【台湾】士林「正宗嘉義雞肉飯」ニーハオ,TSUNDERE!世界の強すぎる女将シリーズ
台湾観光といえば、アニメ『千と千尋の神隠し』のモデル『九份』や台湾のベニス『淡水』、509メートルの超高層タワー『台北101』などが有名で、古い歴史や近代文化の両方を楽しむことが出来る。
古い大衆酒場が好きなのはもちろん、私は都会的でお洒落なカフェバーも好きなので、その両方を兼ね揃えた台湾という国は非常に肌が合う。
そんな台湾文化の中で、絶対に外してはいけないものが『夜市』だ。
『士林夜市』
台湾国内に星の数ほどある夜市の中でも、この士林夜市は桁外れに巨大だ。一度や二度訪れただけでは、まったくその全貌を掴むことはできない。
夜市とは食べ物や飲み物、雑貨やゲームなどの屋台が通りに並ぶ、日本でいう〝縁日〟のような場所だ。日ごろから私は〝歩き酒〟が大好きで移動中なんかは大概、片手に缶チュウハイを握っているのだが、どうも台湾は歩き酒の文化がないようで些か気まずい。だが夜市の中へ入ると、やっと歩き酒を認めてくれるようになり、大手を振って闊歩することができる。牡蠣オムレツがいいかな……お、豪大大鶏排もいいなぁ……うわっ、臭豆腐くっせぇ! 何をつまみにしようかあれこれ熟考していると、ひと際活気のある店を見つけた。
『正宗嘉義雞肉飯』
まさむね……よし……看板は何と読むかは分からないが、とにかく店の前は長蛇の列で、店の中のテーブルも満席。どんなことでも〝並んでまでは欲しくない〟という考えの私は、もちろんこの店も通り過ぎるつもりだったが、この時に限っては何故か〝並んでみようかな〟という気持ちになったのだ。そもそも、何をウリにしているのかさえよく分からなかったが、テイクアウトの列とイートインの列があったので、イートインの列に並んでみたのだ。
「雞肉飯……あ、鶏肉のことか?」
列が進むにつれ、ここは『雞肉飯』という、茹でた胸肉を白飯に乗せた〝鶏肉丼〟の店だと分かった。鶏飯か……調べると台湾グルメではメジャーらしいが、まだ食べたことがなかったので都合がいい。
20分ほど並ぶと、ようやく3人掛けのテーブルがひとつ空いた。そこへ私が座ると、後ろに並んでいた中学生くらいの女の子も同じテーブルに座った。私の知る限りでは、台湾での相席はごく一般的である。
さて、雞肉飯は頼むとして、もうひとつくらい何か頼みたいが……お、『魯肉飯』もあるじゃないか。魯肉飯とは、トロトロになるまで煮込んだ角煮をご飯に乗せたもので、台湾グルメの代名詞といっていいほどポピュラーな料理だ。私はこれが大好きで、店によって違う味を楽しめるところがいい。既に他の店でも4、5杯は食べていたが、ここでもう1杯頼むことに決めた。あとは、店員が注文をとりに来るのを待つだけだが……
──10分経過。
まったく注文をとりに来る気配がない……まぁこれだけの行列店だからしかたないのかもしれないが、さすがにこれは待たせ過ぎだ。
痺れを切らし店先へ覗きにいってみると、店の親父さんが汗だくで客の注文を捌いている。その表情には鬼気迫るものがあり、とても声を掛けられる雰囲気ではなかったので、やむなく自分の席へ戻ることにした。
それから席に戻りさらに数分、やっと店員らしき人影が視界に入ってきた。あぁよかった、やっと注文が出来……
「え……!? 長州力!?」
ライオンヘアーに鋭い眼光──なんと、目の前には〝革命戦士〟として有名なプロレスラー『長州力』がいたのだ。なぜこんなところに長州力が……? 驚いていると、おもむろに前客の食器を片付け始めたのだ。そうなのだ、実は長州力ではなくこの店の女将さんだったのだ。
酒場ナビではよく〝パンチが効いた女将さん〟という表現をするが、ここまでパンチが効いた女将さんは初めてだ。その威厳たるや、店の女将さんというより、〝店の親父さん〟の方がしっくりくるほど。
力姉さんが食器を片付け終わるのを見届け、いよいよ注文をしよう……と、思った瞬間、力姉さんの表情が一瞬にして〝怒〟と変わったのだ。
「不要在这里丢垃圾!!」
「えっ、えっ、な……何ですか?」
私に対して何かを言っているようだが、台湾語がまったく分からない。ただ、明らかに〝怒っている〟というのは、その表情から汲み取ることができた。「カタチ変えるぞコラッ!」とでも言っているのか、その口調を例えるなら、伝説のプロレスラー『橋本真也』との『コラコラ問答』の時のようだが、よくみると力姉さんは橋本ではなく、テーブルの隅にある〝ゴミ〟を指差していた。
