小岩「一力」職人に、煙と舌を巻く
『職人』──自ら身につけた熟練した技術によって、手作業で物を作り出すことを職業とする人のことである。(Wikipedia)
職人、憧れますねぇ。大工、工芸士、あとはやはり〝酒場の職人〟だ。炭の煙が充満する熱い焼き場で、いなせに焼鳥を焼く大将なんかは、まさに絵に描いた職人といっても過言ではない。
忘れてはいけない酒場の職人といえば、『女将さん』の存在だ。何人もの客、しかもほとんどが酔っ払っている相手を、かいがいしいエプロン姿で回し、時に厳しく、時に優しく話し相手にもなってくれるのは、一朝一夕に出来ることではない。そう、これもまさしく『職人』なのである。
とある酒場にも、非常に気持ちがいい酒場の職人がおりまして……
名門酒場が集まる東京小岩には、何度となく訪れている。全体的に〝気風のいい酒場〟が多いと感じるのだが、その中でも、この酒場がえらく気に入ってしまった。
『一力』
青縞模様のテント、店先には白い暖簾がいくつも垂れ下がり、その上には〝一力〟と力強く大書された看板が掲げられている。見るからに、職人が棲んでいるような酒場だ。
時刻は、口開けの16時。炭を熾し始めたのだろう、店先に見える焼き場からは、いい香りが暖簾を燻らせている。よぉし、入っちゃおっと!
「いらっしゃいませ」
ひょぉぉぉ……いいね、いいですねぇ。二段式コの字カウンターは、上段が白、下段が酒で磨き抜かれた無垢模様である。その中心には、大将が焼き場、女将さんが甲斐甲斐しく仕事をしている。
そんな姿をパノラマで眺める酒座を決めると、まずは喉慣らしの酎ハイをいただくことにした。
ズビ……ズバ……ズビ──あ”ぁうんめ。『walicka』の文字が入ったグラスに、下町らしい強炭酸とレモンの輪切りがポン。こういうこと、こういう安定の一杯が職人気質を感じずにはいられないじゃないか。こりゃ、料理もイケるんだろなぁ。
『レバ焼き』
プリップリのレバ模様が鮮明な、レバ焼きのゴマ塩タレ。レバ焼きというのは、当たり外れの差が大きいが、ここは大当たり。新鮮極まりないレバの歯ごたえに、一瞬でも臭みを感じない風味豊かなレバの旨味がたまらない。軽く七味を振れば、尚よし。昔はこれが『レバ刺し』だったようだが、そのレバ刺しも味わってみたかった。
ゴホン、ゴホン。
うっすらと、店内には炭の煙に包まれた。チラホラとテイクアウト客も増えはじめ、本格的に焼き物を始めたようだ。うっすらとは言ったが、これが自宅だったら火災報知器が鳴るレベルだ。しかし、そんなのは全くお構いなしの大将と女将さん。さすがの職人達である。
そんな煙幕の中、ホワイトボードに……いや、燻製色ボードに、訊いたこともないメニューが在った。
〝ジャガ玉〟
ハテ……ジャガ玉とは一体なんぞや。興味本位で女将さんに頼むと、カウンターにあった内線電話をかけ始めたのだ。
「ジャガ玉、ひとつお願いね」
そう言って電話を切り、しばらくすると、二階にある別の店から、そのジャガ玉が届けられた。
『ジャガ玉』
後で知ったことなのだが、この店の二階には、ここの大将の兄弟が経営している酒場があり、ジャガ玉はそこで作られてここへ届けられるというのだ。茹で卵に茹でたジャガイモ、オニオンスライスを乗せたところにマヨネーズをキュリリ。名前からの想像通りの代物だが、これがまたシンプルでウマい。ほんのりと温かみのある茹で卵と一緒に、ポッコリとしたジャガイモが優しい味だ。何を隠そう、これを頂いてから家で何度も作っている。なにより、兄弟で助け合って互いの酒場を続けているところが、素晴らしいじゃないか。
『やきとん』
いよいよ、真打の登場だ。あんまぁい、タレの香りに唾が出る。だが、もっと気になったのが、その〝器〟だ。
アルミのトレイの両脇に、木製の取手が付いているのだ。こんな器、見たことがない。やきとん用に特注したものなのだろうか、やはりここでも職人としての拘りを感じる。
やきとんは、どれも塩梅よく焦げ目を纏っている。レバは小振りで、ぎゅムっと旨味を詰まらせており、ハツはプツン、プツンと小気味のいい歯ざわりがたまらない。シロは、そこら辺のゴムみたいのとは全く違い、柔らかいけれど、柔らか過ぎない絶妙な舌触りが最高だ。
そして、すべて食して気が付いたのが〝焼き加減〟の匠さである。レバ、ハツ、シロ……どれもそれに合った焼き加減、タレの付け方が完璧だからこそ、このウマさに辿り着くのだ。これぞまさしく〝職人〟と言わずして、なんと言おう……!
図らずも、目に涙が浮かんできた。
……自分で思っている以上、このやきとんのウマさに、感動していたのか──いや、違う。
煙が、ヤバいのだ!
もはや、軽い火事だ。浜松町の『秋田屋』も、そうとう強烈だったが、それと同じくらい……いや、それ以上に煙の量がすごい。『東京三大煙酒場』を決めるなら、間違いなくここを入れるだろう。
やべぇ……ちょっと、本当に目が開けられないくらいになってきた。というか、爆心地に居る大将と女将さんは大丈夫なのか……? 煙の中、目を細めて二人を確認した。
なんと大将の方は、煙をさらに煽るかの如く、炭火を熾し続けていた。さすがだ……さすが、職人だ。やきとん屋が煙だらけ? あたりめぇよ、てやんでぇ。煙まみれのその背中かからは、そんなカッコ良ささえ伝わってくるのだ。
はじめに言ったが、女将さんだって歴とした〝職人〟だ。見てくれよ、大量の煙も何のそのだ。手際よく注文を受け、客に料理を配り終えると、一瞬、手を止めた。
そして、煙の中から聞こえてきたのだ。
「あーもうっ、煙きっつ!!」
やっぱ……ですよねぇ!
職人の、もうひとつの魅力。
仕事はいつもはストイックでも、時おり垣間見えるちょっとした人間味が、なんとも可愛いのだ。
ゴホン、ゴホン。
よぅし、私も酒飲み職人として、もう一杯飲んでやろうじゃないの。
一力(いちりき)
住所: | 東京都江戸川区南小岩8-8-6 |
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TEL: | 03-3672-4129 |
営業時間: | 16:00~21:00 |
定休日: | 月曜・火曜 |