中野富士見町のもつ焼き屋が魅せる、味、人、雰囲気の三位一体
酒場というものに対する〝評価〟とは人それぞれである。大まかに〝味〟と〝人〟と〝雰囲気〟の三つに分類されると私は思っているが、人によって評価するポイントが違うのだ。ほとんどの人は〝味〟に少なからずこだわるだろうし、とにかく店の佇まいを含めた〝雰囲気〟を愉しむ人の気持ちも解る。あとは、そこで働くマスターや女将さんの〝人〟柄に惚れ込んで、何十年も通う黒帯先輩にも憧れてしまう。なんにせよ、どれに重きを置いても、すべて正解であることは間違いない。
ちなみに私はというと〝雰囲気〟がイチバン、しかも、ダントツのブッチギリでだ。理由は簡単、まず私は馬鹿舌なので、よっぽど不味い料理でない限り〝味〟についてはそこまでこだわらない。あとは〝人〟に関しても……いや、恥ずかしい話、こんな酒場サイトを運営っていながら、未だに行きつけのような酒場を持っておらず、店の人やそこに通う先輩らと交じり合うという楽しさを知らないのだ(どなたかご教授ください)
そうなると残りはひとつ、店の雰囲気になる。逆にいうと、これには相当こだわっている。外観の造りや店内のカウンターや装飾品など、ただ老舗だからとか、ただ店の作りが綺麗だとか、そんな簡単なことではない。その店の中から歴史が滲み出てくるような……そこでしか絶対に味わえない雰囲気というものを愉しんでいるのである。
まあ、〝味〟と〝人〟を軽んじている訳ではないのだが……
****
突然、おいしいやきとんが食べたいという衝動に駆られ、以前から気になっていた酒場へと向かった。新宿から方南町を西へ歩き続けること三十分。中野通りと交わる石標かの如く現れたのが『もつ焼き山本』だ。
ホッフー! いいですねぇ、このオレンジとイエローのグラデーションが効いた看板。〝もつ焼き〟という言葉のイメージカラーそのままだ。無造作に置かれた店先のビールケース、のっぺらぼうの赤ちょうちんと黄色の暖簾……いい意味でチカラを入れていない、このさりげない外観がまたいいんですよ。素早く、中へと入ろう。
「いらっしゃいませ~!」
扉を開けた瞬間、ワッと賑やかさの衝撃波が襲ってくる。長細い店内は、カウンターが7,8席ほどと、奥に小上がりが2卓の小さな間取り。ただ、カウンターは既に満席で、マスターや女将さんらを含んだ先輩たちで大いに盛り上がっている。カウンターの背面にはビッシリとボトルキープが並ぶ。ボトルキープの数が、酒場の評価値といってもいい。なるほど、ここは『人』を重んじる酒場のようだ。唯一、空いていた奥の小上がりに酒座を決め、まずは酒からはじめよう。
いつもの相棒『ホッピー』だが、今夜は完成品タイプ。カットレモンを沈ませてくれるところがうれしい。
ごっくん……ごくんっ……ごくんっ……、いいねぇ、いいですよ、瓶なし出来上がりタイプ。〝人に作ってもらったホッピーはおいしく感じる〟というジンクスがあるが、まさしくその通り。
そのホッピーと共にやってきたお通しは、新宿『番番』や溝の口『ほさかや』系の『キャベツ漬』だ。
こいつを突き出してくる酒場は料理がおいしいというジンクスもある。手始めに『煮込み』をいただこう。
これがね……衝撃的なウマさ! 正直、見た目はどこにでもあるフツーの煮込みなのだが、とにかく豚モツが柔らかいのだ。じゅわっと舌に染み込むように溶け、白みそのスープが上品に口中に広がっていくのが分かる。
ちょっと冷めてもおいしさは変わらず、豚モツ煮込みでは間違いなく今までで一番おいしいと断言できる。
続けてやってきた『タン・ハツ刺盛』もお見事だ。この冷製系の肉刺というのは、はっきり言えば当たり外れがある。これは完全に当たり、大当たり。
タンはサクッとした歯触りが心地よく、ハツはしっとりとした口当たり。外れの肉刺はモソモソして味もパッとしないが、これはどちらも肉の旨味が完全に活きている。うーん、これは素晴らしい、マイッタ。
料理のウマさに盛り上がっているが、カウンターの方も相変わらず大盛り上がり。半分の常連客はずっと笑顔、もう半分はちょっと飲ってから満足した顔で帰り、それと入れ替えにまた新しい客が入る。これの繰り返しで、たいへん理想的な店の回り方だ。
店の看板料理の『もつ焼き』が仕上がった。レバ、タン、カシラ、ハツ……全んぶタレ。茶色繋がりでシイタケも仲良く焼いてもらった。
最初に抜く串はレバと決まっている。ムッチムチのボディから新鮮サクサク食感のウマさよ。分厚くてコリシコのタン、「ジューシュィィィィ!」と叫びたくなるほどの肉汁ダビダビのカシラとハツ。
シイタケ……君もこんなにおいしい連中と一緒に焼いてもらって、なんとも香しく仕上がっているね。
先ほどの肉刺が忘れられず「この店ならば……」と、普段あまり頼まない『センマイ刺』を頼んだ。まず、見た目が美しい。品の良いシルバーグレーで、肉刺なのにうっかり見惚れてしまう。
辛味噌を付けて食べると、コリザリといい音を鳴らすじゃないか。処理がしっかりしているのだろう、こうまで味が違うのかと感心する逸品だ。
出てくる料理、すべての料理のクオリティが高い。いや、私は馬鹿舌かもしれないが、ここの料理の〝味〟は間違いない。
「マスター、瓶ビールもう一本!」
「ごめんね、後ろ通りますよ~」
「あっはっはっ!」
そして、終始〝人〟で賑やかなカウンター。それこそこの酒場にしかない、家族的というか、滲み出てくるような〝雰囲気〟に包まれている。
酒場は雰囲気だけでいいなんて言って、私はなんて愚かだったのだろうか。〝人〟も〝味〟も〝雰囲気〟も、どれかひとつでもあれば、必然的に残りの二つも付いてくる。きっと、それが評価がされるという酒場なのかもしれない。
「ごちそうさまでした」
「ありがとうございました~!」
次はカウンターに座って、お仲間に入れてもらえるかな。
もつ焼き山本(もつやき やまもと)
住所: | 東京都中野区弥生町4-25-1 |
---|---|
TEL: | 03-3381-8557 |
営業時間: | 17:30~23:00 |
定休日: | 日曜日 |