どうやら私がそのゴミを捨てたのだと勘違いして、「それお前が持ってきたゴミやろがコラ!」と言っている様子。このゴミは私が座った時からあったものなのだが、台湾語などまったく知らない私は、「あー」とか「えー」などとしか返事ができない。すると、それを見かねた相席の中学生の女の子が力姉さんへ言った。
「这不是这个人的垃圾~」
「是这样吗?」
言葉は分からなかったが、女の子は「この人が持ってきたゴミじゃないよ~」と力姉さんに伝えてくれたみたいだ。力姉さんは怒鳴るのを止め「ほんまかぁ? ほな注文はなんや?」とおそらく訊いてきたので、私は震える指でメニューを指差すと奥の選手控室……いや、厨房へと戻って行った。いやはや、この女の子のおかげで助かった。ありがとう台湾の少女よ!(謝謝)
酒の持ち込みは問題ないのだが、私は持っていた台湾ビールを力姉さんに見られないように飲み、料理を待ったのだ。
『魯肉飯』
力姉さんがテーブルに丼を「ドンッ!!」と荒く置いたせいか、中身が若干こぼれそうになるものの、この魯肉飯……めちゃめちゃウマいっ!! 飾り気のないホロホロの豚肉が口に入るとジュワリと舌に溶け出し、その旨味たるや悶絶級。そしてその旨味を吸った甘じょっぱいタレが、ホカホカライスにじんわりと浸透、決してビシャビシャではなく絶妙な漬かり具合が、すばらしくウマい飯に仕上げる。今まで食べてきた魯肉飯でダントツのおいしさである。
『雞肉飯』
これがまた凄い逸品であった……。一見、ただの鶏肉が乗っている丼と思いきや、恐ろしく繊細かつ、計算された丼だったのだ。まずライスは一体どういう風に調理しているのか、鶏肉の出汁が効きまくりで、例えると『鶏から生まれた米』のような味わいなのだ。そこへ適度にほぐした鶏肉が、丁度いい柔らかさで丼全体を引き立てる。箸休めのキュウリの漬物がまたキマっている。これはウマい……本当にウマ過ぎるっ!!
魯肉飯に然り、こんなに〝おかわり〟をしたいと思ったことはなかったが、力姉さんに嫌な顔をされるのではないかと思い止めた。
だが、このあまりにもウマい丼を自分の中だけに留めておくのが口惜しい……もはや『感動』すら覚える。そうだ、相席の中学生とこの感動を共有できないだろうか……いや、変な日本人のおっさんと騒がれても困る。よし、やはりここは店の親父さんと力姉さんに伝えるしかない。
珍しく興奮気味の私は、なぜかその時は変なテンションで気持ちが高ぶり、とにかく「おいしい」ということを店の2人に伝えるべく、店先へ行き台湾人にも分かりそうな日本語で叫んだのだ。
「おいしいっ!! ごちそうさまっ!!」
シ──ン……
突然の日本語に、一瞬にして静まり返る店内。客は明らかに〝変な日本人がいる〟という目つきだ。店の親父さんも一瞬だけ手を止めたが、一瞥して何事もなかったように雞肉飯を盛り出した。
〝しまった……〟
いくら変なテンションになっていたとはいえ、これは力姉さんにブッ飛ばされるかもしれない……と、恐る恐る力姉さんを見ると、
〝はいよ、……おおきにね〟
目も合わせず、なんと言っているかは分からなかったが、何度か頷きながらそう返事をしているのは間違いなく伝わった。
これはそう、アレだ。日本の大衆酒場でもお馴染み〝ツンデレ〟である。ここ台湾でもツンデレがあったのだ……!!
私は、目の前がぱっと晴れた感じがした。なぜなら、〝ツンデレ女将〟というものは日本だけのものじゃないのだと気づいたからだ。さらにそれは台湾だけではなく、アメリカやヨーロッパ、アフリカの酒場にもきっとあるのだろうと思うと、胸が高鳴って仕方がない。ツンデレ女将が好きな私にとっては、なんだかこれからの酒場人生に大きな〝目標〟が出来た気分なのだ──。
「ありがとう、謝謝‼」
帰り間際、新たな目標へと導いてくれた力姉さんへ、私は日本語と台湾語で感謝の気持ちを伝えたのだ。
もちろん、返事はなかった。
関連記事
- 【台湾】龍山寺「天天来海鮮」台湾酒場でも発見!特殊先輩の謎行動を追跡せよ
- 【台湾】HOW TO『熱炒』これだけは知っておきたい台湾酒場「10のこと」
- 【台湾】北門『富宏牛肉麺』朝飲みに棲むニュウロウメンの妖精
※この記事を台湾語へ翻訳していただける方はこちらからご連絡ください。
正宗嘉義火鶏肉飯(正宗嘉義火鶏肉飯)
住所: | 台湾台北市士林區大南路87號巷子口旁 |
---|