堺東「西口酒店」ワンちゃんと美人、あとはワインがあればいい
今でこそ、大阪といえば『西成』がすぐに頭に浮かぶ……いや、浮かぶようになってしまったのだが、少し前までは『堺』という地名が根強くあった。
よく分からないのだが、おそらく私が子供の頃から愛読しているグルメ漫画『ミスター味っ子』に登場する〝堺一馬〟という関西人キャラのイメージからなのだと思う。
「勝負や、ヨーイチ!」
そんな天才少年料理人を彷彿させる街へ、酒場ナビメンバーのイカとはじめて訪れてみたのだ。
『堺東駅』
堺にはもう一つ思い入れがある。何年か前の大阪西成のある酒場へ訪れた際、ボロボロの格好をした客と歯の無い店主の2人が、店内のテレビのニュースを観ながら「殺人やって!? どこでやねん……あぁ、堺か。やっぱり堺は治安が悪るわ!」「せやなぁ」と嘆息していた。一瞬〝どの口が言っているんだ?〟と口から出かけたもののグッと堪えたことを思い出しつつ、駅から歩くこと数分、目的の酒場が現れた。
『西口酒店』
〝〇〇酒店〟という名前から勝手なイメージで、もう少し渋い外観かなと思っていたのだが、割と……いや、かなりキレイな外観であった。
「うーん、ちょっと……キレイ過ぎるか?」
「せやなぁ、どうするか」
〝キレイな外観で何が悪い〟というのが世間一般の常識だが、私たちは酒場ナビメンバーである以上、美しすぎる外観とウォシュレットがあるような酒場は可能な限り避けねばならない、という十字架を背負って酒を飲んでいるのだ。
とは言いつつも、せっかくここまで来たのだから少し中を覗いてみる。
「やっぱり、中もだいぶキレイだな……ん!?」
外観よりさらにキレイかつ、オシャレな内観にいよいよ躊躇っていると、店の奥からなにやらモコモコの小さな毛の塊がこちらへと向かってきたのだ。
カッチャカッチャカッチャ……
「あんらぁ~!! ワンちゃん♪」
『猫酒場』は結構あるが、『犬酒場』とはめずらしい。犬好きの私たちは〝看板犬〟のお出迎えで、気がつけば店の中へと導かれていた。
「いらっしゃいませ~、その子『コハル』いうんですよ」
「そうなんですか! かわいいですね……んん!?」
店の奥から女性の店員さんが出て来ると、尻尾を振るコハルちゃんをひょいと抱きかかえて名前を教えてくれたのだが……そんなことより、この店員さんが超美人!! 写真家『ヨシダナギ』似のボブが似合う端整な顔立ち、セーターのシルエットから溢れる何ともいえない妖艶さ──私とイカは、ハッハッとコハルちゃん以上に前後の尻尾を振った。
お顔が見たい、というスケベな読者の声が上がりそうだが、ここはあえて直接店へ出向いて堪能していただきたい。
美人がいるとなれば店がキレイだろうが汚かろうが関係ない。さっそく、美人相手に酒を注文しようとしたのだが、奥のテーブルにいた男性客グループの先客に呼ばれると、あっさりと美人は行ってしまった。カウンターには、中年男と犬の3匹が残された。呆然と立ち尽くしていると、店の奥から今度はマスターがやってきた。おそらく、美人のお父様あろうか。
「何飲みますか?」
「えーと、ちょっとお待ちください、お義父さん」
温厚そうなお義父さん……いや、マスター。何を飲もうかと、改めて周りをみてみるとワインを推していることに気づいた。ワイン……なんて、殆ど飲むことなどないが、《酒場に入れば酒場に従え》である。どうやらマスターは、ワインに詳しいようなのでおすすめをお願いするのだが……
「赤でええですか?」
「は、はぁ……赤でええです」
「ベリンガムという赤ワインですわ」
「は、はぁ……ガム、ですか」
