伊香保「ラーメン水郷」石段街は廃墟たちとともに
5月の中旬、群馬県にある『伊香保温泉』に行って来たのだが、私は伊香保どころか群馬県に訪れること自体が初めてであり、小学生が遠足に行く時のテンションの如く、それはそれは楽しみで眠れない前夜を過ごした。
東京から車で関越自動車道に乗り、約2時間半ほどで目的の温泉街へ到着した。
『石段街』
言わずと知れた伊香保『石段街』へ訪れるのは勿論のこと……それとは別で〝楽しみ〟にしていたことがあった。
石段街の周辺は山間部の町特有の風景があり、すばらしい町並みなのだが……少し通りを外れると、もはや〝渋い〟を通り越した『廃墟』の建物が多く目に付く。
町の至る所に、この様な風景がゴロゴロある。
そう、ここ伊香保は一部の『廃墟マニア』の中では有名なスポットでもあり、これこそが私のもうひとつの楽しみであったのだ。
『軍艦島(2012年)』
めちゃめちゃ詳しいという程ではないが、私は日本有数の廃墟スポットである長崎の『軍艦島』にも上陸したことがあり、割と昔から廃墟などが好きであった。
廃墟を眺めていると、
〝ここにはどんな人が暮らしていたのだろうか……〟
〝なぜ建物を取り壊さずに放置されているのだろうか……〟
〝何か事件でも起こったのだろうか……〟
なんというか、
その廃屋から、自分なりの解釈で『歴史』を想像させてくれるのがなんともよい。
それはこの酒場ナビでも、歴史のある渋い酒場ばかりを記事として書く理由にも繋がっているのだ。
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『ラーメン水郷』
石段街を少し横に入ったところにある〝ラーメン〟と書かれた提灯が見えたのだが……その店構えを見る限り、廃墟……ではなく、渋め目の呑み屋にも見える。
廃墟群に埋もれる酒場として相応しい『最強』の外観──
私は、何かに呼び寄せられるかの様にその廃墟の暖簾を、恐る恐る潜ると……
多分、いや……間違いなく今まで訪れたことのある飲食店のなかでは『最狭』の店内があった。
4席ほどのカウンター席の奥には、一畳ほどの小上がりいっぱいにコタツが敷かれ、その中で昔ながらの割烹着を着た〝ばあちゃん〟がひとりで寝ていたのだ。
〝ただの家やんっ!!〟
という、渋い店には今までにも何度となく訪れたが、ここはまるで実家のばあちゃんの、
〝ただの部屋やんっ!!〟
と、思わず口に出しそうになった。いや、それほどまでに小さな小さな空間なのだ。
「はい、いらっしゃい」
ばあちゃん……女将さんは何事もなかったかのようにコタツから出て起き上がり、これまた小さな小さなカウンターの中に入った。
とりあえず確認してみる。
「寝てましたけど……まだ営業前ですか?」
「大丈夫よー、何飲みますー?」
一応、ここは営業中であることで間違いなく、私はカウンター席に尻を下ろした。
「あ、酎ハイあるんですね。それください」
「水で割る? 炭酸で割る?」
以前に行った、西成の『但馬屋酒店』という酒場にいた女将さんもそうであったが、高齢の女将になると『酎ハイ』を頼んでも必ず水で割るか炭酸で割るかを訊かれる。
私はやさしい口調で「炭酸でください」と言って酒を待った。
『酎ハイ』
但馬屋酒店では、ただの〝焼酎ストレート〟だったが、ここはしっかりと炭酸の効いた焼酎ハイボールであった。
ホッと一安心をして、続けて料理を選んでみる。
『餃子』
特筆すべき点はないものの、短時間で焼きたての餃子がサッと出てくるのは嬉しいものだ。
子供の頃、よく親に連れて行ってもらった安いラーメン屋の何のヘンテツもない餃子を、当時はオレンジジュースでアテていたなぁ……と、初めて訪れる群馬県の温泉街で思い出しては、今度はそれを酎ハイでアテるのだ。
『焼鳥5本セット』
