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【結論】新潟はふたたび訪れたくなる…そんな街の酒場はふたたび訪れたくなる/高田「一平食堂」
アイドルやゲームなんかに虜になる、なんてことはある……というか、実際に私も洗脳というべき程、虜になったことがある。それは分かるのだが、まさかね……〝街〟自体に虜になることがあるとは夢にも思っていなかった。
遡ること、いまから約半年前。はじめて新潟県に訪れたのが、その都会ぶりと大好きなレトロ建築の多さ。そしてすばらしき酒場の多さにすっかりと魅了された。やはり、米がおいしいところは相乗的にそのお供になる料理が旨くなる。料理がうまくなるということは、それに合う酒も旨くなり、イコール、良酒場が多くなるのだ。アインシュタインも驚く、完璧な方程式である。
それから三か月後には、また新潟の酒場に行きたくなるのは必然的なことで、今度は新潟市の少し手前の都市である中越地方に訪れてみることにした。上・中越地方といったら高田、長岡が有名で、長岡は花火が有名だが、かつては交通の要衝として商業都市として繁栄した街だ。そのお隣である高田は城下町として繫栄して、その風情が今なお残る歴史の街として知られる。
まずはその高田の街から〝攻めたい〟と思い、北陸新幹線に飛び乗った。
高田といったら超豪雪地方ならではの〝雁木造り〟が有名で、建物からせり出したアーケードのような通りが、縦横無尽に伸びている。そして、ここにある私の大好物であるレトロ建築が、本当に素晴らしかった!
まず訪れたのは『旧師団長官舎』。旧帝国陸軍の師団の長ともなれば、こんな豪邸に住めるのか。見た目は完全に洋館なのに、よく見ると瓦屋と鬼瓦というコントラスト美。
中は基本的に洋風なのだが、二階にはしっかりと畳の床の間があり、そこへ豪奢な西洋椅子がデデンと並んでいるのがたまらない。ああ……またしても、過去の権力者のパワーを貰った。
続いて街に戻り、雁木通りの一角にある『旧今井染物屋』で、ここも本当に素晴らしかった! その名の通り、かつては大きな染物屋だったら建物で、込み入った雁木の入り口を土間を抜けると、あらまあ、なんということでしょう。
外観からは想像もつかないほどの高い天井、店の裏口まで続く長い中道の途中には、明らかに当時であれば超高価だったであろう機織り機が鎮座している。
二階に上がることも出来て、ちょうど雁木通りの上部を覆いつくすように、広い屋根裏部屋がある。なんて貴重な体験だ……これが無料だというから感謝しかない。
「当時は、ここで酒盛りなかしたのかな……」などと、大正ロマンに思いを馳せ、いざ、上越飲みのはじまりだ。
街のシンボル高田城址から南に歩くと……おお、見えてきました、お目当ての飲みの場が。
出たっ!『一平食堂』だ。どこにでもある住宅地に、突如として泡われたトタン壁の建物。一見すると工務店風だが〝一平食堂〟と一文字ずつ立体化された電気看板がここが食堂であることを主張している。
間口の暖簾には、一平食堂ではなく〝一平ちゃん〟と記されていることを考えれば、確実にここの主は一平さんなのだと認識し、いざ、その引き戸を引いた。
「いらっしゃいませ~」
おほっ、食堂あるあるの〝緑床〟でお出ましだ。カウンターなしの、テーブルと小上がりのみの広い店内。ウッディー感強めの壁や天井と、メニューやポスターなど、いい意味でわちゃわちゃと賑わいのある内観が大衆食堂っぽい。
口あけくらいに入店したが、すでに先客がひとり。その横のテーブルに座り、まずは酒をいただきましょう。
と、思ったが……店のどこにも見当たらない酒のメニュー。まさか……稀に見る酒なし食堂、ガチ食堂か……? 酒のない食堂なんて、呑兵衛の私には何もすることがない。緊張が走る中、女将さんに口頭で訊ねてみると……
