天文館通「小料理 はる日」はじめての鹿児島酒場入門(1)
〝〇〇県出身者の友人が多い気がする〟
自分の付き合いの中で、そんな事を思ったことがないだろうか。以前からなんとなく感じていたのだが、私は『鹿児島県』出身者の友人が多い。人口のおよそ5割の地方出身者が住む江戸に長年住み、様々な地方の人間と出逢ってきた。その中で鹿児島出身者の割合が高いのだ。
何故だろうか……。『よし、鹿児島人と友達になろう』などと、相手の出身地を選ぶことなど出来ない。では、親戚に鹿児島が多いのかというと、ひとりもいない、掠りさえしない……不思議だ。考えれば考えるほど、なんだかその街へ行って見たくなった。正直、鹿児島で思いつくのは『桜島』と『西郷隆盛』くらいだったが、そういえば大好きな『芋焼酎』の本場であることも思い出すと、あっという間に飛行機に乗っていた。
『桜島』
飛行機で2時間、さらに鹿児島空港から鹿児島市内まで50分という長旅を経ると、眼前に突如として桜島が現れた。これが薩摩の象徴か──。
「うっわ、煙だ、煙が出てるでごわす……!」
その雄大さにすぐさま心奪われ、鹿児島港へ向かうとすぐにフェリーへ飛び乗り、桜島へと上陸した。とにかく、山頂に近づいてみたいと、レンタカーで『湯之平展望所』へと向かった。
あいにくの雨模様だったが、大迫力の山頂を拝むことができた。
驚いたのが〝雨水の色〟だ。展望所の屋根を打つ雨が雫となって落ちてくるのだが、その色が灰と混じって〝黒い〟のだ。行きのフェリーにあったテレビで〝桜島降灰予報〟というのを観たが、ここが活火山のド真ん中なのだと改めて思い知らされ、背中がゾクゾクした。凄いところに人の生活がある。
3時間ほど島内を回り、はじめての鹿児島へのご挨拶を済ませた。知らずに灰を呑んだのか、口の中で「ジャリッ」と音が鳴ったのが少し怖かった。
フェリーで市内へ戻り、鹿児島の盛り場『天文館』へと向かう。ズドンとまっすぐ伸びるアーケードが何本も交差して道幅も広く、これは薩摩酔人も千鳥足し易かろう。そんなアーケードのひとつから反れた横道に、今夜の酒場がある。
『小料理 はる日』
おぉ……見た目がいいなぁ。レンガ調の外壁、窓には網状の木枠、色褪せた木製ドアをモダンな電灯が照らす。近代日本の純喫茶のような店構えは、ここが文明開化ゆかりの地であることを匂わしている。とにかく、いつまでもその外観を眺めていたいが、そうもいかない。
ギィ──……
開く扉の音は、酒場開化の音。
「いらっしゃい」
あぁぁぁぁ……
小さな小上がり、両脇には芋焼酎のボトルキープの壁、そして店の真ん中には12角形のカウンター。こんなモダンなカウンターは見たことがない。他に客はおらず貸し切り状態。もちろん私はカウンターへと座った。
「何なん飲むね?」
カウンターの中には、女将さんがひとり。薩摩弁で酒を促されると、鹿児島の芋焼酎『白金乃露』を炭酸で割った酎ハイを注文した。
「こんな飲み方は無かったね。最近は若い子が飲むんよ」
そう言って目の前で酒を割りはじめる女将さん。この後にも何軒かはしご酒をしたが、確かに〝芋焼酎を炭酸で割る〟飲み方を出す店はほとんどなかった。そう言われれば〝焼酎は水割りかロック。それが漢ったい!〟と、鹿児島の友人らは豪語していた。半端漢の私は炭酸で飲る。続けて料理を頼むでごわす!
