酒が弱いのに経営!? どこまでもサービス満点な「炉ばた焼 吾作」に真の酒場魂を見た
我が故郷の秋田には『吾作ラーメン』という、秋田県民なら誰もが知っているローカルチェーンのラーメン屋がある。地元ではCMもやっており、未だに80年代に流されていたまんま『日本昔ばなし』調のアニメーションが何とも不気味で……いや、何ともエモーショナルなのだ。
私はこの吾作ラーメンが大好きで、地元に帰ったら必ず一杯は食べて帰るのだが、その昔、この吾作でちょっとだけ苦い経験をしたことがある。
私がはじめて女の子とデートしたのは、高校三年の二学期だった。晩熟で決してモテなかった訳ではなく、ただ単にそれまで恋愛に興味がなかっただけなのだ。そのころ興味があったのが、エアガンとF1とラジコンで、女の子よりそっちのが楽しかったのだ。
そんな味論少年も、そんなことばかりしているワケにもいかず、確か同窓会で意気投合した女の子と遂にデートをすることになったのだ。初めてのことだったので、事前に友達から借りた『Hot-Dog PRESS』を見て参考にしようとしたが、よくわからない。とりあえず自分の好きなところへ行こうと決め、当日の昼の12時にその吾作ラーメン前にと女の子と待ち合わせたのだ。
「あのさ……何で待ち合わせが吾作ラーメンなの……?」
「えっ、何でって……吾作、うんめねが?」
吾作の前で顔を合わせるなり、女の子は明らかな不機嫌顔で言い放った。言わずもがな〝初めてのデートのランチがなぜ吾作なのよこの童貞〟ということらしいが、当時の私にはまったく理解できなかった。「別のところにしようか?」などと気の利いた言葉など出るはずもなく、そのままカウンターに並んで座り味噌ラーメンを食べたが、その後も『もののけ姫』を観に行っても、なにかギクシャクして、なんとなく解散したのだ。私の芽生え始めていた恋愛心は、吾作ラーメンの湯気と共に儚く消えたのであった。
あの時……どこに連れて行けば、女の子は喜んでいたのだろうか。そんなことを思い出しながら、ある夜に中野を散歩していたときのこと。
えっ……『吾作』、だって!?
漢字まで一緒じゃないか……これは何かの思し召しか。黒染みのモルタル外壁、店先の自転車や植物、長暖簾を小さな電球がぼんやりと照らす。吾作ラーメンの佇まいとはだいぶ違うが、この吾作もだいぶいい。繁華街からは、かなり離れた地元の酒場。中へ入るのは結構勇気がいるが……酒場は度胸だ。
ガラガラガラ、
「あんのぉ、すいません……」
「はーい、ぃらっしゃいやせー!」
おぉっ、これはいい眺め! 恐る恐る中へ入ってみると、威勢のいい大将の声と共に、わちゃわちゃと情報量ワンサカの店内が広がった。
カウンター前には〝おばんざい〟のように、魚、肉、野菜、果物など、さまざまな食材が並んでいる。なるほど、ここは小さいながらも〝炉端焼き〟の店らしい。
「空いているとこ、どうぞ~」
感じのいい大将と女将さん。その仕事ぶりを拝見するべく、厨房目の前のカウンターへ着席。こぢんまりとしているけど、すでに居心地が好い。ではでは、お酒をちょうだい致します。
はい出たっ、ホッピーのナカの多さよ! ジョッキの七合目あたりだろうか、新中野『藤吉郎』や『なべ屋』に続き、〝南中野の酒場はホッピーの焼酎が異常に多い説〟は、またもや立証された。
ごくっ……濃いっ……うれしっ……、いやぁぁぁぁ酔っ払っちまうぜぇぇぇぇ! 思わず大将に叫んだ。
「ナカの量、めっちゃ多いですね?」
「ははは、中野区のお店の人は、焼酎の分配量が分からないからね」
はにかむ大将の顔は、半分冗談、半分本気で言っているようだ。素晴らしい南中野の文化に敬服し、そのまま料理もお願いする。
まずは『赤ウインナー炒め』から。しっかり目に焼かれた赤ウインナーたちは、テッカテカで何ともウマそうだが……おや?
