
神様よりも酒様…?出雲大社のち、松江の酒場で拝み酒/「季節料理 やまいち」
そうだ、鳥取島根に行こう!……だなんて、若いころには微塵も思わなかった。鳥取っていうと……砂丘? 島根は……あっ、なんか有名な神社があったような。その程度のイメージしかない私が、何を思い立って島根の『出雲縁結び空港』に降り立ったかといえば、答えはひとつ──酒場でしかない。
だいぶ前から「ああ、ここ行ってみてえ……」と恋焦がれる酒場が多くて、ついに行動へ。酒場以外にもここへ行こう、あそこにも行ってみようと期待を胸に、まずは空港からリムジンバスに飛び乗る。
46歳独身。リムジンバスに乗ることに、こんなにドキドキするのははじめてだ。というのも、これから向かう場所は酒場でもなく『出雲大社』一択。そう、出会いの神様の本拠地だ。
なんなら、リムジンバスの隣の席に早くも結婚相手が座っているのじゃないかと目を爛々としていたが、そこには20代の好青年。さすがに早まり過ぎかと、45分の道中を進む。
ついに目の間に出雲大社の鳥居。うわぁ……何たる総合感! さすがは全国の神様が集まる場所というだけあって、迫力が違う。
出雲大社といったら、国内最大級の大しめ縄が有名だが、それよりも本殿の〝裏側〟に魅せられた。
なんというか、独特な存在感を放つ社の背面は、日本特有の美学すら感じる。そう、スーツは裏地にこだわるという、あの感じ。色々な意味で、ここが日本の中枢なのじゃないかと思いましたね。
出雲大社から歩いて20分ほどのところに『稲佐の浜』がある。砂浜の一角にポツリとある岩山『沖の御前神社遷宮』は補強工事中。
けれども、滲み出る有難いパワーを感じつつ、そういえばここでウサギが皮を剝がされたなんていう、ちょっと残酷な物語の絵本を子供の頃に読んだ記憶が蘇る。
蘇りついでに、そろそろ酒が飲みたいなという本能も蘇る。早々に手を合わせて、いざ、島根の首都である松江へ向かった。
ホテルにチェックインをして、宵闇の松江市街地を歩いて数分……表れましたね。
出たっ、『やまいち』だ! 元々は近くの『大橋川』沿いにあったらしく、道の拡張工事でそこから少し離れたこの地に移転し来たらしい。現代風のキレイな外観だが、暖簾なんかを見ればその歴史と風格を感じずにはいられない。
「拡張工事をきっかけに……」とよくぞ廃業を選ばず継続してくれましたと、敬意を持って暖簾をくぐる。
「いらっしゃませ!」
あら、あらあら……なんて素敵な内観! 店の半分はカウンターで奥までずらりと伸び、イスはベルベット調の紅い座面。もう半分は小上がりで、その床はイスと同じく赤い。
ああ……移転前と、出来る限りその状態を遺しているのだろうなというのが完全に伝わってくる。いいですねえ、非常にうれしくなりますねえ。持っていたカバンを女将さんに預ける。カウンターの真ん中あたり、ベルベットの赤座面に座り、いざ、酒をいただこう。
「すいません、瓶ビールをください」
「おかーちゃーん、瓶ビール!」
確実に名物であろうひとりの女将さんが、もう一人の女将さん(おかあちゃん)に大声で注文を通す。さらに心をときめかせたのは、その声が私の大好きな『かたせ梨乃』の声に似ていたこと。何とかして、もっと声を出させたいところ。
「はい、瓶ビールね」
女将さん……いや、梨乃女将がエビスビールを持ってきてくれた。今夜はちょっと、豪勢に。
ごくんっ……ごうせいんっ……ごくん……、くっ、くっ、くっ、うんめえなああああっ! エビスってやっぱり麦味が濃くておいしい。梨乃女将、私の喉はこれで往生したでぇ。
お料理、いただきましょうか。まずは『刺身盛り合わせ』から。カンパチ、イカ、アジ、ヒラメ──ただただ、新鮮というだけでは語り尽くせるのか不安だ。
カンパチは脂が乗っていて、口に入れた瞬間、ネッチリと舌に絡みつく。イカは透き通るような白さで、歯を入れるとコリッとした食感のあとに、じんわりと甘みが広がる。アジは身がコリシコと締まっていて、噛むほどに旨味が滲み出る。ヒラメは淡白ながら、舌の上でふわりとほどける繊細さ。海鮮を味わっているのではない、私が海に溶け込んでいるのようだ。
「仕事で遊びで来なすった?」
〝来なすった〟なんて、時代劇のサブちゃんだけが言うのだと思っていた。梨乃女将が軽妙なトークで「赤貝、いる?」とアテをすすめてくださる。
出てきたのはこの地域で赤貝と呼ばれる〝サルボウ貝〟。見た目は小ぶりで、色も地味目。でも、口に入れた瞬間、驚いた。
プッツリとした食感のあとに、濃厚な貝の旨味が押し寄せる。知ってる赤貝じゃないけど、今後赤貝といったらこっちを思い浮かべるかもしれない。
「おでん美味し〝そう〟」と隣のカップルが、カウンター目の前にあるおでん槽を見ながら歓喜する。それを聞いた梨乃女将は、「美味し〝そう〟じゃなく、美味しいいのよ!」と一喝。店内が和やかな笑いに包まれる。
真横でそんなやり取りを見ていて、『おでん』を頼まない手はない。こちらもおすすめを盛り合わせてもらったのだが……
なんという、美しさ! 澄んだ出汁に浮かぶ具材たちは神々しく、図らずも昼間に行った出雲大社と同じく手を合わせた。
牛スジは、箸を入れるとほろりと崩れ、口に入れればズルッとトロ豆腐は、ちゅるるんと喉を滑り落ちる。まるで絹のような舌触り。大根は芯までしっかりと味が染みていて、噛むたびにじゅわっと出汁が溢れる。
セリはちゃくしゃくとした歯ごたえが心地よく、香りが鼻に抜ける。巾着を開けてびっくり。人参、鶏肉、キノコ、糸こんにゃくがぎっしり詰まっていて、まるで小さな鍋を食べているような満足感。ひと口ごとに、異なる味と食感が現れて、まるで〝おでん島〟の宝探しをしているようだ。
女将さんたちの方言は不思議で、関西弁とも福岡弁とも言いづらく、わずかに東北弁のニュアンスも感じる。
「オシリが邪魔だがね」
「キーッ!!」
梨乃女将が、もうひとりの女将さんの目の前を通るたびに皮肉を言われる。二人のやり取りが、なんとも面白い。この会話とおでんと、いつまでも見ていられるが、そろそろお暇しよう。
「ごちそうさまでした」
「あ、カバン忘れないでね~」
「忘れるわけないがな、大事なもん入ってて」
ふふふ、店を出る最後まで愉しませていただきました。
大事なものは、既にカバンへ……いや、心へ仕舞ったような気分、だがね。
季節料理 やまいち(きせつりょうり やまいち)
住所: | 島根県松江市東本町4-71 |
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TEL: | 0852-23-0223 |