恋ヶ窪「六左衛門」リアル古民家で釜めしをカッカッカッ!ビールをグビビビッ!
神楽坂にある酒場『カド』に魅せられてから、〝リアル古民家〟で飲ることに嵌っている。〝リアル〟が付くのは、よくある〝古民家風〟みたいな、どこかお洒落に着飾ったアレとは違うからだ。実際に何十年も前から民家として住んでいた建物でなくてはならないのだ。柱や壁、天井の低さや漂う香り……民家として当時の温もりや気配を感じる中で飲るのが、心から楽しい。
まぁ、そんな建物で酒を飲ませてくれるところは僅少で、前述のカドをはじめ、移り変わりの激しい都会で見つけるのは特に難しい。理想をいえば、小金井にある『江戸東京たてもの園』という東京中の建物を移築復元した野外博物館で飲ることだ。そもそも、ここの存在があったからこそ、リアル古民家に興味を持ったのだ。というか一呑兵衛であれば、是非ともそんなリアル古民家で飲ることを強く勧めたい。
そんな古民家愛が溢れそうになっている頃、一軒の酒場をネットで発見した。場所は東京西部の『恋ヶ窪』だ。
何だか乙女チックな地名だが、かつてここは湧き水が出るくぼ地で、鯉を使った料理が評判だったらしく〝鯉ヶ窪〟となり、それが訛って恋ヶ窪になったとか。なかなか洒落たネーミングセンスだ。
その目的の酒場だが、陸の孤島とまではいかないけれど、駅からはかなり遠い。遠いこと自体まったく問題ない、ただ歩けばいいだけの話だ。問題なのは、私が〝方向音痴〟だということだ。この日も、とにかく迷いに迷った。人生だって、今までこんなに迷うことはなかった。駅を出た頃はまだ明るかったのに、気が付けば辺りは真っ暗だった。
ただ酒場に行きたいだけなのに、畑に囲まれた農道のようなところを歩かされている。駅を出てグーグルマップの案内通りに進んでいたはず……。もうね、なんでいつもこんなに迷うのかと嫌気がさしてくるが、とにかく酒場に向かって進むしかない。クタクタの足を引きずること、さらに15分。目の前に、暖簾を灯すの建物が見えた。
出たっ、『六左衛門』だ! あーよかった……て、なんちゅう素敵な店構えだ! まず、門から間口までのアプローチがいい。よく剪定された庭と石畳の道、店先の灯りが木々の影を辺りに映し出している……なんとも雅である。
大きな平屋は、屋根や外壁どれをとっても文句なしの〝リアル古民家〟然としている。方向音痴の疲れは何処へやら、しばらくその佇まいに見とれてから、拝むように暖簾を割った。
「いらっしゃいませー」
うわっ……すすすっげー! 店に入るや否や、おそらく土間だった場所に焼き場とカウンター席がある。この時点でもう百点満点だが、さらに土間から上がるとさらに衝撃的な光景が待っていた。
くぅぅぅぅっ何じゃここはぁぁぁぁ!! 十数畳はあるだろうか、広い畳部屋に高い天井。梁の一本一本に歴史が滲み出ている。そして障子襖の外側には長い縁側があり、
その反対側には、古民家ならではの細い廊下が伸びている。
これが築70余年の古民家ですと?……いや、もうね、完璧だ。私の思い描くリアル古民家でしかない。しかも……えっ、うそ、ここで飲れちゃうの? マジで最高じゃねぇかよ……酒座はもちろん、一番奥の特等席だ、ひゃっほーい!