一匹だけタコさんを忍ばせるのがニクイですねぇ。カリフニャの食感と安定のおいしさ、コショウがあれば、これにたっぷり振りかけて食べるのがお気に入りだ。
目の前の焼き場からたまらない炭の香りが漂ってくるので、思わず『つくね』を頼む。焼き上がりがそのまま眼前に差し出される。
タレのいい匂い! ムチンとした肉の肌触りを愉しみながら、口の中でゆっくり肉汁を滴らせる……んまい! 甘からず辛からずのタレが、見事にこの肉玉を旨玉に仕立てる。
「お兄ちゃん、らっきょう好き? ウチで漬けたの食べてみてよ」
唐突にらっきょうを勧める大将。もちろん大好物なのでいただくが、この辺りから大将が〝グイグイ〟と主張して来ることになる。ただこれが本当においしいらっきょうで、あっさりと酢漬けしたもの、甘さが強めのもの、醤油で漬け込んだものは稀にみる傑作の仕上がりだった。
なぜか、梅干しも付けてもらったが、それこそ一粒でホッピーのナカだけをジョッキ二杯はイケる気がするウマさだった。
女将さんが作ってくれた『ホルモン焼き』の柔らかきことよ! 強め焦げ目のホルモンとザク切り大振りの野菜が、アマカラタレと見事にガッチャンコ。あっという間に、平らげてしまった。
「お兄さん、ここはじめて来たでしょ?」
実は創業43年という老舗酒場。ただ最近はコロナの影響で、毎日3、4組くらいしかお客さん来ないと呆れたように言う大将。それでも、毎日店を開けるというから酒場魂を感じる。
「コロナの前なんか、お客さん入ってきても〝ウィ~〟くらいの挨拶だったよ」
「今はどうなんですか?」
「今なんて、〝ぃらっしゃいやせー!〟って全力だよね!」
今更ながら、まだまだコロナの影響はあるというからしぶといヤツだ。よし、私もしぶとく料理を頼もう。
女将さんが握ってくれた、醤油の匂いが香ばしい『焼きおにぎり』を頬張りながら、大将の昔話に耳を傾ける。大将は岡山出身で、中野が地元の女将さんは元々この店の客だったというから驚きだ。さらに面白いのが、二人とも〝酒が弱い〟だということ。
「それでよく酒場を始めましたね!」
「カミさんなんて酒を一滴飲んだだけで、すぐ近くの家にも帰れなくなるほど弱いからね」
と、店内は笑いに包まれる。酒は飲まなくとも、本当に話が大好きな大将。飼っている犬の話から始まり、TBSラジオの『ジェーン・スーと堀井美香のOVER THE SUN』というラジオをとにかく勧めてくるわ、陸上のサニブラウンの素晴らしを延々と語るわで止まらない。
「えっ、このポスターて、そんなに貴重なんですか?」
「そうそう、60万するらしいよ。ホントか分かんないけどね」
天井のアントニオ猪木対モハメド・アリの試合ポスターが60万円もするらしいが、炉ばた焼きの煙でだいぶ燻されているところをみると眉唾物だが、個人的にかなり欲しい。ポスターは貰えなかったが、なぜか〝誕生日プレゼント〟といって、大将から焼酎ボトルをプレゼントされた。ただ、私の誕生日は五月。「いいんだよ、だいたいで」と大将が言うものの、この日は11月で半年以上の大誤差があった。結局、酒を口に含んでいる時間より、大将と話をしている時間の方が長かった気がする。
「ほんとに大将、ごちそうさまでした!」
「また来てね、あとSNSで拡散してね!」
店を出る直前になっても大将は止まらず、自分が食べていたお菓子をそのまま私にくれたのだ。
酒場って……やっぱりこういうことだ。炉ばた焼きは食べなかったけれど、網焼きにされた幸せな時間は香ばしく、十分に味わうことが出来た。酔っぱらったアタマで、その酒場を今一度、目に焼き付けておこう。
吾作──そういえば、大将と女将さんが出会ったのが吾作だったんだよな……初めてデートしたあの子とも、こっちの吾作に連れて来ていたら、きっと今頃その子と結婚していたかもしれない。まぁその前に、高校生だから大将に笑いながらつまみ出されたんだろうけど。
炉ばた焼 吾作(ろばたやき ごさく)
住所: | 東京都杉並区和田1-20-3 |
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TEL: | 03-3384-5043 |
営業時間: | 17:00~00:00 |
定休日: | 日・祝 |