所沢「百味 プロペ店」END? ▶CONTINUE?
2020年から始まった大馬鹿野郎の新コロの影響で、多くの酒場が閉店や休業を余儀なくされた。「三州屋 本店」「ミルクワンタン 鳥藤」「スマイリー城」「天平」……東京だけでもキリがない。なにより恐ろしいのが、大手や老舗だからといっても関係がないところだ。その中のひとつに、所沢の名店が閉業したことは、酒場ファンの中でも大きな衝撃を与えた。
『2020年5月、百味プロペ店が閉店』
……嘘だろ、おい。
その凶報を、SNSで何度目にしたであろう。実際にそこで飲って、さらに気に入っていた酒場になると、そのショックは倍増する。「いや、だってあの百味だぜ……?」当然、酒場ナビのグループLINEでもザワつき、しばらくの間は、大失恋でもしたかの様な日々を過ごすこととなった。
だがしかし……酒場の神様は見放しはしなかった。去る2020年12月に、不死鳥の如く蘇ったのだ。すげぇ……こんなこともあるんだな。それこそ、にわかには信じられなかったが、SNSで今度は〝復活〟という言葉を見る度に、心の奥底から沸々と酒場心が込み上げてきた。
そんなもん、行くしかねぇだろと思った矢先に、やれ、緊急事態宣言だ、やれ、まん延防止措置だので、思うように行かせてくれない。ようやく行けたのは、年が明けた三月の話である。
『所沢』
嗚呼……お久しぶりの所沢、夢にまで見たとは言い過ぎではあるが、やっと来られたと感慨深い。
まだ午後一時過ぎの『プロペ商店街』を、デンデク歩いていると──出た……いや、本当に出たぁっ!!
『百味 プロペ店』
何も、変わっちゃあいない! よかった……経営者が変わったというから、突然ピカピカの建物にでもなっていたらどうしようと思っていたが、まずは一安心。
入り口にある、赤のウエルカムマットもそのまま。どことなく生まれ変わったようなそのマットを踏み込み、いざ地下へと潜る。
「いらっしゃいませー」
よしっ、よしっ、よ──し!! こちらも改装前と何も変わってない。しいて言うなら、喫煙ルームとタッチ決済が出来るようになったくらいで、酒場景観を壊すものはひとつもない。目の当たりにしているのにも拘わらず〝ここで飲りてぇ!〟と叫びたくなった。空いている席なら、どこでもいいというので、全体が見渡せる特等席に酒座を決めた。
とにかく、祝杯をしましょうよ、祝杯を。KIRINの633をお願いして、その時を待つ。間もなくして、目の前の渋テーブルの上には、
ぴかぴかのグラスがトン。そこへ、633を90度傾ける──
トク、トク、トク……
トットットッ……おっとっと。
完璧なブクブクの完成だ。それでは、ひと口。
グッ……グッ……グッ……アァ、アァうんめぇっ! ここ最近で、一番うんめえビールだ。おめでとう、復活おめでとう! よーし、パーティーのはじまりだい!
