思い出横丁「ささもと」逆に外国人観光客になったつもりで飲ってみる
だいぶコロ助の野郎が落ち着いてきたので、このままコロッと終息しちゃったりして。そうなったらなったで、旅行にバンバン行って、その地の酒と料理をバグバグ飲っちゃうので忙しくなりそうだ。
国内旅行はもちろんだが、やっぱ海外へ早く行きたい。とにかく〝文化の違い〟ってのが楽しい。ここからちょいとひと飛びするだけで、味覚や習慣、美的センスに交通ルールさえも、「なんでそうなるの?」と通用しなくなる。四十年以上生きていても、海外に行くだけで子供の頃のような驚きや感動を味わえるのは、海外旅行だけじゃないだろうか。
どこか遠くの国に、初めて訪れるとしよう。私は〝旅のしおり〟を作るのが好きで、旅の前には必ずエクセルで作っている。大体の所要時間、交通の確認、そしてもちろん酒場のチェックには力を入れる。その国の有名な繁華街で飲るのもいいが、できればちょっとディープなところで飲りたくなるのが呑兵衛の性だ。地元の先輩らにジロジロ見られながら、若干の緊張をアテに飲む異国の酒。考えただけでドキドキするのと同時に、こう思った。
……逆だったら、どうなんだろう。
つまり、自分が外国人だとして、日本での旅行なら〝どこで飲るのか〟だ。下手に日本のディープな酒場地帯を知っているだけに、これは難しいかもしれない。大阪の『西成』……いや、本家スラム街を保有する外人さんからしたら、逆にハンパなんじゃないだろうか。となると、横浜の『寿町』や都内の『山野』も同じか。京都、北海道、沖縄……大観光地だと、ちょっと力が入り過ぎているだろうか。
新宿の……『思い出横丁』か。あぁ、ちょうどいい気もする。ディープ過ぎず、かつ観光地過ぎず……うん、エクセルのしおりに載せる気がするぞ。
そして、久しぶりに行って飲りたくなったじゃないか。
ヤミ市跡に六十軒もの酒場が並ぶという『思い出横丁』。コロ助のせいで多少減ったりしたのかもしれなが、やはり独特の雰囲気と活気がすごい。それこそ、前は外国人観光客ばかりだったが、今はサラリーマン姿の御父さま方ばかりだ。それに、どの酒場も割と席が空いているので、前より入りやすそうだ。おっ、そうなると、あの酒場は……どうだ?
あっ、ちょっとだけ混んでいるけど入れそうだ!『ささもと』は思い出横丁の中でも屈指の人気店。今まで何度もアタックしたが、一度も入れたことがなかった。ここで入らない理由がない、開けっ広げの狭い間口に入った。
「いらっしゃいませ」
あっ、意外と奥にテーブル席があったのか……というか、もう酒場というか民家の一部だな。突然ガラス戸が開いて「誰が、来たんけぇ?」と婆ちゃんが出てきても、まったく驚かない自信がある。
名物の煮込み大鍋も、もくもく湯気で圧倒的な迫力だ。こんな鍋の光景なんてのも、日本の酒場ならではだ。
酒座も、目の前に巨大角氷が鎮座する特等席。これも外人さんだったら「ファンタスティックッ!!」と写真撮りまくりだろう。よし、こちらもファンタスティックな酒をいただこう。
外国に行ったらその国の酒を飲む。となると、ここは日本の酒『金宮』のストレートからいってみよう。目の前にコップを置かれて、そこへマスターが並々と注ぐ……日本の酒場だと普通だが、これもよく考えたら世界的には珍しいんじゃないだろうか。外国の酒場で「Ottotto…」なんて言う瞬間はないだろう。
そして顔から、ツイ、ツイ、ツイー……これも日本の酒呑みの作法だ。くぉぉぉぉっ、しかし日本の焼酎は身体に効きますねい。
料理のメニューらしいメニューはない。ここでは、マスターにおまかせするのがいいのだ。さぁて、なにが出てくるやら楽しみだ。
まずは『アカミ』の登場だ。ここでいうアカミとはハラミのことで、串から柔っけえ肉を引き抜けば、コッテリの上質な旨味がタマリマセン、ハラミマセン。
『テッポー』のネギ醤油のウマきことよ。〝薬味にネギ〟っていうのも、日本人だから喜ぶ独特なツボだ。脾臓の『チレ』は、レバに近い、でもレバにはないポテッとした風味がいい。ちょっと表面を焦がしたくらいが丁度よくて、ここのは完璧な仕上がり。もっと人気が出ていい部位で、私がホルモン監督なら間違いなく一軍入りにする。
「タマネギお待たせしました」
焼き上がった順に、同じ皿へ次ぎ入れていくのも外国の酒場文化にはないんじゃないだろうか。日本の酒場でいいところは、とにかく清潔であるところだ。どれだけ店が渋い佇まいだろうが、清潔だからこそ、こうやって色々な料理が食べられるというものだ。さて、いただこう。
絶妙な焼き色め! じゃくりじゃくりと、口の中から聞こえてくるタマネギの爆ぜる音が気持ちいい。何をやらせても万能なタマネギだが、これも外人さんからみたら、ただ細い棒にオニオンを挿して焼いただけのもの。「ホワッツ!?」となるかもしれない。
ささもと、といったら『煮込み』は外せないでしょう。過去に姉妹店がある北千住や銀座にも行って同じものを頼んだが、これは共通した見た目とウマさだ。串ごとスープへジャブジャブに浸らせ、さっと七色をかけまして候。それから、一気に串から肉を引っこ抜き喰らう快感。バター、といっては言い過ぎだが、マッタリと蕩けるコクは、ささもとの煮込みならではだ。
こうして、外国人の目線で飲ってみると、案外気が付くことが多い。思い出横丁、なんだかんだいって、やっぱりいいですね。
ただ、ここを訪れる外人さんへ一言。思い出横丁の俗名〝ションベン横丁〟という名前で覚えないように。きっとどこかで、恥ずかしい思いをすることになるので。
「どうも」
「あい、どうも」
隣客同士が、静かに乾杯をした。知り合いなのか、それとも偶然に居合わせた独酌同士なのか……この〝乾杯〟だけは、言葉は違えど意味は万国共通。文化は違うのに、これは一緒というのが不思議である。そう思ったら、私も誰かと乾杯がしたくなった。すると、関西人だろうか……隣に居た中年男性が、話しかけてきたのだ。
「お兄ちゃん、乾杯しまひょか」
「えっ……あ、はい、是非とも」
「ほな、酒ゴングや!」
関西人からしても、東京はある意味外国みたいなものか。
また外人さんで溢れる、思い出横丁が戻ってきますように。
ささもと(ささもと)
住所: | 東京都新宿区西新宿1-2-7 |
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TEL: | 03-3344-3153 |
営業時間: | 月~土15:30~23:00 日・祝15:00~23:00 |
定休日: | 年中無休 |