〝祝杯〟ともいってもいい、まずは瓶ビールから始めよう。こんなところだと、ただグラスにビールを注ぐだけでも嬉しくなる。
ツイッ……ツイッ……ツイー……、カ────ッ、うれしいおいしい! 目の前に酒、横には廊下、背には畳の大部屋──なんかいい、この自分のポジション、なんかいい。あー、料理いっちゃおっと。
メニューを見て飛び込んできた『ゲソのから揚げ』。いや、これが正解でした。この酒場にピッタリな器に、こんがりと狐色の見るからにカラリと揚がったゲソ。カットレモンをさっと振り回し、箸を挿れる。
ふわっとした口当たりのあとに、プリブリとしたゲソの食感がたまらない。古民家でなぜかゲソの唐揚げとういうのが面白い気もする。
築70余年、そして約40年前から『釜めし』と『串焼き』の店として営ってきたというこの店。それらを頂かない手はない。
おほっ、ホタテと肉詰めピーマンの『串焼き』が焼き上がりましたよ。焼き加減を見ただけで、すでにウマいと解る。
少し表面を焦がしたホタテは香ばしさを放ち、串を持てばズシリと重い。ブリンブリンと豪快な食感とホタテの濃厚な旨味がすばらしい。肉詰めピーマンは、これでもかとピーマンに肉がみっちりと詰められ、咥えるだけで極旨の肉汁が口の中に滴ってくる。ピーマンのしんなり具合もちょうどいい。大好物なので、二本頼んでよかった。
そしてもうひとつの看板メニューが、目の前にストン。正直、『釜めし』なんていつ食べたか思い出せないくらい疎遠だ。とりあえずは釜蓋の内側から、まだかまだかと湯気が吹き上がってきそうである。ゴクリ……開けてみよう。
ブォワァァァァ……
おおっ、これは……
ひゃー、なんということでしょう! 牡蠣ですよ、牡蠣。牡蠣の釜めしでござんすよ。まぁ、自分で頼んだのだが……匂うだけでもおいしい旨味の湯気、香ばしい醤油に混ざる、慎ましくも存在感のあるシイタケの香りが、思っていた100倍ソソる。
そいつにしゃもじを突っ込んで、
ぐるるんっ!
でんぐり返す!
まーだまだ、いくぞ!
でんぐり返す度に、牡蠣、シイタケ、三つ葉などの色々な香りが交じり合い、その度にヨダレが滴りそうになる──よし、時は来た。仕上がった釜めしに箸をズッと挿れると、箸先に手応えあり。これはひょっとして……
米粒の中から、大粒の牡蠣を発見。香りが……でんぐり効果で香りが強い! えいっと食らいつくと……うんまぁぁぁぁいぃぃぃぃっ!! 口いっぱいに牡蠣エキスが満たされ、飲み込みたくない。そこへ醤油を吸ったメシを釜のまま「カッカッカッ!」と掻っ込む。おこげの香ばしい歯触りが甚だおいしい。それからグラスにビールをつぎ足し、「グビビビッ!」と飲み干すと溜め息をついた。
釜めしって、こんなにウマかったのか……
「わぁ! ジジとババのお家みたーい!」
「ほんとだねー」
口元に米粒を付けながら釜めしに浸っていると、廊下を挟んだ向かいの個室に小さい子を連れた親子客が入ってきた。都会のマンション暮らしなのか〝畳はいいね〟と寛ぐ親子の様子も、このリアル古民家にはよく合っていた。
夢のような時間だ……いや、夢であっては困る。この先何度もここへ来て飲りたいのだ。しかし、方向音痴がなぁ……また明日、ここへ来いと言われてもすんなり来れる自信がない。いっそのこと、恋ヶ窪に住むっていうのもアリか。いや、そもそもこの後、無事に家に帰れるのだろうか──
ドタドタと子供が廊下を走る音を聴き、天井の煤けた梁を見上げながら、リアル古民家の夢のような夜は更けていくのだった。
六左衛門(ろくざえもん)
住所: | 東京都国分寺市並木町2-5-2 |
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TEL: | 042-324-9567 |
営業時間: | [月~水・金〜日] 11:30~15:00×17:00~22:00 |
定休日: | 木曜日 |