あった! ありました! ああ、麗しの茶色瓶よ、よくぞ名乗ってくれた。ひと安心でグラスに麦汁を注ぎ、一気に喉へ流し込む。
ぐぼんっ……ぐぼんっ……ぐぼんっ……、うぅぅぅぅめぇ!いっぺぇぇぇぇうめぇ! もはやこの店での任務は終わったかのような安堵感だが、やはり食堂で料理をいただかないわけにはいかない。
まずやってきたのが『焼き餃子』だ。すました顔でポンポンと五本並ぶ姿がかわいいですね。
すこし焦げ目の皮がカリッと香ばしく、それでいて中からはニンニクの強くない、おしとやかな肉汁がじゅわりと溢れる。日曜日の夕飯にお婆ちゃんがさりげなく出す、アラカルト餃子に似ている安心味だ。
「しーなちゃんは、最近休めてますか?」
「稲刈りで疲れてます、あはは」
昼時の大衆食堂にて──地元FMラジオのBGM。普段はラジオを聴くことなんてないのだが……大衆食堂で流れるラジオの心地よさといったら、たまらない。確実に日本人の……いや、カフェなど場所は変われど、全人種共通でこの心地よさは感じるのじゃないだろうか。
つづいてやってきたのは、食堂のプリンス『オムライス』だ。山崎・春のパンまつりで貰ったかのようなかわいい大皿に、ドデンと大きなオムライス。そして、よこにはミニサラダまで付いている。
私、何が感動したかって、このオムライスのケチャップのかけかたよ! お好み焼きのマヨネーズのように、横に刻まれたケチャップ線。オムライスが好きなのでよく食べるが、こんなケチャップのかけ方をするのははじめてだ。近くで見ると、なんだか『風の谷のナウシカ』の〝王蟲〟にも見えないことはないが、そこへスプーンをひと挿し。そのまま口へ「焼き払え!」
う・ま・い! これこれ、私の大好きなタイプのチキンライス。甘酸っぱくて、それでいて鶏の旨味が沁みたライス。鶏肉と玉ねぎ、さらにうれしのが刻んだナルトが入っているところ。ちょっぴり中華風の洋食って、すごく日本人の舌に合うんですよね。
「じゃあ、Aセットで」
「こっちも、Aセットね」
気が付けば、ほとんどの席が客で埋まってる。たまたまかもしれないが、やってくる客のほとんどが〝Aセット〟を頼んでいる。ちょうど、お爺ちゃん?とだろうか、小さいお孫ちゃんらしき二人が店に入ってきて、やはりAセットを頼んでいた。しばらくしてそのセットがやって来ると、ラーメンとカツ丼、サラダとおしんこだった。
お爺ちゃんはお孫ちゃんに割り箸の割り方を教えながら、ひとつのラーメンを食べさせてあげている。それを一生懸命すするお孫ちゃん。なんて、健全で、微笑ましい光景なのだろう。
……ハッ!と我に返り、辺りを見回せば酒を飲んでるのは私だけ。ちょっと恥ずかしくなって、瓶ビールをテーブルの端に隠した。それを皮切りにドッと混んできて、ついには相席に。私はオジサンと相席になり、そろそろ健全な食堂利用者へとバトンタッチの時間だ。
相席のオジサンは、さっそくAセットのラーメンをすすりながら、新聞を読んでいる。その横で、私は酒を飲みながらオムライスを掻っ込み酒をあおる……このフォーメンション。このマッタリ時間のまま、東京へ帰ろうか……いや、もっとこの街の奥深くに触れてみたい。
今度はラジオの〝しーなちゃん〟と、ここでオムライスをいただこうと誓い、待ち焦がれた新潟の飲みの場を後にするのだ。
一平食堂(いっぺいしょくどう)
住所: | 新潟県上越市南本町2-10-16 |
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TEL: | 025-523-6261 |
営業時間: | 月・火・水・金・土・日 11:00 - 14:00 17:00 - 20:00 L.O. 19:45 |
定休日: | 木 |