ワインにまったく無頓着な私とイカは、マスターの言うことをただただ繰り返すのみ。私は年に数回はワインを飲むが、イカがワインを飲むなど聞いたことがない。下手するとファンタグレープとも区別がつかないんじゃないだろうか。
ポンッと、マスターは慣れた手つきでコルク栓を開け、最初の一杯分くらいを空きグラスに注いでいたが、なぜそうするのかは分からない。そして『ワインシャワー』なる器具を取り出すと、ワインがそれを通りグラスの中へピューっと放射状に注がれていく。ワインを嗜む方からすればあたりまえの行程なのだろうが、なんだか〝冗談みたいな器具〟だなと、それをジッと見つめる酎ハイ馬鹿の2人。
おそらく、イカとは最初で最後であろう赤ワインでの《酒ゴング》。ここは男爵風にグラスを鳴らそうやないか~~い。
「……うまいっ!! 赤玉ワインみたいや!!」
おそらく、朝ドラの『マッサン』あたりで仕入れた精一杯の知識を、それこそブドウの様に搾り出すイカ。なんだか横で一緒に飲んでいるのが恥ずかしくなってきたので、料理を注文することにした。
『肉豆腐』
「ワインには肉料理!」と注文した一品。『ステーキ』という高尚な発想がない私たちにとって、これがベスト肉料理だ。普通の豆腐ではなく厚揚げ豆腐を使い、甘くてよく染みたバラ肉に九条ネギを載せるところがまたニクい。同じ発酵食品だけあって、豆腐とワインの相性もピタリだ。
『クジラの刺身』
これも、私たちなりのワインに合わせた一品。滴るように赤いクジラ肉は新鮮極まりなく、赤ワインの味とよく馴染む。白人さん達は紀元前からこんな感じで肉を喰らい、ワインを飲んでいるのかと思うと、少し羨ましい。
しかしこうしてワインを嗜んでいると、興味が沸いてこないでもない。ありがたいことにマスターはワインビギナーの私たちに、ワインの事を丁寧に教えてくれる。不思議なことに、ワインというものに興味を持ち始めるにつれ、なんだか『貴族的』な気分になってくるのだ。
「黒ブドウから赤ワイン、マスカットから白ワインが出来るんやって~♪」
「クンッ!!」
「勉強なるよなぁ、コハル~?」
「ブルッ!!」
コハルちゃんが人間の言葉を解るのか、イカが犬の言葉を解るのか……子供でも知っているワインの常識を、コハルちゃんへ口幅ったく語るイカ。なんだか、今度はイカが『庶民的』にみえてくる気分だ。
「ウーッ、ワンワンッ!!」
店の前を散歩中の柴犬が通ると、ガラスドアごしにコハルちゃんが吠え出した。それをよそに、マスターはさらに〝私へ〟色々と教えて下さる。その話の中でも〝黒ブドウから白ワインが作れる〟というのには驚いた。ブドウの絞り方に秘密があるようだが、まだまだ酒の知らないことが多いなと、感心す……
「ワンワンッ、ワンワンッ!!」
「ワォーン!! ハッハッ!!」
(略: 落着きコハル!! 外のお前もあっち行けや!!)
たまらず、イカがコハルちゃんと柴犬との仲裁に入った。私は、マスターとの会話を続ける。
「……マスター、あの、このワインは──」
「ウ──、ワンッ!!」
「ワンワンッ、ワンワンッ!!」
「クーン、クーン」
(略: クーン、クーン)
「……マスター、しかしこの赤ワインはおいしいですね」
私はそう言って、3匹のそれを見ながら、
〝東京へ帰ったらワインの勉強をしよう……ひとりで〟
と決意し、ワインを出来る限り上品に飲んだ。
西口酒店(にしぐちさけてん)
住所: | 大阪府堺市堺区南花田口町1-2-13 |
---|---|
TEL: | 072-233-0445 |
営業時間: | 16:00~21:00 |
定休日: | 日・祝 |