西成「難波屋」酒と笑いの合挽きハンバーグ
──2010年11月25日。
超ヘビースモーカーだった私は、この日からタバコを断ち、かれこれ6年が過ぎた。
今ではどこへ行っても”禁煙席”を選び、なるべくタバコから離れた生活をしている。
が、しかし……。
この『大阪』という街は、どこへいってもタバコタバコタバコ……!
ことに、この『西成』という町など10分も歩いていれば、吸ってもいないのに3本は吸わされたと思えるほど煙で溢れている。
そんな町での”公園飲み“から、私とイカは大阪酒場めぐりで初めて”屋根”がある酒場へと向かった。
『難波屋』
“これ何色?”というほどに恐ろしく色褪せた外観。いや、ある意味これが”西成スタンダード”なのか?
「なに飲むん?」
暖簾を潜ると、カウンターの中からぶっきらぼうな関西弁の男性店員が迎えてくれた。イカがそれに答える。
「おっちゃん、生ビール2つちょうだーい」
ここは大阪。
東京では”大声”の”関西人”でしかないイカが、まるで初めてきた外国の通訳添乗員の如く頼もしく見えるのだ。
持つと指がジョッキにくっつきそうなくらいキンキンに凍ったジョッキでまずは乾杯。
この店は立ち飲みカウンター以外にも、奥にはライブハウスを髣髴とさせる立派なステージもあり定期的にライブをやっているようだ。
バーでは出来ても、”大衆立ち飲み屋”で音楽のライブが出来るところなんて、ここくらいではないだろうか。
「あ!猫だ!」
「ここで飼ってんねん」
私が店の奥にいた猫を見つけ撫でていると、さっきまで姿が見えなかった女将らしき人物が話かけてきた。
猫に”お前さっきの公園にいた特殊先輩よりいいとこ住んでるなぁ”と話しかけつつ、横に目をやるとステージの客席にマットを敷き、若い女の子が中年女性をマッサージしていた。
「あれは?」
「昼間はバイトの子がマッサージもやってんねん」
立ち飲み、ライブステージ、マッサージ、猫カフェ……。
ただの酒場と思いきや、この”何でもアリ感”はさすが商売の街・大阪と言ったところだ。
「おねーさん、馬刺しと豚汁に卵落としてくれへん」
イカが女将に料理を注文し、待っている間私は大好きな猫と戯れる。
『豚汁(卵入り)』
豚汁と言っても、具はモヤシが中心で一般的なニンジンや大根などがゴロゴロ入っているものではない。
味も少し薄めだが、イカがトッピングした”卵落とし”が効いてて酒を飲みながら啜ると丁度良いつまみになった。
『馬刺し』
これには驚いた。
しっかりと脂の”サシ”も入っていて、味もかなり濃厚。まさかこんなところでこんな美味い馬刺しを食べれるとは思ってもいなかった。
おいしさついでに生ビールが進み、続いて『トマトハイ』を追加。
これまたギンギンに冷えたジョッキとトマトジュースと焼酎が別々に出されたのだが……。
焼酎の量が多い!
まだ大阪1軒目でベロベロになってしまいそうだ……。
「あ!これうまそうやなあ」
「知らんねん、これフランス人が作ったやつやねん」
カウンターにびっしりと並べられている惣菜。
その中にはこの店の佇まいからは想像できないような”小洒落た料理”もいくつかあったのだが、シチューに限り、夜から働きに来るフランス人従業員の”ダミアン”が昼の営業の為に作り置きをしているのだそうだ。
「そうなんや、じゃあそのシチューちょうだーい」
「フランス人が勝手に作ったもんやから知らんねん」
ただ温めるだけなのに、女将は頑なに注文を拒否する。相当ダミアンが嫌いなようだった……。
「自分らどっから来たん?」
「東京やねん。でも僕は十数年前に大阪住んでてん」
「そうなん。大阪のどこおったん?」
女将とイカが何となしに会話を始める。
東の人間の私から見て、この何でもない会話が漫才のように聞こえる。
****
「西成もだいぶ元気なくなってもうたわ……」
急に遠い目をする女将。
私からすればある意味十分”元気な町”だとは思うのだが、どこの地元民もが言いそうな”元気がなくなった”は、この西成という町でも例外ではないようだ。
「ダミヤンが作ったもんは知らんけど、あたしの作ったハンバーグ食べや」
ダミ”アン”だろ。
人名も関西弁になるものなのか……。
私が初めて西成に来たというのもあってか、女将が普段きまぐれで出している『特製手作りハンバーグ』を出してくれると言ってくれた。
『特製手作りハンバーグ』
うまいっ!
小ぶりのハンバーグは、表面はホロホロになるまで煮込まれ、噛むとジュワリと肉汁が溢れる。ハンバーグは作り手がどれだけ手間をかけたかが分かりやすい料理だと思うが、これはまさにそれだ。
「めっちゃうまいやん!」
「うん!すげーウマイ!」
「せやろ。あたしの”尻の肉”が入ってるからな」
え?
尻の肉……!?
「あ、ホンマや!なんかケツ小ちゃいやん!」
「せやねん。ハンバーグ作るたび痩せんねん」
「うわっ!ワシらも前に食ってもーたやないかい!」
がっはっはっは!──
この”ノリ”……。
待ってましたとばかりに関西弁が飛び交う。
いつのまにか、他の客も交えて女将の”トークライブ”が始まり、店の中は笑いで包まれていた。
だが、なんというか私の思い描いている”関西人の日常”がそこにはあったのだ。
この町では、
“酒のつまみが笑い”なのか、
“笑いのつまみが酒”なのか。
どちらかはまだ分からないが、なんだか仲間に入れてもらえそうな気がした。
私も頑張って輪の中に入ってみる。
「そういえば、さっきの猫の名前なんていうんですか?」
「名前? ビビヤンや」
ビビ”アン”だろ。
難波屋(なんばや)
住所: | 大阪府大阪市西成区萩之茶屋2-5-2 |
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営業時間: | 8:00~翌1:00 |
定休日: | 木曜日 |