
理由はあとからでいい──目黒『居酒屋 友』で見つけた、正当な一杯の物語
酒飲みとは、毎晩の一杯に〝正当な理由〟を添えて、自分自身を納得させる生き物である。
「適量なら毎日飲む方が身体にいい」
「ストレスを抱え込むくらいなら、酔っ払って発散した方が健全」
「寝酒をしないと寝つきが悪いんだよ」
そんな言葉を並べてみても、どこかで「こんなのも〝正当に〟飲むために考えた〝でっち上げ〟じゃないか」と思ったり、思わなかったり。でも、それでもいい。理由なんて、後からついてくるものだ。酒が美味ければ、それでいい。
あなたも、そうでしょう?
目黒の『雅叙園』でやっていた〝百段階段〟のイベントへやってきた。百段階段とは、目黒駅西口から雅叙園まで続く〝行人坂〟という、急こう配に沿った造られた有形文化財だ。
その名の通り、急こう配に100段の階段があり、その要所要所に豪奢な部屋があり、全国的に見てもこんな変わった造りの建物は他にないと思う。
今回のイベントのテーマは〝鬼〟らしく、昭和初期に造られた内観と絶妙な組み合わせ。子供が喜びそうな可愛らしい鬼から、大人でもちょっと不気味に感じるものまで、レトロ好きの私からみても、かなりおすすめだ。
残念ながらイベントはもう間もなく終了するが、その刹那な感じもまたいいのかもしれない。
そんな今宵の刹那な飲みの場は、そのまま目黒にしよう。やってきたのは駅からもほど近い〝追分〟の地にあるこちらの酒場。
そう、〝クリーニング スワローチェーン〟……ではなく、その二階にある『居酒屋 友』だ。お洒落な目黒の一等地にありながら、昭和の雰囲気をビンビンに醸し出している。かねてより気になっていた酒場に、やっと来れた。入り口はと……むむっ、裏のようだ。
おおっ、これは中々入りづらいぞ。ぱっと見は普通の雑居ビルの入り口でしかなく、看板がなければここが酒場であることはまず分からないだろう。
階段を上がったその先には……
ひゃあっ、いい感じですね! 外観の予想通りに細長い店内は、カウンター数席と奥に小上がりが四つ程度の小さな内観。ただ、とてもきれいで寿司割烹的な雰囲気も感じる。都会的な雰囲気のマスターと女将さんがシッポリと営っているこの雰囲気──これはきっとアタリ酒場だと予感しながら、奥の小上がりに酒座をとる。
さて、一階はクリーニング店ということなので、こちらも喉をクリーニングしたいが……おっコレがいい!
目黒の地ビール『マイスターブロイ』から。この店の雰囲気らしからぬとは思ったが、よく考えればここは目黒だった。相応しくないのは私である。数種類あるうちの〝アンバーラガー〟をチョイス。
ごぐんっ……ぶろいっ……ごぐんっ……、これはウマイスタァァァァ! 琥珀色の液体に、ほんのりとした甘みと深いコク。じっくり味わいたい、夜の相棒。グラスを傾けるたびに、今日という一日が少しずつほどけていくようだ、とお洒落なことを言ってみよう。
驚いたのがこちらの『お通し』である。普段は〝取って付けた〟だけのお通しは手を付けない、というか、食べることを忘れてしまうのだが、過去一番と言っていいほど豪華なお通しだ。
ナポリタンの素朴な味わい、ゴボウ煮はしっとりと上品な味わい。二切れのサバ刺身は、脂がノッていて追加したいくらいだし、赤魚のアラは目玉付きのちょっとした高級品。
これが700円だなんて、まだまだ物価高の世の中も捨てたもんじゃない。
カニ味噌ではなく、『えびみそ』というネーミングに一発で誘惑された。ぽってりとした璃寛茶色からは、食べる前からえびの香り。
水っぽさ皆無、ねっとりと濃厚なえびの旨味が、舌の上でじわりと広がる。この一品だけで、アンバーラガーがもう一杯進んでしまう。
女将さんに「おすすめはなんですか?」と聞いて出てきたのが『赤サバ』という名のハチビキだ。サバに色なんてあったのか思ったが、見た瞬間に「これは赤サバだ!」と実感した。
マグロで例えるなら、極上の赤身。しっとりとした食感と、深い旨味。まさに〝味の追体験〟とでもいいましょうか。ちなみにハチビキとは〝血引(チビキ)〟のことで、頭に「ハ」をつけてしまったのは、魚類学上の謎だとか。いいですねえ、そんな謎もすら、酒の肴になる。
おいしい魚が続いたら、少々ジャンクなものをいただきたい。やってきたのは『煮込みハンバーグ』という大好物。
箸先を入れると、肉汁がじゅわっと溢れ出す。同時に脂のマイナスイオンが漂っているような、そんな錯覚すら覚える。そしてムチッとした弾ける系、うまいなあ! ハンバーグって、なんでこんなにおいしいのだろうか。そら豆とカツ煮まで付いてくる、贅沢な一皿。
次の〝アクター〟に合わせて、地元秋田の『新政』のぬる燗で待とう。甘味、辛味、酸味、苦味……日本酒のほんとうにいいところだけを寄せ集めたような、まさに洗練された味わいがさすが。子供の頃はもっと身近にあった酒蔵だったが、超絶人気者になってしまったなあ。
新政の好敵手としてやってきたのが『筍刺し』だ。子供の頃は、春になるとよく食べた。
シャグジャグとした歯ごたえ、瑞々しい筍の旨味。なつかしいなあ……口に入れた瞬間、山菜王国・秋田の風景がふっと過ぎる。
正直なところ、店の外観からはここまでおいしい料理が揃っているとは思いもよらなかった。いい、裏切られ方。こんな裏切りはいつでも大歓迎である。
「ごちそうさまです、おいしかったです!」
「ありがとうございました~」
階段を降りて、また店の外観を眺めていると、店先には入るときには気が付かなった手書きの張り紙があった。そこには、さりげない〝格言〟が掲げられていた。
「健康いちばん 笑顔はにばん お酒は毎晩」
ジーンと来たね。
『文明堂』のCMじゃ、これほど心が打たれなかった。
ああ、私はこれから、この格言を理由に、毎晩酒を飲むことに決めた。酒を飲む理由なんて、どうでもいい。ただ、おそらく今日も美味い酒がある。
それが私の〝正当に〟酒を飲む理由なのである。
居酒屋 友(いざかや とも)
住所: | 東京都品川区上大崎2-18-14 |
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TEL: | 03-3779-1500 |
営業時間: | 17:00 - 00:00 |
定休日: | 日・祝日 |