『ハムエッグ』
一見ふつうのハムエッグに見えるが、ハムが『スパム』で結構甘い。さらにそこへ鹿児島の甘醤油『母ゆずり』をかけて食べるのだが、これが甘スパムと合ってウマい。私はこの醤油が大好きで、はじめて鹿児島の友人にお土産でもらって舐めた時は、その独特な味わいに目からウロコが落ちて醤油に浮かんだものだ。
『カツオのハラ皮』
ハラ皮とは腹皮ではなく腹身のことらしい。はじめて食べたがこれが最高にンまい! まったく臭みはなく、あっさりとした中にもコクと旨みがあり、酒……特に芋焼酎とピタリ。酒肴同士、辻褄が合っているのだ。「マヨネーズ付けて食べんね」と女将さんに勧められてそうすると、これも本当に合った。
薩摩の初夜に、素晴らしい酒場と出逢えた。料理と酒のウマさも然ることながら、店の造りもかなり気に入った。特に12角形カウンターの手触りがイイ。芋焼酎を片手に、ついつい撫で回してしまうのである。
「どこから来たね?」
私の物珍しそうな様子を見てか、女将さんが訊ねてきた。これは旅の酒場ならではの〝物語〟が始まる合図だ。
「東京から来ました」
「遠くから来たね。観光で来ちょった?」
「いやぁ~、お酒を飲みに来ました!」
「へぇ~、わざわざね」
鹿児島の友人が多いおかげで、すんなりと方言が入ってくる。酒を飲みに来たことを告げると、ガイドブックを出して店を教えてくださった。ニコニコと優しい女将さん。
しかし、次のひと言をいうと、女将さんの顔が曇った。
「鹿児島って、黒霧島が有名ですよね?」
鹿児島空港の近くに『霧島市』という町があるのだが、全国的に有名な芋焼酎『黒霧島』はそこで造られていると思っていた。いや、そう思っている人も少なくないはずだ、が……
「黒霧島は、宮崎の酒やねっ!!」
えっ……? 宮崎の酒?
あわてて女将さんに訊くと、なんと『黒霧島』は霧島市の隣にある宮崎県都城市の酒蔵メーカーだったのだ。なんて紛らわしいっ! やはり県外の人間の殆どが〝黒霧島=鹿児島の酒〟と勘違いしているらしく、女将さん曰く「鹿児島の人にそれ言うと、ムッっとされんよ!」とのこと。エビス顔で可愛らしい笑顔の女将さんは、それを冗談ぽく言っていたが、目の奥は本気だった。芋焼酎にかけるプライドの高さ、恐ろしくもあるが〝さすが、薩摩っ子〟と関心するばかりだ。
「うぇ~~い、ママ来たよ~」
「あら、よう来たね」
泥酔しきった中年カップルが、肩を組みながら店に入ってきた。酔っ払って肩を組み歩く人を初めて見たかもしれない。2人は上機嫌でカウンターに座ると、私を見るなり、
「どこから来たね!?」
と、会って10秒で話しかけてきた。「と、と、東京から来たとねっ!」と下手な薩摩弁でお返しすると、そこへ女将さんが加わり、件の黒霧島の話が始まった。2人の反応は、やはり女将さんと同じだった。「黒霧島は、宮崎の酒とね!!」「ムッっとされんよ!」アハハッ──
静かだったカウンターは、にわかに薩摩節で沸いた。
ここには決して書けない、女将さんの面白い発言がたくさんあった。突然出逢った中年カップルとは、もう友達みたいに話をしているじゃあないか。
桜島のはなし、酒のはなし、この街のはなし──たのしい夜は、ほんのりと、甘い芋焼酎の香りと共に更けていく。
「なるほど……」
と、鹿児島人の友人が多い理由が解った気がした。
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小料理 はる日(はるひ)
住所: | 鹿児島県鹿児島市東千石町6-11 |
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TEL: | 099-225-2582 |
営業時間: | 20:00~翌3:00 |
定休日: | 不定休 |