【台湾】北門『富宏牛肉麺』朝飲みに棲むニュウロウメンの妖精
2020年の予定では、少なくとも国内旅行を2か所に海外旅行は1か所を行くはずだったのだが、新型のド阿呆が邪魔に邪魔をしまくっている。旅行どころか地元に帰ることさえ憚るという、とんでもなく迷惑な話だ。
海外旅行に関しては、もはや完全に諦めるしかない。しかしながら、昨年行った台湾酒場めぐりは私にとって非常に有意義なものであり、それを以ってして海外酒場に興味を持ったのは間違いないのだ。
そんなことを想い、独り部屋で指をシャブリながら当時の写真をアテに飲っていると、色々と思い出してくる。台湾の酒場文化は日本とは異なっていて、屋台が中心で酒を出すところが少なく、飲み屋は地域にまとめられていることが多い。土地勘がないと、これに苦戦するのである。そして働き者の台湾人は、朝飯も屋台でサッと済ませる。旅行中は昼酒ならぬ『朝酒』をしたい私は、この〝朝飯の屋台〟とやらで飲れないかと、旅行3日目の朝にホテルを出たのだ。
その時にあった出来事だ。
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『台北駅』を見るのは何度目だろうか、既に親近感のある駅になっていた。台北市民の目を配慮しつつ、片手には『タピオカミルクティー』に焼酎を忍ばせている。味? 想像してごらんなさい。
朝焼けの市内をしばらく朝酒いていると、『北門』という駅の近くにたどり着いた。オフピークだったのか、開いている店は思っている以上なかったが、その中にずいぶん美味しそうな漢字の列挙を発見した。
『富宏牛肉麺』
「牛」──「肉」──「麺」。なんて、食欲をそそる文字の並びだろうか。一瞬にしてよだれが込み上げてきたので、中へと入ることにした。
おお……給食室の様な匂いにチープなテーブルと丸イス。それらを薄暗く照らす蛍光灯が〝大衆感〟を余すことなく演出させていた。
なんと、《OHS》まである! まさしく『大衆食堂』といってもいい。これはいいところに入ったようだ。
朝の大衆食堂となれば〝酒〟を飲りたくなるのが『A.M.ドランカー』としての性だ。しかし壁のメニュー札を見てみるが如何せん、ここは外国だ。いくら漢字表記といえども日本語とはまた違う意味合いのだったりするからややこしい。
「に、ニーハオ。お酒、アリマスカー?」
「我没有缘故」
ダメもとで、酒が置いてあるかを店のお姉さんに訊いてみるが、おそらく無いと解釈した。そうだと思って近くのコンビニ買っておいた謎の瓶酒を取り出して飲る。台湾の店では、ほとんどが飲み物の持ち込みが許されているので、こういう時はうれしい。独酌乾杯をすると……
「我有可乐」
「……え?」
隣にいた老夫婦の奥様が話しかけてきた。なにやら指さす方向を見てみると、カップ式自動販売機があった。これもおそらくだが、〝ジュースがタダだよ〟と教えてくれたのだと解釈して、ありがたく頂くことにした。
恐ろしいくらいにフニャフニャのプラカップにコーラを入れる。こいつに焼酎でも忍ばせてみるか……いや、止めておこう。それより牛肉麺を注文しよう。
『牛肉麺』
思っていた通りのビジュアルだ。濃ゆそうなスープに縮れ太麺、そこに主役の牛肉がゴロゴロと惜しげもなく載り、小ネギがツンモリ。なんという牛肉麺、これは完全に牛肉麺だ。
牛肉は箸で持ち上げるだけでホロリと朽ちそうで、口に入れると今度は舌の上でトロリと溶ける。沁み沁みの甘醤油味が肉と見事に混然一体となり、もう最高においしい。こいつを台湾ビールで流し込みたいところだが……なんで、酒を置いてないんだー!と、心で叫ぶしかない。
「你是日本人吗?」
「えっ?」
悔しがっている私に先ほどの老夫婦の、今度は旦那様が話しかけてきた。旦那様の方はバキバキの台湾語で、本当に何を言っているのかが解らなかった。「えっ、えっ? あの……」と困惑していると、旦那様は指をメニューに指し、食べる手ぶりを始めた。あー、これを食べてみろということか。とりあえず「オッケェ、オッケェ」と間抜けな顔をしながらそれを注文することにした。
『魯肉乾麺』
ほほう、見た目はさっきの牛肉麺の汁なしみたいだ。これは、『台湾まぜそば』のように混ぜて食べればよいのだろうか……椀に箸を入れた瞬間、旦那様が手でそれを制する。
「放进去!」
旦那様は、テーブルにあった薬味やソースを指さしながら、私の椀に指をさす動作を繰り返す。フムフム、それを入れて混ぜろというのは解ったのだが、何度か旦那様の指が椀の中に入ったのが気になってしまう。
「えっ、これも!?」
という私の顔を見てニンマリする旦那様と奥様。プラカップには真っ赤なドロドロの液体。これは明らかに『辛い』……いや、見ているだけで既に辛い。ただでさえ辛いのが苦手な私だが、この老夫婦のニンマリ顔を見て拒むことなど到底出来るはずもない。毒でもいれるかの如く、スプーンで椀に投げ入れると箸で捏ねくり回した。そして、気合を入れて一気にすすり上げる……むむっ!
好吃ッ!! こいつは、なんておいしいんだ。今度は牛肉ではなく豚肉のそぼろで、ちょうどいい甘辛さの汁をたっぷりと吸って旨ジューシィ。そして何といっても、全体をまとめるタレの味が素晴らしい。これは旦那様が教えてくれた薬味やソースの合わさった味だ。辛さも言うほど辛くもなく、心地がいい刺激がタマラナイ。
「こ れ 、お い し い」
旦那様へゆっくりと感想を言うと、それは伝わったのか笑顔で頷いてくれた。一瞬ではあったが、言葉の壁は消滅した。音楽と同じく、『食』というものにも国境はないのだと、自然と心に沸き起こる感情を、残りの麺と共にすすりあげた。
「シェイシェイ」
老夫婦にお礼を言って店を出ようとすると、旦那様が私に手招きをして耳元で言った。
「请沿着这条路直走~」
全然、わかんねぇっ! そして、はじめて旦那様が酒臭いということに気が付いた。もしかして旦那様、私と同じくここで朝酒をしていたのか? とにかく、人差し指で店の外の方へ向かって「まっすぐ進め!」みたいな動作をするので、その通りに進んだ。店を出て道を渡り、向かいの建物のフェンスまで行くと、停めてあったスクーターのシートには……
「あっ、猫!」
キジトラが恭しく座っていた。振り返って店の方を見ると、店の中から老夫婦二人が笑顔で手を振るのが見えた。その笑顔の意味はわからないが、私は手を上げてそれに応えたのだった。
単に猫が居ることを教えたかったのか……まさか、牛肉でも豚肉でもなく、猫肉だってこと……!? いやいや、まさかねぇ……。私はキジトラの頭を撫でて、その場を後にした。
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ちょっとだけ不思議だった出来事に、独り部屋で思いついた。
あの老夫婦は、牛肉麺の妖精だったのかもしれない、と。
富宏牛肉麺(富宏牛肉麺)
住所: | 台湾台北市萬華区洛陽街69號 |
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営業時間: | 24時間営業 |