武蔵小金井「壱番館」都会であるがための不幸、そして幸福
〝酒場道楽〟なんてものはじめてからというもの、都内の酒場では飽き足らず、地方都市に行くことが多くなった。最近は〝新コロ〟の大馬鹿野郎のせいで行くことは出来なかったが、徐々にその活動を再開しつつある。
自分の〝酒場忍法帳〟を見返したところ、今までに29都道府県を飲み歩いていることが分かった。全国制覇までまだ20県近くあるのかよと思いつつも、あそこの街が良かっただの、あの店のあの料理は絶品だったなどと、しみじみと思い返すものだ。そんなとき、最初に頭に過る街は『鹿児島』だ。
約三年前に初めて訪れたのだが、雄大な桜島を中心に広がる、悠々閑々とした街の雰囲気。夜は『天文館通』の名酒場たちとの出逢った。酒はどこへ行ってもおいしい芋焼酎が揃い、不思議な甘い醤油や、今までの概念を変えた『さつま揚げ』。どれも驚く料理ばかりだった。北国の秋田で育った私には、味わったことのない〝カルチャー食〟を強烈に覚えている。
鹿児島にはまだ手付かずの〝宿題〟が山ほどあり、そろそろ片付けに訪れたいと思っていたところ、都内にあるこんな酒場に出会った。
これがある意味、〝不幸〟な出会いとなるのだが……
武蔵小金井駅から歩いてすぐの飲み屋街にある『壱番館』だ。100点の外観は、看板は煤汚れているが〝大衆割烹〟という、私の好物ワード。藍暖簾の掛かり具合、平衡感覚が麻痺しそうな歪み具合はたまらない。
そしてここはなんと……いや、まずは中へ入ろう。
ごくっ……
ひゃあ……
すばらららしいっ!! 内観は10,000点だ!! 粘土みたいな壁はいい擦れ具合、太い柱や梁は荘厳たる黒光りの様相。床のすれ具合、テーブルも完全に好みの肌心地だ。うっすらと聴こえてくるのは、センスのいいジャジーなBGM……既にここ、完璧じゃないですか?
「いらっしゃいませ。空いているところどうぞ」
品のいい女将さんが、今夜の酒座へと案内してくれる。もう、どの席も一等席にしか見えず、悩みに悩んだ挙句、何とか一番奥にあるテーブルに座ることにした。
「お飲み物、どうされますか?」
「お瓶ビールを、お頂戴いただけますか?」
この品のよい女将さんは、やはり私と同じ秋田出身とのこと。さらにいうと、先代のマスターは鹿児島出身だというのだ。
そうなんです、ここは私の愛してやまない秋田と鹿児島に縁がある酒場なんです。
「ビール、こちらに置きますね」
十条の『田や』や高円寺の『田け』など、秋田出身の酒場は名店が多い(と思っている)。ここはさらに鹿児島まで入ってきているということで、来るのが楽しみで仕方がなかった。それでは着酒しよう。
ツイッ……アキタッ……カゴシッ……、ぐふぅぅぅぅうんんめぇけなっ、あいがとさげもす! 思わず秋田弁と鹿児島弁が出てしまう。
さてさて、次はお楽しみの両国の郷土料理をいただきましょうかね!
まず、最初に飛び出してきたのが鹿児島代表。秋田にいた頃は『さつま揚げ』なんてものは、ペラペラで固く、おでんのわき役くらいの存在だった。一度本格的な鹿児島料理の店に行って食べた時から、そのイメージが180度変わってしまった。温かくて、ふわっふわの身。ブリュンと音が鳴りそうな歯ざわりに、すり身の濃厚な味が迫るように広がる。そう、まさにこれだ。これが本物のさつま揚げなのだ。地元秋田から出たことのない同級生にも、この事実を教えてやりたい。
続いて、秋田代表がしたり顔で『いぶりがっこ』を投げ打つ。ここで驚いたのが、そのラインナップ。一般的ないぶりがっこは大根なのだが、ここではさらに人参とタケノコがあった。人参は食べたことはあるかもしれないが、タケノコのいぶりがっこなど初めてだ。だた、これが凄くよく出来た代物で、タケノコ特有のシャリリ感と燻製の風味がべらぼうに合う。最近は食品衛生法の改正で、危機的状況のいぶりがっこだが、がんばって残していって欲しいものだ。
「こちら、お刺身の盛り合わせです」
あんりぁぁぁぁっ!! なんて品のあるお造りでしょう。これは秋田産とも鹿児島産とも書いていない料理だったが、私が目を付けたのはそれ以外にあった。
「左が普通のポン酢、右が甘醤油です」
女将さんが答えていわく、秋田の日本酒と鹿児島の甘醤油を合わせた特製の刺身醤油のだという。ウマいものとウマいもの、さらに秋田と鹿児島の融合なんて、不味いワケがなかろうもん!
タイやホタテにサーモン、このブ厚いハマチなんか甘醤油の風味とピタリだ。こんなにウマい甘醤油でも、苦手な人がいるというのが不思議でしょうがない。
攻める鹿児島勢は、次に『きびなごのから揚げ』……いや、ちょっと待った! せっかくだから、お酒も変えませんかね?
もちろん、ここは芋焼酎しかない。この店オリジナルという『紅はるか』は、さつま芋の甘い風味が鼻腔にクンッ、それでいてスッキリと飲りやすい。
ふふっ、芋焼酎の飲んでしまったってことは、酔っ払いまでのファストパスは手に入った。さて、きびなごのから揚げをば……ンー、ンー、ンまい! 鹿児島では刺身を食べたが、から揚げにすると淡泊なきびなごの味わいを、より引き立てている。秋田名物の『ハタハタ』にも似ていて、ちょっと親近感もある。
「はい、お待たせいたしました」
うおっ、なんて懐かしい! これ……『ざる中華』って、こっちの人は知っているのかしら? 一見して、ただの蕎麦のようだが、実は海藻を練り込んだ緑色の中華麺なのだ。それをちょっと甘めの中華タレをつけ麺の様にして食べるのだ。
この麺のシッコシッコ感がうめぇんだよなぁ。地元にいる時は、夏にはよく食べていた気がするが、そういえば東京にきてからは、初めて食べたかもしれない。そう思うと、色々とすごい酒場だよなぁ……
この東京という都会は本当に驚異的で、どんな〝地のもの〟でもちょっと探してみるだけで味わうことができてしまうのだ。東京に住むことで、一番〝不幸〟なことがこれだ。いざ、地方へ旅に出て名物を食べてみるものの、「ん-、どっかで食ったことあるなぁ」なんて思ってしまうこともある。
これが冒頭で言っていた、ある意味〝不幸〟と呼べることなのだ。
『黒霧島は鹿児島の焼酎じゃなかね!』
……そういえば、鹿児島の店の女将さんに、焼酎の産地を間違って怒られたな。
けれども、不幸とはいいつつ、その地でしか味わえない酒や料理や人間の魅力を求め、これからも旅に出る。そして、こんな都会の〝地のもの酒場〟だって何度も足を運ぶのだ。
こんな災禍の時だからこそ、欲張ればいいじゃないか。
〝不幸〟であり、実は〝幸福〟なことでもある日々が、ちょいとムズがゆい。
壱番館(いちばんかん)
住所: | 東京都小金井市本町5-18-5 |
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TEL: | 042-387-2358 |
営業時間: | 17:00~00:00 |
定休日: | 年末年始 |