酒場ナビスペシャル『酒場人観察記』/イカ(お笑い芸人)

 

あれは今から約15年前――。

 

秋田県から上京してまだ年月も浅い頃、アルバイトの仕事を探しに新宿を歩いていると、ある漫画喫茶の入り口に”スタッフ募集”の張り紙を見つけた。

ほどなくしてそこにアルバイトは決まり、数日間の仕事をして初めての休日を家で過ごしていた時のこと、ふいに『J-PHONE』が鳴った。

 

(あんれぇ?バイト先からだべ)

 

着信表示はアルバイト先の漫画喫茶だった。

 

(なんだべな……?新米のオラなんかに電話してくっぺがな?)

 

と、思いつつ電話に出た。

 

「もすも~す?」

「あ!サイトウ君!?(私の本名) ワテ、一緒のバイトのイカダツ(イカの本名)っちゅーモンやねん!」

「え、あ、どんも、はんじめますてぇ」

 

当時まだ同じアルバイト先で、既にイカが働いていたことなど知らなかった私は、あまりに急な電話だった為しばらくこの電話の状況を掴むことができなかった。

 

「相談なんやがサイトウ君、君のシフト見たら毎週火曜日休みになってたんやけど、ワテも毎週火曜日休みにしたいねん」

「は、はあ……」

「すんまへんけどワテの金曜日休みと全部取り替えてくれへん!? な!な!」

「ああ、はい、いいですけんども……」

「ほんまに!?おおきにー!(ガチャ ツーツー)

 

これがイカとの初めての出会い?であった。

当時、まだまだ秋田の田舎者が抜けていない私は、殆ど聞いたことがなかったこの”きっつい関西弁”に若干の恐怖を感じたものだ。
なんにせよ、今後この男の”土足で踏み込んでくる感”に慣れるのも、相当年数がかかったことは言うまでもない。

 

 

 

・・・

 

 

時は流れ、つい先日のこと――。

 

私のスマホに、イカからのLINEが届いた。

 

“今から飲むで。下高井戸に来いや”

 

 

 

 

 

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酒場ナビスペシャル『酒場人観察記』

 

酒場人――。

 

それは酒場を愛し、酒場に生きる人々――。

 

これは、そんな酒場人が酒場ではどんな発言や行動をするのかを観察したドキュメンタリーである。

 

今回は酒場ナビメンバーのイカを観察する。

 

 

 

・・・

 

 

 

30分後、私は『下高井戸駅』に降りていた。

 

出会いから約15年間、イカの唐突な申し入れは、まったく……、そう、まったく変わらない。
それに加えて”末っ子”である彼は、その”末っ子特権”をフルに活用する術を持ち合わせており、長男である私はそれにまた翻弄されるのだ。

 

待ち合わせの『さか本そば店』に入り、暫くすると前述の末っ子が登場した。

 

 

 

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イカ 42歳。職業、お笑い芸人。
NSC大阪校13期生である彼の同期には、『超』が付くほど”売れている”芸人も多い。
そんな誰もが”ただの芸人”だとしか思っていなかった彼には、実は誰よりも”熟れている”知識があるということを知ったのはつい最近のこと。

 

そう、

彼は『M-1』では負けても、酒場に関しては『S-1(サカバ・ワン)』で優勝できる程の膨大な知識を持っている人物なのだ――。

 

 

 

 

 

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『さか本そば店』

 

初めて訪れたこの店でまず驚いたのが”広さ”だった。

世田谷区の割と都心に近いこんな場所に、とんでもない広さの店内。

 

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今回の酒場人・イカに私は尋ねた。

 

「ここ初めてきたけど、スゲー大箱じゃん!」

「ワテが前に来たとき、奥の座敷席で誰か寝とったで」

「まさか」

 

いくら広くて居心地がいいからって、食堂で寝ている人なんて……、

 

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いるっ!!

独身男のワンルームみたいになってるっ!!

 

「……本気で寝てるじゃん」

「せやねん。朝からやってるから、オレもここで酔っ払ってそのまま寝てみたろ思ってん」

それ、自分の家じゃ駄目なのか……?

 

 

 

 

 

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まずは瓶ビールで”喉を掃除“して、大量に並ぶメニュー札を見る。

 

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「あ、ここ食堂っぽいけど一応そば屋なんだ」

「せやねん、信濃路みたいやろ」

「じゃあ、せっかくだからそば頼んでみる…、」

「アカンッ!!」

 

どうやらイカにはこの店を指定した理由があるらしい。
イカが店員に叫ぶ。

 

「ハムエッグ単品でくんなはれ!」

 

イカは最近、『ハムエッグ選手権』なるものをはじめたらしく、どうやらここに来た理由もハムエッグの写真が撮りたかったからのようだ。

 

「そういや、なんで『ハムエッグ』の選手権なの?」

「カワイイからに決まってるやろがい!」

「……へぇ 」

 