『ハムカツ』
百味のハムカツは〝お通し〟みたいなもので、絶対に頼まなければならない一品。中太ハムが均一に揚った衣を、ひとくちサクリ。歯ごたえを感じる衣の中から、ぷりりとしたハムの弾力と旨味が心地よし。なにが一番お気に入りかって、全体のバランスだ。
ハムカツの茶色とピンク、付け添えのサラダの赤と緑、それらを受け止める青い皿が絶妙なのだ。『ハムカツクイズ』があったら、ここは解りやす過ぎてクイズにならないほど特徴的なハムカツだ。
『巻き寿司』
出たっ、百味の巻きずし! 特別、巻き寿司が好きかといえばそうでもないのだが、なぜかここへ来ると、この巻き寿司がやたらと食いたくなる。具の種類も多いのだが、ここはシンプルな『三色』と『納豆』がいい。丁度よく締めた酢飯が、海苔にギュッと巻かれ、モッチリとした食い応えはいつものままだ。
これは自分だけが思っていることなのかもしれないが、昔の巻き寿司は、切り口がもっと〝ヤンチャ〟だった。それがいつの間にか〝更生〟している……これ、共感できる方いらっしゃいますかねぇ。
『にぎり寿司』
今日はパーティーだからね、巻き寿司ついでに、にぎりもいっちゃおう。イクラの弾ける粒々感、タコは肉厚だが柔らかく、エビもブリュンとした旨味がたまらない。ネットリとしたハマチは、ほっぺたが落ちるラブリー。
そして見てくれ。ズシリと重厚な赤色から、薄ピンク色へのグラデーションが映える中トロの迫力。箸ごと口へ頬張ると、舌にマグロ脂がトロリと沁みる。「呑み込むのがもったいねぇなぁ」と思いつつ、泡沫のように消える儚き味わいを愉しむ。このクオリティが、寿司屋ではなく大衆酒場で出せるという不思議。
前から思っていたが、ここはなぜこんなに海鮮がウマいのだろうか。さぞ名のある職人さんがいらっしゃるのでしょうね……
「お兄ちゃん、ユメカサゴのこんなデカイ唐揚げ食べる?」
スッと、横に人影が過ったかと思うと、板前姿のマスターが声をかけてきたのだ。その日は『ユメカサゴ』という、かなりの良いネタが入ったらしい。しかもマスターの魚のサイズを模す手幅を見る限り、三十センチはあるというのだ。
「えっ、そんなデカいカサゴっているんですか!?」
「そう、こんなデカいの!」
かなり腹がいっぱいだったが、まるでメイちゃんがお父さんにトトロの大きさを説明するかのよう、熱心に勧めるマスターに負け、ひとつ頼むことにした。
しかし……私も釣りを多少齧っている。カサゴなんて、関東じゃ手のひらサイズでも良型と言われるのに、三十センチなんてそんな──
ズゥゥゥン……
『ユメカサゴの唐揚げ』
えっ……えぇッ!? デカ過ぎる!! 揚げて萎んではいるが、これは間違いなく三十センチ……いや、それ以上の巨大カサゴだ。
二枚におろして、頭、体、尾をブツンブツンと豪快にブッタ切って揚げている。デカ過ぎて、逆にどこから手を付けていいのか分からない。とりあえず、腹回り部分と思わしき塊をガリリッ。
ザクッ……ザクッ……ザクッ──うんめぇ……なんじゃこりゃ! 大味かと思ったが、とんでもない。まず、衣がウマい。魚の旨味エキスが浸透して、衣全体の味が濃いのだ。そこへちょっと堅めの食感が絶妙すぎる。その奥には、カサゴの上品な白身の味わいが、ホクホクと口中を満たす。こんなにウマいカサゴの唐揚げは、食べたことがない。満腹だったのが、あっという間に平らげてしまったのだ。
ここは本当に、なんでもウマい。
さすが〝百味〟というだけあって……いや、百どころか、千……億味だって秘めている。そりゃあ、こんな酒場、閉めても周りが放っておかないわけだ。
閉店したと聞いた時には驚いたが、こうしてウマい料理を、いつもと何も変わらない店で飲れるというのは、なんて幸せなことかと改めて痛感した。そう、店の様相を変えずに再開ってのが、なにより素晴らしい。名のある酒豪たちも、口を酒っぱくして言っている。〝古き良きをなくしてはダメ。ゼッタイ〟と。
「ありがとうございました」
地下の天国から地上に上がると、手書きの古ぼけた張り紙を見つけた。この酒場の一番先端にある場所だ。
地元密着
足かけ五十年
新鮮 味 安さで
改めて、五十年か……途方もない時間だ。もちろん、これからもその年月は上書きされ続けるのであろう。最近は〝早く行っておかなければ、酒場が潰れてしまうかもしれない〟という危機感でいつも焦っていたが、こんな復活劇を見ていれば、ゆっくりでもいいのかもしれないと思ってしまう。
だって、そうでしょう? 呑兵衛が焦って飲るなんて、野暮なもんですよ。
百味 プロペ店(ひゃくみ ぷろぺてん)
住所: | 埼玉県所沢市日吉町4-3 |
---|---|
営業時間: | 11:00~22:30 |
定休日: | 無休 |