深大寺「青木屋」その休日の早起き、朝酒場でいかが?
急に出来た休日なのに、目覚ましアラームを消し忘れていて、いつもの時間に目が覚めてしまうことが、あるでしょう?「もったいない」と思ってアラームを消して、二度寝に入ろうとすると……眠れない。あれ、おかしいなと思って布団に潜っても、五分、十分、三十分──気が付いたら一時間も経っていて、目が爛々なっていることが、あるでしょう? そうなったら〝観念〟するのがいい。まず、体を起こそう。水でも一杯飲んで、しばらくボーっとしたら、こう呟こう。
「朝酒、飲りに行こうかな」
それを口にしたら、善は急げ、酒は急げだ。洗面所で身支度をして、服に着替える。玄関のドアを開くと、カーッと朝の陽ざしが照り付けるわけよ。駅まで向かう道中、いつもの出勤時の気怠い気分とは違う。だって、これから酒を飲みに行くのだもの。
電車に乗ってみたものの、そういえばどこで飲ろうかなんて決めていない。朝から飲るとなると、新宿か池袋……いや、なんか違うんだよな。思い切って東京下町界隈まで遠出してみようかとも思うが、それもまた仰仰しい感じがする。
どこか行きたかったところはないかと、自分専用の『酒場メモ』を開いてみる。特に行きたいところは赤ペンで◎を付けている。ふむふむ、なるほど……そんな酒場もあったけど、開店は夕方からだ。うーん、意外と難しいもので──あらっ? そうそう、ここがあったなと、電車を降りてバスに乗り継ぐ。
〝次はー、深大寺ー、深大寺に停車します〟
三十歳後半くらいからか、完全にインプットしているつもりでも、いざとなった時のアウトプットが出来なくなってきた。だから年寄り臭くても、メモをするということは重要だ。そうすれば、こんな時にこんな素敵な場所を思い出すのだから。
『深大寺』
少し肌寒さを感じる青空には、朝日の光彩が差している。どこからともなく、チュンチュンとスズメ、ホーホーとキジバトの鳴き声が聴こえる。
ここで一度、深呼吸しよう──人の影は、犬を散歩や掃除をする人が少しくらいで、静かな空間が漂っている。うん、まぎれもなくお寺の朝だ。
「どうも、お世話になります……」
まずは本堂で、ご挨拶を済ませる。深大寺は観光地としても有名なお寺なので、さぞかし凝った造りだろうと思っていたが、いい意味で飾らない素朴な造りが気に入った。老舗の大衆酒場と同じだ……なるほど、昔からお寺や神社が好きだった理由が、ここにきて解った。
本堂から出ると、本命の〝お神酒〟が頂きたくなる。どこかいいお神酒を出してくれる朝酒場はないか、しばらく歩いていると、大きな池を発見した。
おぉ……いいですねぇ。真ん中には小島が浮かび、手入れのされた木々や草花がなんともきれいだ。そして、この池を中心にいくつかの店が並んでいる。
〝この池を見ながら飲りたい〟
そんな想いが、自然と頭の中に過る。都内でこんなロケーションで飲れるところなど、他で見たことも聞いたこともない。早速、開いている酒場を探すことにした。すると間もなく──
「オイおっさん、一杯飲っていくか?」
声のする方を向くと、店の番台に座る一匹の猫が居た。こんな可愛らしい猫に呼び止められて、見てみぬ振りはできまい。
『青木屋』
ほほっ、瓦屋根に提灯が素敵ですこと! 何度も改修をしているのだろうが、老舗感がムンムンと漂う。ちょうど池に隣接しているし、ここでちょいと朝酒といたしましょう。猫さん、ちょいとお邪魔しますよ。
「いらっニャいませー」
おぉ、広い! 口開けというのもあって、ほとんど客もいない。それに思っていた以上に渋みのある内装が気に入った。
縁側のある奥座敷も、中学生の自然教室の食堂みたいで、懐かしささえ感じるじゃないか。
池がパノラマで鑑賞できる、外飲り席を酒座にすることが出来た。こいつは最高のロケーションだ。番台の猫さん、ありがとうございます。
さぁて、朝酒といきましょう。少しひんやりする外飲りには、スッキリとこいつが正解でい。
『633』
ンゴクッ……ンゴクッ……カ──ッ、おいしぃねぇ。温い陽の下、新緑の青い香り、水面の凪を眺めつつ、私の喉は、スーっと麦汁のさわやかな喉越しを感じている……なんて贅沢な朝。そういえば私は休日だが、世間一般は平日だ。今頃、みなさんはお仕事中だと思うと、大変に申し訳なく……ンゴクッ!
またね、お寺の中でという背徳感も、神様には大変ご無礼ではございますが、最高でございます。ご無礼ついでに、お料理も所望いたしまするでござりまする。
『味噌おでん』
我ながら、なんていい選択をしたのか。ムチムチのコンニャクに、香ばしい香りを放つ味噌がのっぺり。ほんのり湯気が立ち上がるところをひと口。
クニッ、クニッとした歯触りと、豆感が残る濃い目の味噌が最高にマッチ。朝の胃に、ちょうどいい目覚ましだ、とぅるるん。
『蕎麦(おろし)』
深大寺といったら蕎麦、蕎麦といったら深大寺。なんせ、蕎麦祭りがあるくらい名物だ、こいつを頂かない手はない。
薬味は長ネギとワサビ、それと朝の雰囲気には大根おろしがよろしい。そいつをポン、ポンと濃い目のツユに放り込む。割り箸をパチリ、一度箸先をツユにチョビッと挿れて味見をする。……いいねぇ、仕上がりましたねぇ。
さあ、そばの出番だ。小麦が強めの上品な色白美人。その美肌を軽く優しく箸でつまみ上げて、先っちょにツユを滴らせる。そうして一気に啜り上げるのだ……!
ズズッ、ズズッ、ズズッ──ハッハッハッ、ウメぇじゃないか! 見た目と違って、大胆な歯触りがのど越しにキやがる。噛めば噛むほど、蕎麦の旨味がジワリと口中に広がり、次を、また次をと啜りたくなる。そこへ、キュッと麦汁で流し込むという幸せ。
目の冴えた休日の朝に、蕎麦で一杯。もちろん、ロケーションが大事だ。しかし、陽を映す池を眺めながら飲るのが、こんなにいいものだったとは。大衆酒場が灯す裸電球の光もいいが、自然の照明もまた格別だ。これらがすべて合わさって朝の酒場、朝酒場なのだ。
これから急な休日は、アラームを消し忘れることに決めた。
パシャパシャ!
にわかに、水面を波紋が揺らした。見てみると、そこには一匹のカモが行水をしている。
この子も朝のシャワーを浴びて、愉しんでいるのだろうか。いつまでも見ていられる光景をアテに、また蕎麦を啜る──なんてぇ、いい休日だ。
パシャパシャ!
またカモが大きく羽ばたかせたかと思うと、頭上の木々が音を立ててなびいた。すると、その風に乗ってテーブルにポトリと、何かが落ちてきたのだ。
おぉ、〝ハート形〟の葉っぱですとな。
こりゃ、午後もいいことがあるかもしれない。
青木屋(あおきや)
住所: | 東京都調布市深大寺元町5-12-13 |
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営業時間: | 平日:11:00~16:00 土日:11:00~16:00 |
定休日: | 月曜日 |