
大宮「大阪屋」応援することだけは自粛しない
忌まわしき疫病禍にみまわれて、早くも一年が経った。楽しい時間は過ぎるのが早く感じるというが、嫌な時間も案外早く感じるものだ。「それならとっとと終息わってくれねぇか」と哀訴嘆願するのは、毎日のように目にする困窮する飲食店のニュースだ。自粛だ何だについては思うところが沢山あるけれども、この場でそんな口幅ったいことを私ごときが放言するのもナンでしょう。
然りとて、これだけは言っておきたいのが、
〝応援することだけは自粛しない〟
ということだ。
渦中の2020年の暮れに、酒場ナビメンバーのイカと共に埼玉県大宮に飲りに行くことになった。だいぶ会っていなかったので、すっかりと顔を忘れてしまっていたが、会ってみるとやはり「あぁ、こんなだったな……」と、相変わらずの宿酔面で安心した。ただ、次回会うまでに、この顔を忘れてしまわないかどうか心配なご時世ではある。
それはさておき、災禍と年末というのもあってか、その日に行こうと思っていた酒場にことごとく裏切られてしまった。埼玉くんだりまで来て、これはマズイ……二人でアーダコーダと思案していると、「ここ、ええんちゃう!?」とイカが酒沁みの指をさした。
『大阪屋』
赤いアーチ型の屋根に可愛らしい豚のイラスト、いくつもある派手な提灯がぶら下がり、その奥には〝大阪屋〟と金字で大書された扁額が飾られている。
時間はまだ16時前だが、奥からは呑兵衛の酒気が漂っている。私もイカもノーマークの酒場ではあったが、なんとなく〝酒場の神様〟が呼んでらっしゃる気がしたので、暖簾を潜ることにしたのだ。
「いらっしゃいませ!」
元気な女将さんの声が店内に響き渡る。カウンター数席と四人掛けテーブル席が三つの小さな店内。こじんまりとした雰囲気が、派手な外観よりも下町酒場の落ち着きがあっていい。「こりゃ正解だな」と、イカと目配せしてカウンターに座った。
しっかりと消毒、検温、さらに埼玉県独自の接触者お知らせシステムなるものをLINEで登録する。ここまでしなければ酒にありつけない世の中になったのか……複雑な気分になりながらも、最後に喉の消毒を済ませるべく、瓶ビールを頼んだ。
「はい、どうぞ!」と、女将さん自らお酌をしていただく。久しぶりに「おーっとっと♪」などと言いながら、二人同時にいただきます。
ンゴッ……ンゴッ……ウキッ……ンゴッ……うんめぇ、女将さんにお酌された酒は実にうんめぇ。オッサン同士で酌み交わす酒よりは、はるかにウマい。今日はなかなか酒場にありつけなかったが、きっとこの一杯目に導かれていたのだ。
「赤星のキャンペーンをしてて、3本注文してもらえればレトロラベルを差し上げているんですよ」
なんと、これは我ら酒マニアとしては見過ごすわけにはいかない。メーカーさんも、あの手この手と考えていらっしゃる。あい分かった! その挑戦……いや、熱意を受けてたちましょう! 二人でグビグビとペースを上げつつ、それに合わせて料理もお願いした。
『もつ焼き』
店名、暖簾に書かれていては、頼まないわけにはいかないでしょう。レバ、ハツ、カシラ、シロをタレシオで一本ずついただく。レバはピチピチと新鮮、ハツはブリコリと歯応えがいいですねぇ。カシラもじゅわりじゅわりと肉汁がたまらなく、イカの好物であるシロもまた、トロリとした舌触りで串を置けない。中でも特にウマかったのがレバで、こいつをもう1ターンかましてやろうかしらと思っていると、もってこいのメニューが目に入った。
『レバステーキ』
あらまぁぁぁステキだことぉぉぉ! 先ほどのレバとはまた違い、こちらには迫力がある。もともとのお肌が美しいせいか、タレのお化粧ノリがいい。うっすらとピンクがかった切り口がカワイイ、こいつはきっとレバの雌だな。
それに……
いい匂い!
香ばしい醤油の甘しょっぱい香りが、鼻孔をくすぐって丸々と小鼻が膨らむ。もう我慢できないと、テラテラに輝くレバを口に運ぶ──おいひぃ……とても、おいひぃです。はじめは跳ね返るような弾力だが、そこにスッと歯が入ると、柔らかぁいレバの身から、じんわりと旨汁が溢れる。その汁とタレが最高のマリアージュ。これがたったの720円でいただけるのだから、やきとん王国に住む埼玉人がうらやましい。
「はい、2本目どーぞ!」
2本目に突入。またも、お酌してくれる女将さんの『はるちゃん』はここの二代目で、厨房には三代目の息子さんもいる。なんと、この店は大正時代からの続く店で、元々は東京牛込にあった〝せんべえ屋〟から始まったという、異色の経歴を持つ酒場であった。ここに移り54年目にしてみまわれた緊急事態宣言から、初めて昼に弁当販売を始めた。日本中、同じようなことをして慣れない酒場も沢山ある中、息子さんとお手伝いさんが『3.11』の地震の時に弁当を作る勉強をしていたのもあり、首尾よく弁当販売が出来たのだという。
「やりましたね、レトロラベル!」
早くも3本目をクリアで、レトロラベルをゲット。私とイカはビールで腹をタプタプにさせながらも、はるちゃんの話を食い入るように訊いた。大変だった話も明朗快活に喋るはるちゃんだったが、ある話だけは顔を曇らせた。
「お祭りが、やっぱり中止になっちゃって……」
それは、毎年8月に開催される『中山道まつり』の中止だった。はるちゃんは毎年女神輿をガンガン担ぎ、実行委員長までやるほどの〝祭っ娘〟だったのだ。私の地元も祭りが盛んで、その気持ちは切に解る。もうね……そんな、年に一度のささやかな楽しみくらい奪うんじゃないよ。
「出たっ! C賞サッポロのボールペンや!」
「A賞だ! カップロゼワイン!」
3本目を飲み終わると、今度は賞品が当たるという〝クジ〟まで引かせてもらった。小一時間であったが、こちらはいい方での密時間を過ごさせてもらった。感染対策の導入、慣れない弁当販売、54年目にして初めての年末年始営業、祭の中止……そんな中でも、客にたのしく酒を飲ってもらおうとする殊勝な姿に、図らずもウルっと涙が……いや、ここではアルコールが零れそうになったといっておこう。
「ごちそうさまでした! あと、ちょっとお聞きしたいのですが……」
帰り際、他におすすめの酒場を訊ねると、近くの『ほっかいや』という店を紹介してもらった。しかも、わざわざはるちゃんがそこまで案内してくれるというのだ。
普通なら〝ここでもっと飲んでいけ〟と言えばいいところを、そんな無粋を言わない仲間想いの情の厚さ……どこまでいい女将さんなんでしょう。案内してくれるその背中を見ながら、やはりこれだけは言っておきたいと思うのだ。
〝応援することだけは自粛しない〟
今年は、神輿を担げるといいですね。
さて、今しばらくは、応援資金を貯めておきましょうか。
大阪屋(おおさかや)
住所: | 埼玉県さいたま市大宮区仲町1丁目7-1 |
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TEL: | 048-641-1157 |
営業時間: | 11:30〜22:00 |
定休日: | 日曜日 |