平野「綿安酒店」角打ちにまだ行ったことのない方は読まないでください
この記事のタイトルにあるように、この記事を開いた読者諸氏はもちろん『角打ち』の経験者であり、『角打ち』が大好きなのであろう。
しかしながら、そんな角打ちで出される《料理》にどれだけのクオリティを求めているだろう。
駄菓子に缶詰、魚肉ソーセージとスルメなんてものがあればだいたいは事足りるのが殆どではないだろうか。
実際、私もあの角打ちの独特な雰囲気が好きで、川崎の『三島商店』、盛岡にあった酒屋丸ごとが〝歴史的文化財〟のような『細重酒店』などは特に思い出深かったが、飽くまで角打ちの〝雰囲気〟が重要なわけであり、料理のラインナップなどそこまで気にしない。
兄弟分の『立ち飲み』ともなれば、いかに〝安く飲める〟ことこそが絶対正義であり、世にある殆どの立ち飲み屋がそのベクトルであるに違いない。
だが……
そんな『角打ち料理』への考え方を、まるっきり変えさせられた角打ちがあったのだ。
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以前、酒場ナビメンバーのイカと2人で、大阪は平野にある『いぬい』という串カツ屋に行ったのだが、隣に居たカップルで『桐谷健太』似の彼氏さんが教えてくれたおすすめの店が角打ちであった。
『いぬい』を後にした私たちは、さっそく教えられたその店へと行ってみたのだ。
『綿安酒店』
渋いといえば渋い店構えではあるが、正直、角打ちの外観などどこでも似たようなもの……と、いうより日本全国どこにでもある〝酒屋さん〟であるのだが……
まあ結果的に言うと、ここの店のおかげで『角打ち料理』への考えが変わったのだ。
暖簾はないので《ココロ暖簾引き》をして中へと入る。
「だはは、せやねん!」
「ほんまかいな! おもろいやーん!」
店前の通りは閑静な住宅街であったが、店の中では数名の先輩方が既に酒と会話を嗜み食らっていた。
中々の〝アウェイ感〟。
まぁご存知の通り、角打ちとは〝地域密着〟が当たり前なのでしかたがないことなのだ。
私たちは遠慮して、あまり目立たぬようにカウンターの端にある席へと座った。
(店ん中、めっちゃ渋ない?)
(……ほんとだよな、年季ハンパない)
そう言うイカの顔色は、目の前に突き立てられた黒光りする小柱と同じ時間を刻んできたかのように、あたかも〝色黒兄弟〟のように、早くもこの渋い店内に溶け込んでいた。
それに加え、
〝元の色〟などまるで想像がつかない使い込まれたカウンター。
私だけであろうか、〝良いカウンター〟に出会うと、そこへポンと日本酒を置いて飲みたくなるのだ。
飲みたくなったら即実飲が酒場ナビ、だ。
「すみません、越の寒中梅ください」
「ちょっと待っててやー」
一瞬、目を疑うほどプロレスラーの『坂口征二』に似ている店主が、のっそりと奥の酒棚へと手を伸ばし、グリーンの一升瓶を取り出す。
片手で一升瓶、もう片手でコップを握り、私たちの目の間にコンッとコップを置くと、それに片手でドボドボと酒を満たしていく。
「はいよ」
何度も言うが、これだけ良いカウンターだと、酒を置いているだけでも〝映える〟ではないか。そのうち、『インスタ映え』ならぬ『カンウタ映え』という言葉も流行る時代も来るであろう。
『越の寒中梅』
ご存知『越乃寒梅』……ではなく、『越の寒中梅』である。
そんな『カンウタ映え』酒であるこの日本酒は、実は私も自宅で愛飲しており、その味たるや……
うーむ、
今一度、この記事を書きながら〝確飲〟してみよう──
その味たるや〝フルーティ〟さが7割と〝渋み〟が3割くらいだろうか、この絶妙なバランスとウマさは、自宅で他に数十本の日本酒を所有している中ではトップクラスだ。
甘すぎない、渋すぎない、飲みやす過ぎない、高額すぎない……飲む度に「たっはー!!」と言える数少ない日本酒のひとつである。
──さて、店へ戻ってもう一口ごくり。
ンまいッ!!
