平和島「信濃路」酒場日本史A(2時限目)
キーンコーン、カーンコーン
ハイハイ、席ついてー。
こら、お前は机に座るんじゃない、角打ちじゃねえんだぞ!
いいかー、じゃあ『酒場日本史』始めるぞ。前回に引き続いてだな、もう一度教科書の5ページ、《まえがき》を復習するぞ。じゃあ山本、〝日本の酒場には……〟のあとから読んでみろ。
『日本の酒場には、主におよそ五百通りの──』
……うむ、
『古代ルネサンス建築は、酒場建築からの影響が強く──』
……うむ、
『──は、酒場の象徴として定めたられた。』
はい、そこまで。
ここね。酒場日本史を学んでいく上で、非常に大切なことが書かれている。また今回も言うぞ、要するにだ……
『閉店』してしまったからといって、忘れてはならない
『閉店』したからこそ、未来に残さなければならない
こういうことだ。世にある名店と言われる酒場は、老舗になるほど建物の老朽化、後継者問題なんかがあって、止むに止まれず店を畳むことがよくある。2020年から始まった流行病も、酒場界に大打撃を与えたという悲惨な歴史のひとつになってしまった。
しかし、『名店』はどうあっても『名店』だ。無くなってしまっても、その歴史を後世に残していく必要がある。それが酒場日本史だ。
よし、じゃあこの前からの続き、20ページの『酒呑みからみた食堂』から。
■酒呑みからみた食堂
一般的に食堂とは、食事をする場所である。広義では蕎麦屋、うどん屋、町中華なども含むみ、酒呑み達からすれば、これらは立派な酒場となる。その理由として、午前中から営業している店舗が多く、その上、食堂であるため酒のアテとなる料理が豊富であること──。この通り、中にはメインが立ち食い蕎麦屋だが、百以上の酒のアテを出すようになった有名な食堂もある。それが次のページだ。
平和島「信濃路」
■沿革
京浜急行『平和島駅』を出て数秒という立地と〝旨い 安い 早い〟をキャッチフレーズに、蒲田本店と同様、創業から約五十年もの間を営業。早朝から深夜までの営業時間と、近くには競艇場と倉庫が立ち並ぶため、特にギャンブル愛好者や深夜勤務の労働者に愛される酒場であった。──なるほど、地域性に合った食堂だったことが分かる。
■外観(図1)
図1に注目してくれ。これはいい外観だなァ。赤白縞模様のテントがいい味を醸し出している。左の入り口は食堂専門、右の入り口は蕎麦うどんの立ち食い専門といったところか。……ん、なんだ小林、質問か?
看板にある〝旨い 安い 早い〟は分かるけど、〝日本酒・ビール・サワー・定食〟にの〝定食〟は変じゃないかって……? バカヤロ、〝日本酒・ビール・サワー〟だけだったらただの飲み屋になるだろうが。ちゃんと〝定食〟を入れるところが食堂の看板として正解になるんだ。
■内観
食堂側は奥まで長細く、立ち食い側と共有しているコの字カウンターと奥にはテーブル席が数台ある。スポンジが飛び出した丸イス、タイル張りの床なんて、今時なかなかお目にかかれないぞ。
諸君らも分かっているとは思うが、席に着いたらどうする? そうだ、まず酒を頼むな。でも、今回は食堂だ。食堂の酒といったらなんだ……北川、答えてみろ。
■酒
そう、正解だ。食堂飲りでは、まず瓶ビールである『633』を頼むこと。キンチンに冷えた瓶の首根っこを握って、コップにドビドビと手酌だ。必ずカーッと一気に飲み干すこと。これは〝食堂で飲らせていただくこと〟への敬意と儀式だ。次、料理の頁。
■料理
食堂にある料理の種類は膨大であり(注釈1)、和洋中はもちろん、飯物をはじめ、麺、中には寿司やウナギなどの専門料理を提供する店もある。特筆すべきは、どれも大変安価であること。そのため客層も幅広く、若年層から子連れ家族、老夫婦まで幅広い。──つまり、酒場としてのハードルは低く、渋い大衆酒場なら入りづらくても、渋い大衆食堂なら割と入りやすいということだな。いくつか料理をピックアップしよう。
『まぐろブツ』
どこの食堂にも、ほぼレギュラーメンバーで登場するのがこいつだ。概して凍っていることが多いので、醬油をサッとかけて溶かしてやる。ある程度溶けたら、小皿にワサビを醤油で溶いたやつへ豪快に潜らせてパクリよ。腹ペコさんだったら、食堂らしく白米と合わせてもいい。
『ネギチャーシュー』
大盛りのネギがすばらしい。こういったガツンとくる料理が多いのも、食堂飲りの魅力だ、鈴木ぃ、想像してみろ? このドッチャリしたチャーシューでビールなんて最高だろうよ。
『肉じゃが』
普通の一杯飲み屋に、こいつは中々ないぞ。食堂料理のモットーは〝母ちゃんの味〟だ。主役のジャガイモは、汁に湿ったところを箸でポコリと割る。そのまま湯気ごとかぶり付くと、甘じょっぱい懐かしい味がグッとくる。そこへキューっと、ビールを流し込んでやる。これをひとまとめでいうと……高橋、答えてみろ。
そうだ、〝食堂で飲る〟ってことなんだ。
注釈1
ここで、前述にあった注釈1のグラフを見てくれ。地球の男女およそ2億人のアンケートによる〝好きな食堂メニュー〟を人気順に10項目のグラフだ。五千万票のぶっちぎり、やっぱり『ハムエッグ』は強いね。
ランクインはしていないが、この信濃路は最近まで都内に四店舗あって、そこに必ず『厚揚げカレーかけ』という人気メニューがあってな。
そういえば……一日で全店舗の厚揚げカレーかけを食べて周るというアホなことをしていた連中もいたらしい。
まぁ、それほどこの店は、人々から愛されていたということだ。そして、最後の頁。
■閉店
2021年9月20日に閉店。具体的な理由は明記されてはいないが、約五十年の歴史に幕を下ろす。──うむ、都心とは言えない街の駅前とはいえども、この年月をやっていくとなると、大変な苦労だったろう。店と客と特異な地域性、これが一体となってこの酒場が在り続けたということだ。
同じく、大森店も2020年に閉店しているが、本店の蒲田店と鶯谷店は変わらず営業している。蒲田店は独特な大衆感があって、そんなのが好きな人間ならかなり落ち着いて飲れるはずだ。鶯谷店は元が立ち蕎麦とは思えない程の大箱だ。諸君らがこの学校を卒業する時には、全員揃ってここで打ち上げしたいと思っている。
だから、しっかり飲んで勉強すること。
キーンコーン、カーンコーン
ふむ、キリよく時間だ。あーそうそう、コロナのせいで随分授業が遅れたからな。次回までに各自で食堂を最低30軒回って、そのレポートを提出するように。
「ウソーッ!?」じゃねぇよ、さっさと飲みに行ってこーい。
では、また次の授業で。
平和島「信濃路」(197?年 – 2021年9月20日)
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信濃路(しなのじ)
住所: | 東京都大田区大森北6-27-5 |
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