焼鳥以外には何故かやきとんの『カシラ』のみがメニューにあり、他にレバやシロなどはない。女将さん曰く「冷凍モンでもカシラはおいしいから」だそうだ。
フライパンで焼いていたため、炭の香ばしい香りがどうの……なんてのはないが、元の鶏肉がしっかりしているのか、ムチムチとした身にカラシをたっぷりと付けて食べるとこれはこれでウマい。
「あ! そういえば表に〝ラーメン〟て書いてる提灯がありましたけど……」
「そうだよ、ウチは一応ラーメン屋だからね」
「そうなんですねー、じゃあどれかラーメンを……」
『しょうゆラーメン』と『チャーシューラーメン』
『ラーメン屋』と謳ってはいるものの、ラーメンのメニューは2種類のみ。ある意味選択に困るが、この店構えで突然〝家系ラーメン〟のメニューがあっても、それはそれで困るかもしれない。
「よし、しょうゆラーメンをください」
「あいよ」
そう言うと、くるりと振り返り麺をゆで始める女将さん。しかし何度見ても狭い調理場だ。
この角度から見ると完全に『家の台所』であり、まるでこの小さな女将さんの為だけに作られた《オーダーキッチン》のようだ。
数分もすると、チャッチャという麺の湯を切る音と共に、文字通り〝看板メニュー〟が出来上がった。
『しょうゆラーメン』
ンまいッ!!
具はチャーシュー、ワカメ、メンマ、ナルトで、見た目と同じく、スープはシンプルな味わいながらも上品な『蕎麦つゆ』の様な仕上がり。それを絡めた麺を、シルルルルと勢いよく音を立てて啜り、酎ハイでゴクリと飲み込む。喉を愉しむとはこういうことだろう、暫しこのばあちゃんの部屋で〝うま懐かしい〟気分に浸るのだ。
「最初はこの店の近くで、居酒屋やってたんだよ」
ふいに、女将さんが語りだす。
20歳で前橋市からこの伊香保の温泉旅館に仲居として勤めに入った女将さんは、旦那さんと結婚後まもなくこの店の近くで酒場を開業したのだという。
「へぇー、なんで仲居さんを続けなかったんです?」
と訊くと、「旦那がギャンブルで金ぜんぶ使っちまうから、仲居じゃ食っていけなかったんだよ!!」と笑いながら答えた。その後は現在の場所に移り、今度は〝ラーメン屋〟として営業を始めたのだ。
そんな会話をしていると「アタシもお酒飲んじゃおうかね」と女将さんは言い、群馬で初の《酒ゴング》を鳴らしたのだ。
そんな旦那さんは、女将さんが30代前半の頃に他界しており、それからは女手ひとつで息子さん2人を育てたそうだ。〝これから働き盛り〟であっただろう旦那を突然亡くし、それはこの若造の呑み助ごときが容易く想像できる苦労と悲しみではなかったであろう。
だが、優しい表情で女将さんは言った。
「この町だから、息子2人を育てられたんだよ」
そう言って、
呑み屋の女将らしく、グイっといい飲みっぷりで酒を飲み干す。
そして、こうも言った。
〝周りの人たちが、私たち母子を助けてくれた〟
今では廃墟の目立つこの伊香保の町も、かつては多くの人々が住み、働き、支え合い……そのすべての人々に『温もり』があったのだ。
勿論、それは今も変わらないのであろうが、ポツリと言った女将のそのひと言に、どれだけの深みがあるのかと考えると、ただただ心が熱くなるばかりであった──。
「これ、食べな」
サービスにと、
タッパーから取り出してくれた、メニューには無い女将さんが作った『たけのこ』の煮物。
『辛く』も『甘く』も、
その味は、どこまでも深く、
まるで、女将が石段街で歩んだ、長い人生の様に──
ラーメン水郷(らーめんすいごう)
住所: | 群馬県渋川市伊香保町伊香保125-5 |
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TEL: | 0279-72-3940 |
営業時間: | 18:00~01:00 |
定休日: | 火曜日 |