【リライト】大衆食堂のルーツ 高円寺「民生食堂 天平」
酒場ナビを開設して4年以上は経つだろうか。よくもまあ飽きずに続けられているものだと、ふと、他人事のように感心する。数えてみれば、私だけでも100本以上の記事は書いているというからさらに驚きだ。そんな過去の記事は決して見返すことはないのだが、稀にどうしても記事と記事との辻褄を合わせる時に読み返さなければならないのだ。その時に……「なんじゃこりゃ!」と、発狂することが多々あるのだ。その時その時の自分の中で〝流行り〟の書き方があって、それがまた、しょうもなかったりするのだ。「うあー、書き直してぇ」と何度となく思ったが、その時の感情やら鮮度を尊重すれば、やはりそっとしておくのがいいのかもしれない。
ただし、初投稿の高円寺『天平』の記事、オメーはダメだ。
なんだ、あれは。いくら初めてだといっても、あんな頓珍漢な構成はないだろう。言っておくが、酒場自体は何ひとつ悪くはない。悪いのは私の文章力である。他の初期の記事にくらべても、目に余るところが多い。読む度に「うわっ!」などと言いながら、赤面してブラウザを閉じるのだ。しかし……
〝今だったら、どういう風に書けるのか〟
割と最近になって、そんなことを思うようになった。書き直しをしない主義だが、考えようによってはミュージシャンが再録のアルバムを出すようなものだ。『LUNA SEA』がファーストアルバムを録り直した時だってびっくりした。
うむ……ちょっとそういう理屈で〝リライト〟をしてみようかな、と。
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──7月。
かくして、初投稿の時のロケーションと同じく、異常に長い梅雨時に突然カッと晴れた日が訪れた。時は来た、行くならこの日しかない。私は高円寺の例の酒場へと赴いたのだ。
うおっ……
ひゃぁ……!!
『民生食堂 天平』
どこから見ても、すばらしい迫力。傷んでいない所を探すのが難しい外壁、店先には色褪せたサンプルケース、よれよれの暖簾──ここから新築時を想像するのは不可能な渋さだ。初投稿の時にも書いたが、改めて言おう。〝よく3.11の地震で潰れなかったな〟
カタカタの木製引き戸を引き、久しぶりの再会に〝ただいま〟と心の中で言いながら中へと入った。
「いらっしゃい」
うっほぉ……これこれ、この店内ですよ。細長いテーブルと二人掛けテーブル席が3卓。日焼けた短冊メニュー、クリーム色から焦げ茶色へグラデーションの壁、コンクリ剥き出しの床……もはやここまで来ると由緒あるお寺のように見えて、思わず手を合わせたくなる。
「ここ、どうぞ」
そこへテレビを観ていたこの寺の住職が、自分の座っていた席を退いて譲ってくれた。奇しくも、初投稿で訪れたときと同じ場所に通されたのだ。有難くそこを酒座とさせていただいた。
『瓶ビール』
〝夏日×食堂〟の方程式の答えは、大昔から〝冷たい瓶ビール〟であると解かれている。住職がポンッという音で木魚を……いや、栓を抜いてくれた瓶を受け取り、トクトクトクトク……と泡を立てながらグラスにビールを注ぎ込む。
目いっぱい注がれたグラスを口元へやる。クイ──……ン・ま・い!! 食堂の一発目はやはりこれだ。付け添えの柿ピーを齧りながら、壁のメニューに目をやる。ここは是非とも、初投稿の時と同じものを頼んでみよう。
「はい、おまちどうさん」
しばらくすると、住職……いや、マスターが頼んでいた料理を運んできた。もちろん〝大きいお盆〟に乗せてである。
初投稿の記事でも説明したのだが、マスターは皿の大小関係なく大き目のお盆で毎回料理を運んできてくれるのだ。テーブルのサイズからしても、複数の料理を頼むと配膳にまごまごしてしまうのが何か面白い。
『アジフライ』
出たっ! いやぁ、久しぶりだなぁ。ちょっと濃い色の衣はまったく変わっていない。ソースを軽く掛けて口にサクリ。味も独特で少しクセがあるのだが、これがどうにも病みつきになるのだ。もしかすると普通のアジではなく干物をフライにしているのかもしれない。
『ハムエッグ』
もちろん大き目のお盆で運ばれたハムエッグは、やはり配膳にまごまごする。固焼きの黄身に、親の敵ほどのコショウがたっぷり。そこへ醤油を1周半でいただきます。ポクポクとした黄身と、厚めのハムとの相性が良い。これぞ教科書通りの食堂ハムエッグだ。
