浜松町「秋田屋」東京タワーを見上げればノスタルジア
『東京タワー』
東京のシンボルタワーといえばすっかり『スカイツリー』になりつつあるが、20年以上前に上京してきた私のような田舎者にとって東京タワーは特別な存在だ。地元秋田の高校を卒業してすぐに上京して、真っ先に向かった場所が東京タワーだった。日本一の大都会の当時一番高い場所でみる景色は、知り合いなどひとりもいない街で、ちょっとだけセンチメンタルな気分を和らげてくれたのだ。
『今、東京タワーだや! すったげ高げーや!』と、興奮気味に地元の友達へPHSのメールを送ったことが懐かしい。
今から5年くらい前だったか、そんな思い出の東京タワーの麓にある酒場へ行った。たまには1人で呑みに行こうかなとネットで酒場を探していると、見つけたその店名に当時の私の目は釘付けとなった。
〝秋田屋〟
えっ、秋田だって!? 行ってみたい! 当時は酒場ナビなどやっておらず、大衆酒場の知識など皆無だったが、その馴染み深い店名に惹かれ、すぐにそこへ行こうと電車に乗った。
いざ店を前にするとその独特な〝大衆感〟に圧倒され、やはり止めておこうかとも思ったが、思い切って入ってみた。カウンターの奥に座り、とりあえず生ビールを飲みながら壁のメニューに目をやった。やきとんを注文するのだが、肉が大きい上〝2本縛り〟というのを気づかず、ひとりでいくつも注文してしまい腹がパンパンで気持ち悪くなってしまったのだ。
そんなことを最近思い出し、久しぶりにまた行ってみようと思ったのだ。
『秋田屋』
何も変わっていない。まぁ5年くらいじゃそんなに変わらないか。秋田の実家にでも帰ってきた気分で暖簾を引き、中へ入るとテーブル席へと通された。よし、まずはコレから飲ろう。
『生ビール』
ンまいっ! この日はちょっと暑かったというのもあるが、久しぶりの酒場で飲む酒は懐かしさも相まって特にウマく感じる。はじめて訪れた時も思ったが、ここの生ビールは注ぎ方も上手、泡がこんもりと美しい。
『漬物』
〝高血圧の国〟である地元の秋田は、とにかく何にでも醤油をかけて食べるのだが、〝漬物に醤油をかける〟のはいい例である。ここの漬物もしっかりと醤油をかけた状態で出され、思わずニンマリとしてしまう。秋田屋の屋号に相応しい料理だが、血圧の高い方へは確実にオススメできない。
おっと、目の前で赤々とした一味唐辛子の小皿を見てしまったからには、やきとんを注文するよりほかない。そうそう〝2本縛り〟だった。もう失敗はしない。
『レバ・ホルモン』
レバは良い加減に焦げた表面とあっさりタレとの相性がよく、ホルモン(睾丸)はサクッとした歯ざわりが股をビクッとさせて最高。やはりサイズは大きく、食べ応え抜群。先ほどの一味唐辛子との相性も素晴らしい。
次に何を頼もうか壁のメニューを見ていると、『ニラのおひたし』が目に入った。そうこれ! 初めて訪れた時も注文したのだが、その時これを見つけた時は嬉しかった。秋田名物というわけではないのだが、私の実家ではよく食卓に出てきた、ある意味で最高の郷土料理なのだ。
ニラのおひたし……そういえば、初めてここへ訪れた時にこんな出来事があった──
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「お兄さん、どこから来たんだい」
その店員の『お姐さん』はかなりお年を召されているようだが、割烹着姿はキマっており風格があった。ただ、カウンター奥の厨房にある丸イスに座ってばかりで、ほとんど仕事らしい仕事はしていなかった。そんなお姐さんが突然、丸イスから腰をあげると真っ直ぐ私のところへ来て声をかけてきたのだ。
なぜ私に……? と多少面食らったが、とにくかくそんなご老体がわざわざ来て話しかけてくれたのだからと、それに快く答えた。
「住んでるのは東京ですけど、出身は秋田です」
「へぇそうかい、アタシもね、秋田なんだよ」
店名から察するに何かしら秋田との縁があるのだろうと思っていたが、偶然にもこのお姐さんがその縁のひとりだったのだ。横手市だったか角館市だったか、何年も前のことで詳しい出身地は失念してしまったが、私が秋田出身だと知ると、それこそ仕事そっちのけになって秋田の話をしてきた。私もこんなところで秋田人に出逢えたことが嬉しかった。
「お姐さん、ここ何がおいしいですか?」
「ニラのおひたしがおいしいよ」
「お、懐かしいなぁ。じゃあ、それください」
「ちょっと待っててね」
店は大繁盛で満席。その喧騒の中でもお姐さんと私は、古カウンターに肘を乗せ故郷の話に花を咲かせる。大都会東京の酒場に、秋田人2人だけの世界がなんとも不思議で心地よかった。
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「おまたせしました」
『ニラのおひたし』
──あの時、お姐さんに勧められたニラのおひたしをまた注文した。醤油をたっぷりかけてシャキリとした歯ざわりを愉しむ──ウマい、そして実家で食べるものと同じ味だ。実家の祖母がよく作って出してくれたのだが、これに生卵の黄身だけを乗せても食べていた。自分で作ってみようと何度となく作ってみたが、なぜか上手くいかない。祖母に作り方を教えてもらおうにも、祖母は痴呆症『レベル3』で、すでに私の名前すら覚えていないかもしれない。私にとって、ここでしか食べることができない貴重な郷土料理になってしまったのだ。
「ありがとうございました~」
会計を済ませたあと、久しぶりにあのお姐さんの様子を伺おうと厨房を覗いてみた。
お姐さんはいなかった。
丸イスもなくなっていた。
今日は休みなのか、それとも引退されたのか……厨房の中はぼんやりと、まるで淡い思い出のようにやきとんを焼く煙でいっぱいになっている。
次に来る時はいるだろうか。
……いや、もしかするとあのお姐さんも丸イスも〝まぼろし〟だったのかもしれないと、
また、郷愁して東京タワーを見上げるのだ。
秋田屋(あきたや)
住所: | 東京都港区浜松町2-1-2 |
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TEL: | 03-3432-0020 |
営業時間: | [月~金] 15:30~21:00 [土] 15:30~20:30 |
定休日: | 日曜・祝日・第3土曜 |