松島「さんとり茶屋」東北人が改めて東北で飲る旅 宮城編②
『修学旅行』ってのは、今思えば〝もったいなかった〟気がする。
いやね、青春の1ページとしては欠かすことのできない人生行事ではあると思うが、修学旅行で行くところなんて、大抵の子供は初めて行くところばかりでしょう? 美しい景色や歴史との触れ合い、そしてその地の美味しい料理を堪能する……大人だったらこの〝初体験〟を存分に楽しめるが、ガキンチョがそれを十分に楽しむことなんて出来やしない。それが、今考えるともったいなかったなぁと。
高校の修学旅行は京都奈良で、まわりの連中は夜中に女の子部屋に行ったりしていたみたいだが、私にそんな度胸もなく大人しく部屋で八つ橋を食べていた。中学校の北海道では、函館でヤンキーに絡まれて、函館の坂道を全力疾走で逃げた思い出くらいだ。
小学校はどこに行ったかな……ああ、日本三景の『松島』か。ここは特に苦い思い出がある。乗り物酔いが半端ない私は、バスの中で盛大に嘔吐したのだ。しかも隣のシートにはクラスで一番人気の女の子が座っていて、その子のスカートに〝お汁〟が掛かったものだから大騒ぎになった。マイコちゃん、あの時はごめんなさい。
それから約三十年ぶりに、その松島へと向かっていた。仙台から『仙石線』に乗り、まずは『塩釜駅』に降り立った。駅からすぐにある港の光景を見て、心臓がドキンとした。
ここはあの地震で、かなり被害を受けたところだったことを思い出した。今はピカピカの港に、のんびりとした空気が流れているが、その〝ピカピカになった感じ〟というが逆に現実感があり、少しだけ胸が苦しくなった。
そこから歩いて『マリンゲート塩釜』に着いた。ここから船で松島まで行くことを計画していたのだ。船で松島をクルージング、これにはテンションが上がる。小学生だったら「船かよ、めんどくせえな」になっていただろうが、大人の私は船でのクルージングが大好きだ。事前の調べによると、小型のフェリーだったはず。
……って、あれ、これは小型のフェリーじゃない……大型のボート!?
流行り病の影響で、利用者が少ないからかもしれない。もちろんこれでもいいのだが、ひとつ懸念がある。船が小さいと揺れが強く、乗り物酔いする可能性があるのだ。小学校の頃のあの〝惨事〟が蘇るが、間もなく出港の時間だ。不安を抱きつつ船に乗り込んだ。
ブロロロロロ……
軽油の匂いと共に、風を切り進むボート。客が少ないどころか、船内は貸し切りだった。マイコちゃんに……いや、他人に〝お汁〟をかける心配がないと思うと気は楽である。
だが、しばらくして「あれ、結構大丈夫かも?」と思った瞬間、ボートは上下に激しく揺れ始めたのだ。
〝みなさま、左手に見えますのが『よろい島』でございます〟
穏やかな口調で船内アナウンスが流れるが、それどころではない。立っているのもやっとの大揺れである。メタボの体が、何度か宙に浮いた。これはもうオワッタな……と覚悟を決め、しっかりと椅子に腰を入れて、遠くを見ながらひたすら時が経つのを待った。
「こちらの島も、東日本大震災で大きく形が変わりました」
アナウンスを聴いていると、ほとんどの島が地震で変形してしまったらしい。やはり私は、流行り病より地震の方が怖い。流行り病はじわりじわりとやってくるから戦えるけれど、地震は一発。何も分からないまま、一瞬にして全てを消してしまう。しかもターゲットは人間だけではなく、地球自身まで壊すのだ。地球からすると、頭でも掻いているレベルなのかもしれないが、人間からしたらたまったものではない。
〝みなさま、まもなく松島に到着いたします〟
奇跡的に酔うこともなく、なんとか松島に到着した。ホッとしたとはいえ、揺れを踏ん張り過ぎてだいぶ疲れた。しかもカンカンの夏日ときているから、ここは冷えたビールと松島の新鮮な海の幸で飲りたい。そうと決まれば、大急ぎで会場を探そう。
おぉ……これはいい眺めだ! 桟橋から歩いてすぐに、魅力的な光景が見えてきた。鰻に御食事処、そうか、旅館で飲るのもいいかもしれない。これは迷いそうだ……ん?
