神田「みますや」日本最古の酒場『100年酒場』でタイムスリップ
2019年現在から100年遡ったとして、そこに何があるのか──
その通り、『酒場』である。
今から100年ほど前と言えば、明治時代の後期。その頃の日本など吉幾三の歌がリアル世界なわけで、電気水道ガスなど一般にはほとんど普及しておらず、チョンマゲの江戸時代が終わってやっと近代的になり始めたくらいだろう。そんな現代からみたら原始時代と大して変わらないような時代に開業した酒場が、未だに東京で営業していることはご存じだろうか。
『みますや』
思わず息を呑むほどの圧倒的存在感の外観は、明治38年(1905年)創業、日露戦争に勝利した年に開業した、現存する〝日本最古の酒場〟として今なお営業を続ける超弩級の老舗酒場、まさに『100年酒場』である。
何度か訪れたことはあるが、いつみても飽きない店構え。今も健在である『看板建築』の建物は、完全にこの一角だけ時代を超越している。近代建築が好きで、小金井公園にある『江戸東京たてもの園』という野外博物館へも行ったことがあるが、その中にこの建物があってもまったく違和感がないほどだ。有名な話で、東京大空襲の時には「飲む場所がなくなる!」といって、常連客がバケツリレーをして戦火から店を守ったらしいが、私もその場にいたら間違いなくそのリレーに参加していただろう。いつの時代も酒呑みの酒に対する執念は半端ではないということを、この酒場が物語っているのだ。
そんな現代の酒の執念男が《暖簾引き》をして、100年前に〝タイムスリップ〟をする。
トゥルルルルルル……──
いつものことながら、店内は客であふれ返っている。およそ80歳代の先輩、若いサラリーマンの団体、淑女ひとり、子供連れの家族……それこそ、どの年代の人間もいるだろう年齢層はさまざまで飲っている。100年酒場の光景とは、まさにこれだ。
外観とは別に、店内は迷路のように奥行きがあるが、どの席も客でびっちりと埋まっていた。こりゃダメか……と諦めかけたその時、奥の小上がりが空いたのだ。お運び女性にそこへ通されると、店内が見渡せる最高の酒座だ。きっと、この店に100年以上前から住みつく《酒場の神様》が微笑んだのだのに違いない。みますやの神様、お邪魔させていただきます。
店の中へと入り、さっそく酎ハイという名の御神酒で喉を洗うのだが、とにかく、ここの酒場は『料理』に尽きる。ここへ来たら必ず注文して欲しい……いや、注文しろという料理をしっかりと紹介したい。
『あなご煮付』
ざっくりと豪快に開いた身に、照り照りの甘ダレが見るだけで食欲をそそる。箸先でつまむとホロリと崩れそうなところを間髪入れずに口中へ。ホクホクとやんわらかぁい口当たりの後は、わずかに残る骨っぽさが残るところがいい。濃い目のタレには、酒よりもライスが欲しくなるから困ってしまう。
『肉豆腐』
肉だけの『牛煮込』というのもあるが、是非ともここは豆腐の方を堪能して頂きたい。ブリュンヒルデとした木綿豆腐の上につんもりと載る牛肉。ぎゅっと染みた甘辛い牛肉は舌の上で瞬く間に溶け、それと反対にどっしりとした食感である木綿豆腐の淡白な味がピタリと合う。間違いなく、都内屈指の肉豆腐だと思っている。
『さくらさしみ(赤身)』
みますやといったら、さくらさしみ(馬刺し)を頼まない手はない。『赤身』と『霜降』の2種類があり、サシの入った霜降りも絶品なのだが、私は赤身がお気に入りだ。ツヤのある紅い肉は見た目にも美しく、運ばれる度に「わぁ!!」っと、どの席も笑顔が咲く。添えられた生姜と青ネギを醤油で溶き、それにちょんと付けてカブリ──、ンまい過ぎるッ!! 弾力がある身が、生肉を食べる嬉しさと共に口内で弾け、漏れ出す新鮮極まりない赤身のエキスがもう堪らない。そこらへんにある、解凍したての水っぽい馬刺しとはワケが違う、あれは本当に腹立たしい。よし、もう一度──、ンまい過ぎるッ!!
100年前の客も、こんなのを食べていたのかと思うと感慨深い。
ウマいものを食べているときは時間の経つのが早い。気が付くと外の日は落ち、店内の活気も頂点になっていた。
「いらっしゃいませ~」
「おー、やっと来たか」
「これ、おいしいね」
「すんませーん、お会計」
客は多いのだが、不思議とやかましいということはなかった。どちらかというと、その客の声が心地よく……いや、まるでこの酒場自体が語り出しているようだった。うーむ、酔いが回っているか、その語り酒場の声は私を過去へ誘うのだ。
本当にすごいのが……この酒場は過去に大きな時代の変貌や、戦争による絶対的な危機的状況が何度もあったにも関わらず、こうして何食わぬ顔で酔人たちを受け入れ続けていることだ。たかが40歳そこらのこの小生が、この酒場の『そのとき』の瞬間とは、一体どんなものだったのだろうかと想像してみる。
日露戦争のとき、
関東大震災のとき、
太平洋戦争、東京大空襲のとき、
終戦からの復興、昭和から平成。
そんなことを想うと、ドラえもんに一番お願いしたいことは、その時代ごとの『みますや』へ連れて行ってもらうことになった。
そして、令和──
歴史の証人は、東京の真ん中で酒と共に生き、200年、300年とこれからも間違いなく歴史を映し出していくのに違いない。
「ありがとうございました~」
店の外はすっかり暗くなっており、より時空を越えた感覚がいい。いや……もしかして、本当に過去に訪れていたのかもしれない──私の『100年酒場』のタイムトラベルは、ここで醒めた。
そして駅へ歩き出す前に、少し振り返ってみる。
そこに何があるのか──
その通り、『酒場』である。
みますや(みますや)
住所: | 東京都千代田区神田司町2-15-2 |
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TEL: | 03-3294-5433 |
営業時間: | 11:30~13:30 17:00~22:30 |
定休日: | 日曜・祝日 |