因みにイカは「タコさんウインナー八十八ヶ所巡礼』という酒場でタコさんウインナーを食べるという企画も発案したのだが、理由はもちろん”カワイイから”なのだそうだ。

 

 

 

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『ハムエッグ(単品)』

 

「出たっ!」

「ほー、でっかいね」

「ちょっと待ちや!……ハムが無いんちゃう!?」

 

ハムエッグの撮影目当てで来たイカが、少し興奮気味にハムの所在を確認する。

 

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「よかった!ハムあるがな!」

一応、ハムは二枚あったようだ。

 

 

 

「おい味論、酒場のハムエッグの黄身っちゅーんは二種類あるんやで」

「どんな?」

「”硬い”のと”半熟”に決まってるやろがい!」

「あー、そうね、イカさんはどっち派?」

「なっ…、どっちかやてー!?」

「俺は”硬い”黄身派だな」

「うーむ、硬いのもええが、半熟をライスに乗せてビールで流すのもええなあ……しかし…、」

 

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独り言でも言ってるのか、と思うほどブツブツと悩んでいたが、結果的に”黄身”があればいいらしい。

 

 

 

 

 

「食堂ゆーたらワテはこれも大好きなんや!」

 

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そう言うとイカは流行の”ドヤ顔”で、テーブルにあった『ふりかけ』を取った。

 

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そして、手の平に『ふりかけ』を数回振り――、

 

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一旦酒を飲み、『ふりかけ』をじっくりと眺め――、

 

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0.5秒で手の平から『ふりかけ』を吸い込み――、

 

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さらにそこへ酒を流し込んだ。

 

「うまいっ!!やっぱこれやな!!」

 

ただの貧乏人じゃねーか。

 

周知の通り、イカは声が大きく、他にいる数名の客は何事かと私たちの方を見る。

 

「お前もやってみい、うまいでぇ!!」

 

私はそれを”乞○”でも見るかのような目で、酒をひとくちゴクリと飲んだのだ。

 

 

 

 

 

「せっかくやし、この店のオリジナルの料理頼もか~」

 

メニュー札を見ていると、見るからに当店オリジナルメニューと言わんばかりの『さか本鍋』というものがあった。
私たちは楽しみを作るために、あえて内容を聞かずにそれを注文した。

 

 

 

 

 

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『さか本鍋』

 

「おお!なんやろ、一体なんの鍋なんやろ!?」

 

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ゆっくりと鍋の蓋を開けたイカは、目をキラキラさせ興奮しながら立ち上がった。

それを見た私はアニメ『となりのトトロ』のメイがサツキの作った弁当に興奮して立ち上がり、お父さんに「座って食べなさい」と怒られたシーンをふと思い出した。

 

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んまいっ!!

 

一瞬、ただの『鍋焼きうどん』の様にも見えたが、さすがそば屋というだけあり”出汁”はしっかりと”お蕎麦屋さん”のそれであった。
鍋の旨さに特に気を良くしたイカは、思わずこんなことをつぶやいた。

 

“やっぱ酒場ってええなぁ”

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

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以前、イカの実家がある兵庫県の西宮市へ行った時のこと。

彼の両親に会い、居間でみんなと談笑している時、私はある『疑問』が浮かんだ。

 

“心配はないのだろうか……?”

 

40歳を越え、独身のまま大衆酒場めぐりばかりしている息子をみて、普通は心配するのが親の常であろう。

しかし、彼の両親はその事に触れることは、ただの一度もなかったのだ。

 

 

 

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イカが席を外している間に、私は彼のお父さんに『酒場ナビ』の名刺を渡し、「息子さんは今こんなことをやってるんですよ。割と人気あるんです」と言うと笑顔で「そうでっかぁ」と名刺を見ながら頷き、自分の部屋に行き嬉しそうに『酒場ナビ』のサイトを見ていたのを今でも覚えている……。

 

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――イカ。

 

兵庫県からお笑い芸人でビッグになる夢を追った『青春時代』。

 

そこから二十数年。

 

両親に支えられつつ、気づけば大衆酒場に魅せられ、それを追い続ける『今』がこの男にはあった。

 

 

 

今日も明日も、これからも、

そこに暖簾がある限り、彼はそれを押し続けるに違いない――。

 

 

 

 

 

酒場ナビスペシャル『酒場人観察記』 (終)

 

 

 

さか本そば店(さかもとそばてん)

ジャンル: そば、うどん、定食・食堂
最寄り駅: 下高井戸駅から112m
住所: 東京都世田谷区赤堤4-45-16
TEL: 03-3321-1098
営業時間: [平日]10:30~21:00 [土・日・祝]10:30~21:00
定休日: 木曜

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投稿者プロフィール
2016-11-30-11-56-03
【出身地】
秋田県秋田市
【オススメの酒場】
信濃路(鴬谷)
【お気に入りの酒】
焼酎紅茶割り
【個人SNS】
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