鹿児島中央「西駅豚太郎」あの酒場を逃げ候こと 本懐にあらず
今でこそ、小さな古酒場でシッポリ飲るのが好きだが、そのもっと前はまったく違った。
大箱の一部を貸し切りにして、20~30人、本当に多いときは100人くらいの大人数でドンチャンするのが好きだった。幹事をするのも好きで、事前に店と交渉して、料金や値段を打ち合わせをする。それが決まれば、その集まりの参加用チケットやフライヤーなんかも自分で作って配ったりもした。まぁ飲み方は違えど、とにかく〝酒〟に関わることに対しての拘りは強かったのだ。
30歳台前半くらいだったか、ある酒の集まりで一生忘れられない出来事があった。
渋谷の酒場だったのだが、私が幹事で十数人が集まり、ひとり三千円のコースで予約をしてから店に向かった。事前にホームページで店の様子を確認してはいたが、実際の造りとあまりに違い、入ってすぐに「ちょっとおかしいな」と思った。最初のお通しには、3品薬味皿のすべてに伸びきった蕎麦が入っていた。飲み放題の酒は限りなく薄く、頼んでからいつまで経っても出てこない。お世辞にもおいしいとは言えない料理にも耐えてはいたが、最後の会計時に謎のサービス料を盗られそうになると、普段は温厚な私もさすがに堪忍袋の緒がキレ、大声で店員のアンチャンに電卓を持ってこさせると、一から計算を20分もかけてやっと店を出ることができたのだ。つまるところ〝プチぼったくり〟の店にまんまとハメられたということなのだが、酒場への拘りが特に強かった当時は、悔しくて情けなくて、それ以来、大人数での酒盛りをすることが少なくなった。
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『鹿児島中央駅』
酒場だけを求めて遠く鹿児島まで出掛けてきたのだが、鹿児島一の盛り場『天文館』を離れ、中央駅まで来た。思っていたより遥かに都会的で、これからまだまだ発展する様子もうかがえる。こりゃ古い酒場は期待できなさそうだなぁ……と、『西銀座通り』のアーチをくぐってすぐ、良い店構えが現れた。
『西駅豚太郎』
レンガ調の外壁に、赤い提灯が間口のド真ん中にぶら下がり、紺に白字の暖簾が精悍で素敵だ。店の中からは、やきとんの香ばしい香りが漏れている。思わずアルミの引き戸を引いた。
カラカラカラ……子供の頃に通っていた駄菓子屋の戸の音と同じ音。
「いらっしゃいませ~!」
若くて可愛い女の子に出迎えられる。店の手前にはカウンター、奥に広めの座敷があった。どちらでもいいと女の子が言うので、奥の座敷に上がることにした。
銭湯のロッカーみたいな靴箱へ靴を入れて座敷へ上がる。
よっこいしょ、いやぁ、いいですねぇ……! そのままゴロリと横になるたくなる広い畳張りの座敷。他に客もおらず、私の貸し切り宴会場となった。まずは瓶ビールにしましょうかね。
クーッと《出所したての高倉健》で冷たいビールを飲る。──ンまいっ!! 畳に胡坐がまた落ち着いて飲りやすいことこの上ない。そうなると、女の子におすすめ料理を訊ねて、いざ、肴だ。
『やきとん』
このツヤツヤの照り!! 串を持つと甘い香りがフワリと鼻孔をくすぐり、たっぷりのタレがポタポタと皿に垂れる様子がもうたまらん。ガブリつくと、みたらしのように甘ぁ~いタレが口内に広がる。
いい按配に焼かれたシロ、レバ、ハツ、カシラはどれもおいしく、ズシリとボリューム満点。これが一本80円からなのがウレシイでごわすねぇ。
『地鳥さし』
鹿児島といったら地鶏を忘れてはいけない。大量のスライスオニオンの上には、これまた大量のスライスされた地鶏。脂のクリーム色と肉のニップルピンク色の彩りがなんとも鮮やか。
これも決して忘れてはいけない『サクラカネヨ』の登場だ。この鹿児島を代表する甘醤油に潜らせ、素早く口へ。サクサクッとした歯ごたえから、ネットリと甘い肉と甘い醤油の味がベストマッチ、ンまいッ!! これは今まで体験したことがない鶏のウマさだ。
チョコンと添えられたオマケのハツ刺しも、新鮮かつコリシコで単品であるなら是非とも頼みたいくらいだ。おいしい料理に、相方の酒が進んでしょうがない。
「ビール、おかわりいいですか?」
「ハーイ! お待ちください!」
うまい酒とうまい料理……何ひとつストレスなく、畳に胡坐をかき、悠々と聞こし召す。やはりこれが一番だ。店の雰囲気だっていい。
「これはね、こうするんだよ」
「はい、わかりました!」
女の子にマスターが親身に仕事を教えている。店員同士の笑い声さえ酒の肴になる……いい酒場だなぁ。こんな酒場に出逢うたび、渋谷にあったあの店の嫌な記憶が浄化されていく。だから今も酒場からは逃げず、酒場へ通い続けているのかもしれない。
この広い畳部屋を、友人で埋めて飲ったら楽しいだろうなぁ……。
「ありがとうございました~!」
しばらく愉しんでから店を出た。私は酔った頭でホテルまでの道中、歩きながら考えていた。
「あいつとあいつ、あと、あの子も呼んで……」
きっと、あなたも呼びますよ。
久しぶりに描く、大人数のドンチャン酒場の構想は、鹿児島の夜と共に更けていくのだった。
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西駅豚太郎(にしぐちとんたろう)
住所: | 鹿児島県鹿児島市中央町2-38 |
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TEL: | 099-255-0869 |