〜22:00 |
定休日: | 土・日・祝 |