「来たでー」
「なんやオバハン、来たんかい」
イカと一緒に『越の寒中梅』を飲んですぐ、店内は〝色のある〟雰囲気に包まれた。
赤いジャンパーと白のスウェットを着た2人のマダムが入ってきたのである。
「クリスマスプレゼント買てきたでー」
「早すぎるやろっ!!」
「そんなんええから、俺の隣で飲みーや」
ここへ訪れたのは11月下旬。確かに早すぎるマダムたちの本気なのかボケなのか分からない発言に、男性先輩たち我先にとツッコミという名の〝求愛行動〟を始める。
(……いよいよ、アウェイだな)
席は地元先輩同士で埋まった。
私とイカは首肯して、軽くアテだけ食べてから早々に引き上げる計画をしたのだ。
〝角打ちだし、どれでもいいだろう〟
「おっちゃん、えーと……牡蠣酢ちょうだい」
「はいよ」
早速、坂口征二にアトミックドロップ……いや、『牡蠣酢』を注文した。理由は、単に壁のメニュー札に書いていたからだ。
そして暫くすると、奥の住居空間らしき場所から女将さんが注文料理を持って登場し、
「いらっしゃい、今夜は冷えるなぁ」
などと周りに愛想を言いつつ、料理を私たちに渡した。
『牡蠣酢』
……うん?
あれ……
これ、
すっげぇうまいぞ……!?
センスのいい器に、大根おろし、九条ネギに紅葉おろしが盛られた上品な牡蠣酢。まず口に入れると甘味が走り、 続けていやらしくない酢の酸味が口腔に浸透する。シャシャリリと大根おろしとネギの歯触りが、ブリュンヒルデと鳴る身の弾力と相まって、絶妙の食感を形成する。最後は喉に残る紅葉おろしの妙辛が、舌と脳を結ぶ神経間で〝今、うまい牡蠣を食べた〟とシナプスが強烈に伝導して記憶へと焼き付けてくれる。
「なんやこれ!? めっちゃうまいやん!!」
「ほんっとにンまいんだけど、ナニコレ⁉」
言い過ぎかもしれないが、今まで食べてきた牡蠣酢の中では一番うまかったように思えた。
しかし、
〝たまたまいい材料が入っただけ〟
〝角打ちでそんなうまい料理などあるわけない〟
にわかに、私とイカの頭の中でそんな思いが巡っていたのは確かであるが……
その答え合わせをするかのように、私たちはすぐさま次の料理を注文していた。
『レバ焼き』
う、
う、
──いやいや、待ってくれ。
〝角打ちで〟
〝レバを焼いたやつ〟
そんなの、たかが知れている。
食えなくはなくとも、〝うまい〟などと言えるはずがない。
それなのに、
う、
うま────────いッ!!
のである……!!
〝さくッ〟と、前歯から音が鳴るような新鮮な歯ごたえの衝撃から始まる。じょわっとウルトラマンの掛け声のような音とともに甘辛い醤油の旨味がビタビタに舌と絡むと、ため息さえつくレバの滋味を感じることができるのだ。
〝焼いたレバの独特な臭みと食感ってキライ〟……だって? よし、じゃあわかった。これはもう〝レバ〟でなくていい、ただの〝めちゃめちゃウマい肉のステーキ〟ということで貴方は注文したらいいのだ。
それでまったく問題ない。
とにかく、私たち2人は奪い合うようにこの『ステーキ』と『牡蠣酢』を貪ったのだ。
不思議なことに、
おそらく女将さんが店の奥で調理しているのだろうが、特別に〝家庭的なおいしさ〟という訳でもない。
単純に、名店の出す料理とまったく変わらない、ただただ思い出ならぬ〝思い舌〟に残る『最高の料理」であったのだ。
「アンタ、顔大きいから丁度ええやん」
「せやな」
「おおきなお世話や!」
〝わっはっは〟
夢中で食べていると、先輩たちの笑い声で我に返った。
我々にとってこんな特殊な角打ちを、当たり前に過ごせる先輩たちを恨めしく見ながら、私たち2人は店を出ると同時に、
こう言った。
「角打ちって、」
「スゲ────!ッ!」
記事のタイトル通りである。
『角打ち』に行ったことのない方は、ここへは最初に行かない方がいい。その後の『角打ち人生』が物足りなくなるからだ。
逆に、
『角打ち』の料理に〝偏見〟のある方は、〝必ず〟訪れていただきたい。
綿安酒店(わたやすさけてん)
住所: | 大阪府大阪市平野区平野本町5-12-4 |
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TEL: | 06-6791-3130 |
営業時間: | 17:00〜21:30 |
定休日: | - |