西成「但馬屋酒店」大阪入りにくい酒場のトップランカー店に入ってみた結果──
「ぶェックシュイィィィッ!! 寒んみぃぃぃッ!!」
吐く息が白息に変わる冬の始まりに、イカと大阪・西成へ来ていた。
物理的に寒いということもあるが、この地域一帯を眺めていると、心までしんしんと冷え、厭世的な気分になるのは気のせいであろうか。
洟を拭きすぎて嗅覚なくなったが、ここではそれが丁度いい──のかもしれない。
そんな寒空の下わざわざここへ来た理由は、2016年にもイカと訪れた際、『宿題』としていた酒場に訪れる為であった。
その酒場はここ《三角公園(萩之茶屋南公園)》のすぐ近くにある。
『但馬屋酒店』
なぜ『宿題』にしたのか……言わずもがな、ご覧の通り、当時その強烈な店構えに未熟だった私とイカは、店前で足が動かなくなってしまったのだ。
結局、その時は店に入ることが出来なかったが、東京に帰った後もやはり『但馬屋酒店』への想いは恋病の如く募り、一年後にしてやっとその想いを伝えに来ることが出来たのだ。
カラカラカラ
小指の爪先だけでも引けそうな、軽いアルミ引き戸の音。
盛大に引き千切れた暖簾を被り、遂に私たちは中へと入った。
「いぃ~ら~っしゃ~いぃぃぃ」
まるで『志村けんのだいじょうぶだぁ』のコントに出てくる『ひとみばあさん』の様に愛くるしい女将が、のっそりと店の奥から出てきた。
『ひとみばあさん』の元ネタは、『志村けん』の通っていた酒場の女将からヒントを得たらしいのだが、今思えばその酒場とはひょっとしてこの店だったのかもしれない。
「なぁ~に~しはる~?」
ひとみばあさん……いや、但馬屋の女将に飲み物を促され、ここはキリっと炭酸の『酎ハイ』を注文することにした。
「酎~ハイ~やね~」
「お願いします!」
「え~と~……炭酸のやつやんな~?」
「そうです!」
……なんだか、『だいじょうぶだぁ』のコント的にいったら『前フリ』のような会話にも思えたが、私たちはひとみばあさんの作る酎ハイを待つことにした。
「はぁいぃ~酎~ハイ~」
えっ? これ酎ハイ……!?
『酎ハイ(?)』
まず私たちが驚いたのが、そのグラスのサイズであった。それは温泉宿の宴会などで出る瓶ビールと一緒に出される〔小グラス〕だったのだ。
酎ハイなら普通にジョッキで出されるのだと思っていたのだが……まあ、そんな野暮なことは気にしない。とりあえず、飲んでみればシュワシュワと炭酸の効いた──
炭酸じゃな──いっ!!
いや、それ以上に焼酎が、
濃ぉぉぉ──いっ!!
イカの悶絶顔が、その濃さを窺わせる。
ここで『田代まさし』だったら、
『ちょっとちょっとおばあちゃん!! コレ濃すぎだっつーの!!』
とでも言っていたのであろうか。
単に焼酎ロックで出されただけなのかもしれないが、先ほどひとみばあさんから炭酸の確認をしていただけに、〔喉酎ハイ〕だったところを、突然にフェイントされる焼酎ロックは、かなり〔喉びっくり〕である。
「な~んかぁ~つまむか~?」
そんなことは露知らず、相変わらず愛くるしいひとみばあさん。カウンターの内側におでん鍋を見つけたので、いくつかを盛ってもらうことにした。
『おでん盛り』
〔上方〕のおでんといったらやはり『牛スジ』であろう。私も牛スジは好きなのだが、自分で煮ろうが焼こうが料理しても硬くて決しておいしくならない。だが、上方の料理人にホルモンやスジを扱わせると、毎回『どうしてこんなにおいしく出来るの?』と不思議になるほど柔ら~かく仕上げ、そしてウマいのだ。
〝しゅんでる〟
と、イカやカリスマや上方の友人がよく言うのだが、〝しゅんでる〟とは〔染みている〕という関西方言で、この『大根』に関しても〝しゅんでる〟のは間違いなく、そして濃色の割にはなんとも上品なダシの甘みで感激すばらしい。
『餃子』
この〝いっぱい食べてもらおう〟とする気持ちが、そのまま《大きさ》に出ている餃子──大好きだ。
表面はまるで揚げ餃子のようにカリリと揚がっており、ひとみばあさんが優しく捏ねたあげた餡からは〔優汁〕が溢れ滴るのだ。
カラカラカラ
お……
私たち以外にはじめて客が入ってきたのだが……その風貌から察するに、向かいの《三角公園》に所帯をお持ちであろう『特殊先輩』であることに間違いない。
ひとみばあさんは、先輩に声を掛けることも注文を訊くこともなく、ごく当たり前の日常然としている様子。
こちらを一瞥した先輩は、見た目から〔同業者〕だと思ったのだろう、イカのすぐ横に座るとバサッと新聞を広げ、外が寒かったのかしら……少し震えながら新聞を読み始めた。
冬のまだ明るくなりきれていない午前中、店内の有線放送はコンロでカタカタと鳴るヤカンの蓋と新聞をめくる音のみ。
「ほなー」
数分で新聞を読み終えた先輩は、ひと言そう言って店を出て行った……って、
〝あの先輩、タダで新聞を読みに来ただけやないかいっ!?〟
と、イカと目を合わせて驚嘆する。
ここで『クワマン(桑野信義)』だったら、
『コ、コラー!! 新聞みるだけじゃダメでしょうが!!……ねぇ殿?』
とでも言っていたのであろうか。
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「ウチがなぁ~生まれる~前から~やってんねんで~」
実はこの酒場の歴史は相当古く、おそらく八十歳を超えるこの女将が生まれる前からあったのだそうだ。
西成という街では、年代ごとに《暴動事件》が起こっているらしいのだが、この店の立地的にその渦中に巻き込まれたこともあり、暴動中は店を閉めていたにもかかわらず、居住スペースである二階の窓に石を投げられたこともあったそうだ……。
そんな恐ろしいことを経験しつつも、女将は嘆息しながらこんなことを言った。
「西成は~、元気なくなったわぁ……」
これは、以前に訪れた同じく西成にある『難波屋』の女将とまった同じ言葉だった。
訊けば、昔の西成鳶職人は日給6万円という高給を稼いでいた時代もあり、さらにそれを一日で全部使っていたという豪奢ぶりだったとのこと。
《栄枯盛衰》とは言いたくない──タダで新聞を読まれようと、窓に石を投げられようと〝元気がない〟と言えるその西成酒場の女将の『強さ』に……なんとも言えない気分になった。
そして、そんな西成の生き証人の瞳(ひとみ)に、これからまた何を映していくのだろうかと楽しみにもなるのであった。
、
その後も続く女将の歴史話に、まるで『タイムスリップ』状態で聞き入り、そして私たちはまた引き千切れた暖簾を被り『現世』へと──店から出たのだった。
そして、振り返り、店を見上げる。
昨年、
〝強烈な店構えに、足が動かなくなった〟のだが、
今は、
もはやこの街の歴史を見据えてきたその酒場に、
しばらく、
感慨する二つの影は動けなくなるのだった──。
【閉店】但馬屋酒店(たじまやさけてん)
住所: | 大阪府大阪市西成区萩之茶屋3-2-5 |
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定休日: | - |