岸和田「鳥美」キシワダ粉モンジェラシー
『粉モン文化』というのは、東北人の私にとって〝皆無〟といっていい文化だ。今でこそ、関西人という人種とつるむようになったので、その文化の素晴らしさが理解できるが、それまでは粉モンの代表『お好み焼き』や『たこ焼き』など〝お祭りの屋台で食べるもの〟でしかなかったのだ。『いか焼き』なんかは、30代後半でその存在を知り、『焼きそば』をオカズに白米を食べると聞いたときなど、まったく信じていなかった。
関西人以外に、この独特の食文化を例えて伝えるならば──……うーん、ちょっと例えることなどできない。
そうなると、その文化とやらへ少し触れてみたくなる。
──2018年、冬。
私は酒場ナビメンバーのイカと、大阪南部の『岸和田』に来ていた。岸和田と言ったら『だんじり祭』が有名で、とんでもないスピードで山車を転がす光景は、とにかく激しい祭りだというイメージだけが残る。実際に観たことがあるわけではないが、おそらく屈強の男勢がどぎつい関西弁で声を張り、時には町会同士の争いなんかもあるんじゃないだろうか……。関西出身のイカでさえ、「岸和田はちょっと怖いわー」などとこぼすので、私なんか「そんな街の酒場で飲れるのか……」と、怖気づく足で目指す酒場へと向かうのだった。
歴史的に西洋文化の影響を受けているのか、なんとも美しい建物が街の至る所にある。
他にも瓦屋根、長屋造りの建物が多く、新旧が混在然する異空間が漂う街並みが歩いていて楽しい。そこを歩くこと十数分、やっと目的の酒場が見えてきた。
『鳥美』
路地裏の一角にあり、初めてだと絶対に迷う場所だ。緑のテント屋根が伸びるだけの一見、八百屋にしか見えない外観がさらに見つけづらい。
イカと「ほんまにここやろか……」と若干の疑念を抱きつつも、《暖簾引き》で中へと入ってみた。
「いらっしゃい」
焼けた油の香りが漂う縦長の店内に、縦長の鉄板。間違いない、ここは『粉モン酒場』である。この大衆感といい、ここならば粉モン文化に大いに触れることが出来そうだ。
カウンターに座ると、目の前には飴色の鉄板が鎮座している。今までに何億枚くらい粉モンを焼いていたのであろうか、〝沁み具合〟が尋常ではない。焦げ目をコテで削って舐めたら、それをオカズに白飯が食えそうだ。
まずは『酎ハイ』をお願いしてみると、「ちゅーはい? 焼酎を炭酸で割るヤツやんな?」というマスター。そうそう、関西圏では酎ハイが通用しないところもあるのだ。『渡辺哲』そっくりのマスターは、確認の後にグラスへ焼酎、そしてレモン系の割り材を注入。
クイーッとひと口。うむ、これはやはり酎ハイではなく、ほぼレモンサワーだ。だが、それがいい。こうやって、日本中の酎ハイを飲み比べるのが楽しみのひとつなのだ。
本命の前にまずは鉄板を温めてやろう。粉モン以外にもメニューは充実しており、特に鶏肉だと、ひね鶏、ぼんじり、せせり、かわ、きもなど、メニューが豊富。この中だと……コイツしかない、『せせり』である。
まずは女将さんが奥で、取り出したせせりを鉄板へ投げ入れた。ジャー!という音と共に煙が上がり、そこでささっと焼いた後、私たちの鉄板へと移す。
『せせり』
この香りがもうね……食欲をそそるのである。甘ぁい鶏脂の香りに、脂のちょっと付いたところをパクリ。ウマいッ!! プリンプリンの歯ごたえの後から、じゅわりと肉汁が襲ってくる。こいつはレモンサワーにピッタリだ。
イカを見ると、勿体ぶってか、食べずに永久にキスをしている。
そしていよいよ大本命の粉モン、『かしみん』を頂くことにする。かしみんとは『洋食焼』という関西地方の大衆食の一種で、一般的に水溶き小麦粉を鉄板に伸ばし、鶏肉とキャベツ、牛脂を載せて焼いて食べる岸和田のソウルフードだ。粉モン酒場で、こいつを食わない手はない。
「おまたせー」
「おぉっ!!」
『かしみん』
粉モン素人の私から見れば、普通のお好み焼きと区別が難しいが、とにかくウマそうだ。すかさず、「ワイに任せろ!」と鉄板と同じ肌色のイカがヘラを挿れる。
パカリと開かれると、そこからは素晴らしい、まさに『粉モン』の香りが溢れ出る。カッカッカッ!と、鉄板と同じ肌色のイカがさらにヘラで割り、いざその準備が整った。
ゴクリと辛抱堪らず、コテでソースの香りごと口へと運ぶ。あつあつ、ふうふう──ンまいッ!! 鶏肉の旨味、キャベツのシャキリ、それらの味をまとめるソースとマヨネーズが、絶妙なバランスで口福へと至らしめる。お好み焼き……? いや、もっとシンプルで、そしてどこか優しい味だ。
イカを見ると、早く食べたいがのあまり、この状態で失神していた。
ひと段落しているマスターが、煙草をくゆらす。遠目だが、あれはマリスミゼル時代の『GACKT』が吸っていた銘柄『joker』だ。粉モン屋の鉄板越しに見る、jokerを吸う渡辺哲……いや、GACKTの姿が妙に印象的だ。こちらも手の空いた女将さんへ『かしみん』について訊いてみると、同じ岸和田でも入れる具が違うどころか、かしみん自体を知らない人もいるそうだ。元々この店は鶏肉の卸屋で、女将さんのお母さんが浜から鶏肉を仕入れていたらしい。そこから考えると、この店もそうとう古い歴史を持っている。なんだか、岸和田の歴史を調べてみたくなった。
「こんにちは」
「あら、久しぶりやん」
小さい男の子を連れた、若い親子3人が店へ入ってきた。会話から地元の常連客のようだ。
「ハワイ行っててん」
「えーなー」
「さっき帰ってきてな、もうここのが食いたーて」
「おおきに。ほな、お好み(焼き)でええか」
のんびりムードも終わり、女将さんが鉄板で生地を焼き、マスターがキャベツを切り始める。少しして「はい、お兄ちゃんのは紅ショウガ抜きやんな」と、女将さんは男の子の鉄板の前に、出来上がったお好み焼きを置いた。そして、男の子はお父さんに催促するのだ。
「お好み切るんは、お父んの仕事やで」
店内が笑いで包まれた。しゃーないなぁと言いながらも、嬉しそうなお父さんの表情。私もイカも、女将さんもマスターも、思いがけない心なごむ時間であった。
ちょっと尻込みしていた街の、八百屋のような店で、鶏肉屋からの長い歴史を持ち、大人も子供もそれを目当てに訪れては、飴色の鉄板の上で今日も今日とて、粉モンを愛して止まない。
『粉モン文化』
もう一度、この独特の食文化を例えて伝えるならばと考えてみたが、あるようで、ないような──やはり、例えることなどできない。
そもそも、本当にないのかもしれないが、
しかし、なんて羨ましい文化なのだろう。
鳥美(とりみ)
住所: | 大阪府岸和田市堺町7-29 |
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TEL: | 072-422-5816 |
営業時間: | [月~金・日] 11:00~18:00 [土] 11:00~18:00 |
定休日: | 火曜日 |