金松堂ォォォォォッ!! めちゃめちゃ渋いっ!! 完璧だ、ここに決めた……が、どうやら営業していないようだ。うーん、これは残念。
肩を落として振り向くと、そこにはリアルな〝人ん家〟があった。『さんとり茶屋』……いや、一応看板も出ているので店のようだ。しかし、山でもないのに茶屋とは珍しい。ちょっと面白そうなので、ここを酒場を決めた。
「いらっしゃいませ。お二階にどうぞ」
二階のテーブル席に通されると観光地の素朴な食堂っぽさがあり、なかなか良き雰囲気だ。
さらに運よく、松島の島々が望む酒座に座ることが出来た。これは随分と贅沢なシチュエーションだ。ずっと眺めてはいたいが、乾いた喉がそうはさせてくれない。
「生ビール、くださりませっ!」
汗がたらたらの霜降りグラス、こんもり泡が完璧なスタイルで登場。クーッ、写真なんか撮ってないで、早く飲めよ自分!
グビッ……グビッ……グビッ──あぁぁぁぁ松島やぁぁ松島やっ! 冷た旨いで、かき氷の頭キーンになりそうだ。久しぶりに生ビールをゴクゴク鳴らせた気がする。よぉし、じゃあ次は海の幸をいただきましょう!
宮城といったらマグロ、『マグロ丼』は外せないでしょう。牛肉のようなネットリした赤身が、丼をみっちりと埋め尽くす。なんかもう〝迫力〟が違う。ワサビを溶いた醤油をチャプチャプと回しかけて、いざ、参らん!
どっしりとした赤身の存在感が、口中に広がる。この舌の上にじんわりと蕩ける感じ……月並みの感想だが、やはり本場は違いますよ。
出たっ、『ホヤ刺身』だ! 捌く前のあのグロテスクから、まるでガラス工芸のような美しさだ。しかもなんだ、今まで見てきたホヤ刺身とは、まったく〝厚み〟が違うじゃないか。
ズシリと箸先に重みを捉えながら、ひと口やると……海だ、完全に口の中が海になった。噛みしめるたびに新鮮かつ爽やかな旨味が滲み出る。今まで食べていたホヤは、何だったのかと私のホヤ歴史に問いたい。
丼被りなのだが、どうしても気になっていた『三陸めかぶ丼』。だって、あの〝めかぶ〟を主役にした丼ですよ? そんな丼は、ここじゃないと食べられないでしょう。ウニとイクラ、それに肉厚ホタテの島々が中央にドシリと、翠色のめかぶの海に浮かんでいる。松島の島々には悪いが、私はこちらの方を日本三景に入れたい。
スプーンを丼の淵からグリンとすくい上げ、辛抱たまらず喰らい付く──ネワ”ァァァァうんめっ、なんだこりゃ!! ウニの甘み、弾けるイクラ、ホタテの濃厚極まりない旨味を、めかぶのプチリと小気味いい歯ごたえと粘りで見事に調和させている。ウマすぎて、ちょっと笑ってしまうぞ。本当にウマいと、人間は笑ってしまうのだ。
そこへ生ビールを、グーッ、グーッ、グーッ!! イヨッ、生ビールおかわり!!
はぁ……三十年ぶりに来てよかった。修学旅行で松島は来られても、こんな至福の体験することが出来ないだろう。だいぶ時間はかかってしまったが、やっと〝もったいなかった〟という気持ちが晴れた気がする。
外に目をやれば、こちらも晴れた空の下に松島の絶景がある。『おくのほそ道』の松尾芭蕉は、今のこの景色を見ても、きっと同じ句を読み上げるのだろう。
災害があり、おそらく修学旅行で見た景色とは多少変わったのだと思うが、今日ここで見た島々の景色が、今後少しも変わらず続くことを心から願っている。
……と、おセンチな台詞を言ってみる。今はバスでも船でもなく、この松島に酔っているのかもしれない。
さんとり茶屋(さんとりちゃや)
住所: | 宮城県宮城郡松島町松島字仙随24−4−1 |
---|---|
TEL: | 022-353-2622 |
営業時間: | 11:30~15:00×17:00~21:00 |
定休日: | 水曜日 |