銀座「三州屋」庶民だからこそ行きたい『セレブ街』の名酒場
今度行こう、いや、また今度でいいか……待った! やはり来週に行こう──
東京には名酒場がまだまだ多すぎて、行ってみようと自分の中で何度も思っていても気づいたら何年も行けていない酒場が山積になっている。それは老舗店ほど宿題となっていることが多く、酒場の経験値を積めば積むほど足が向かない。変に期待しすぎて、どこか〝構えてしまう〟のかもしれない。
先日行ってきた宿題酒場は、酒場自体に対してもそうだが、その酒場が建っている『場所』が追い討ちをかけて足が向かなかったのだ。
『銀座』
〝日本一高い土地〟を保有する街銀座。老舗百貨店、ブランドショップ、割烹料亭、大人の街……20年以上東京に住んでいるが、「そうだ、銀座に行こう!」など思ったことがない。そんな〝一般庶民〟とは無関係なザ・セレブ街に、やっと出向く理由はやはりひとつ、酒場だけだ。
どの通りを見てもピカピカのウインドウが並び、甘ったるい香水の匂いが漂う。変わり映えない通りばかりで、同じところを何度もループ。目的の酒場の住所を入れたグーグルマップは、ビルの真ん中に目的地のマークを指しておりワケがわからない。
いったい何往復したのだろうか……強制的な〝銀ブラ〟で諦めかけたところにやっと目的の酒場が現れた。
『三州屋 銀座店』
……お 分 か り い た だ け だ ろ う か? では、もっと奥へ。
まだまだ、奥へまっすぐ。
なるほど、グーグルマップがビルの真ん中を指していた理由がこれか。暗闇に浮かぶ縦長の看板、旗竿地の奥に潜むこの酒場こそが、著名人らの書籍、番組には欠かさず登場する超老舗店『三州屋 銀座店』なのだ。
「何でこんなところにあるんだろう……?」
いや、開店当初は道沿いだったのかもしれない。そこへビルが店を取り囲み、気がついたらこんなことになっていた、というのが自然か……?
さっきまであった絢爛な街並みは何処へやら、ここだけは完全に異世界。そんな大衆感あふれる暖簾を引いた。
「いらっしゃいませ」
正方形に近い店内はテーブル席がメイン。こんな分かりづらい場所にありながら、ほぼ席は埋まっているところを見ると、噂どおりの老舗人気店とみえる。テーブルに座り、まずは何を飲ろうか。銀座で『酎ハイ』……? いや、何かカッコ悪いな。そもそも置いてないんじゃないだろうか……あれ?
『ハイリキ レモン』
おぉ……まさか銀座でこの瓶を拝めるとは思わなかった。銀座という慣れない街で、なんと心強いフォルムだ。この黄色いフォルムには思い出が合って、子供の頃に父親が買ってきたのだろうハイリキが居間のテーブルに置いてあった。何も知らない子供の私はその見た目からジュースだと思って、大人が目を離している隙に飲んでしまい、大変な騒ぎになったことがある。
『赤貝わさ』(850円)
てんこ盛りっ!! コリシコの歯ざわり、新鮮な赤貝特有のさわやかな甘味が堪らないったらありゃしない。普段、スーパーで売っているペラペラの赤貝刺し580円を「最高!」と言いながら食べている自分が恥ずかしくなる。
『生ウニ』(700円)
生ウニ食べ方は決まっている。割り箸の先で軽くウニを摘み、それを醤油にほんの少し付けて舌に乗せる。箸ごとしゃぶる様にして染み出すウニの滋味を愉しむのが至高。
たまにワサビのみを口に含んで口直しもお気に入り。銀座よ、見たかこれが一般庶民の食べ方だ。
『鳥豆腐』(480円)
名物の小碗には豆腐と春菊、そして鶏肉が碗の風呂で仲良く浸かっている。あっさり鶏油で煮込まれた豆腐のコク、春菊のほろ苦い味、柔らかい鶏肉がなんとも統一感あるハーモニー。
さらに『紅葉おろしポン酢』で味にピリリとパンチを効かせると、永久に食べられるという気にさせてくれる。最後に旨味だけが残った旨汁を《出所したての高倉健》の如し、ビールではなく鳥豆腐を有難くすすり飲む。
──ンまいっ!! それは後ろに女将さんがいるのを気が付かず、のけ反ってぶつかってしまうほどだ。これが480円とは……新宿渋谷の下手な酒場ならもっと取られるだろう。
とにかく料理がウマい。さすが、舌の肥えた『銀座っ子』の舌を長年愉しませてきただけある。実はこの前にとある銀座の酒場に行ったのだが、料理こそウマいがあまりの銀座価格に参っていたのだ。しかし、この店はそんな庶民にも……いや、銀座だからこそ庶民が〝安く〟て〝おいしく〟愉しめるという店の心意気に、えらく感動してしまった。
〝何でこんなところにお店が?〟ひとこと女将さんにでも聞けば分かることだが、それこそあえて宿題のままでいたい。この街の酒場に溶け込むのは、もっとゆっくり時間をかけていい気がする。
時代の流れと共に、ビルを建てては潰し、潰してはまたビルを建て……だがおそらく、銀座にはまだまだこんな酒場が隠れているのだろう。そう思うと、何度も通って逆に宿題を増やしていきたいのだ。
「ありがとうございました」
早めの閉店に合わせて暖簾から外へ出ると、またあの煌びやかな銀座の街に戻る。
その中にひとつ、
銀座のビルの間に、今夜もひっそりと看板が灯る──
三州屋 銀座店(さんしゅうや ぎんざてん)
住所: | 東京都中央区銀座1-6-15 |
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TEL: | 03-3561-7718 |
営業時間: | 月~土、祝 11:30~15:00 16:30~22:00 |
定休日: | 日 |