もう一品、初投稿でも頼んでいた『激熱の肉じゃが』が見当たらなかった。これは〝リライト〟の仕切り直しとして、酒と料理をまったく新たに頼んでみることにしよう。
『そば焼酎 金砂郷』
茨城のそば焼酎とはめずらしく、マスターの出身地なのかやたらとこの酒を推している。もともとそば焼酎は好きなのだが、身体との相性が良すぎてすぐに酔っ払ってしまう。いつもは控えているが、今日は特別だ。すっきりとした口当たりに、そば焼酎の香ばしい風味がすばらしい銘品だ。
『まぐろブツ』
もちろん大き目のお盆で運ばれたまぐろブツは、やはり配膳にまごまごする。「もうお盆で運ばなくていいですよ」などと野暮なことは決して言わない。これからも是非それに拘ってほしい。今でこそ食堂料理といえば『まぐろブツ』だが、初投稿当時の私の頭にそれはなかった。なんと損をしていたのだろう、とにかく、ここのまぐろブツは絶品だったのだ。
ブツそのものから〝ブツッ!!〟と音が聞こえてきそうな程の大胆なキッツケ。嬉しいのが、トロに近い部分が全体の半分以上あることだ。そのどっしりと重いトロブツを持ち上げて口に運ぶ──ファーストバイトがサクッといい音鳴らしやがる。その瞬間、トロのネットリとした甘味が口に溶け出し、舌の各器官へと染み渡る。甘味、甘味、甘味……舌の甘味を感じる器官を、いい意味で混乱させるブッツギリのウマさだ。
ゴロゴロ……
ゴロゴロ……
「こりゃあ、ひと雨来やがるな」
まだ昼下がりだというのに、店の外は夕暮れの様に暗くなっていた。マスターはそう言うと渋い顔で外の様子を伺っている。店のテレビでも速報でゲリラ豪雨の様子を流している。まいったなぁ……これはあまり長居はせず、そば焼酎を飲み終えたら帰るか──と、思ったその時だ。
ピカッ
ドガ────────ンッ!!
ザ────────ッ!!
閃光と共に雷鳴が轟き、同時に滝の様な雨がこの酒場の屋根を叩きつけた──遂にゲリラ豪雨が始まったのだ。
「来やがったな……」
マスターも心配そうに天井を見上げる。この店の造りだ、はっきり言っていつ屋根に大穴が開いて雨が流れ込んでもおかしくはない。
ザ────────……
ゴロゴロ……
「お兄さんも、遠くから来たの?」
雨音と雷鳴が響く中、マスターが話しかけてきた。
「いや、割と近くに住んでますよ」
「へぇ、そうかい」
お兄さん『も』というのは、おそらく遠くからこの名店を目指して来る酒場フリークが多いのだろう。ただ、人気店ではあるだろうが、ここもいつまで続けていただけるのだろうか。マスターも建物も好いお年だ。やはり今日だって店にはマスターしかいない。そういえば、この店に棲む猫も顔を出していない。雷のせいでどこかに行ってしまったのか。
「ただでさえ暑いのに、やんなっちゃうねぇ」
「そうですね。まぁ、これでちょっとは涼しくなりますかね」
軽快な口調のマスターとする、何気ない会話が楽しい。初めて来た時はもっと怖ず怖ずとしていたな……。4年間の酒場修行で、多少はこの酒場と身の丈が合ってきたのかもしれない。
「お、いらっしゃい」
「うん、どうも」
「いつものでいい?」
「えっとねー、今日はとんかつ」
雨宿りついでか、肩を濡らした地元の先輩が店に入ってきた。ほとんど会話もなく、先輩は渡されたそば焼酎を飲り始めた。
〝ここはまだまだ続けるんじゃないかな〟
何故だろうか、二人の無駄のないやり取りを見ていると、そんな希望とも確信とも思えることが過るのである。〝やっぱ、俺なんてまだまだじゃん〟とニヤケながら残ったそば焼酎を飲み干し、大き目のお盆に飲り終えた食器を載せて会計をお願いした。
「ごちそうさまでした」
「どうもねー」
暖簾を潜って店を出ると、さっきまでの土砂降りが嘘のように止んでいた。今度は強烈な日差しとセミの大合唱が鬱陶しいけれども、それでもまた、この酒場へ来ようと思った。
これから4年後、この記事を見た時に「なんじゃこりゃ!」とリライトできるよう、お互いまだまだ続けていきましょう。
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【閉店】民生食堂 天平(てんぴょう)
住所: | 東京都中野区大和町3-10-14 |
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TEL: | 03-3337-2488 |
営業時間: | 11:00~20:40 |
定休日: | 金曜日 |