王子「半平」されどハジることなかれ!酒場予測とその的中率
酒場ナビ的なことを何年かしていると、酒場に対して一種の『閃き』のようなものが身についてくる。
〝おっと、この暖簾は……〟
〝やはり、おばちゃんがワンオペ系ね〟
〝むむ……お通しがこのレベルであれば……〟
〝ほうら、刺身がうまい!〟
それは一種の〝予測〟のようなもので、知らない酒場でも入る前から《酒場予測》ができてしまうのだが、それはそれでトキメキがなく、ある意味〝酒場不幸〟だったりもする。酒場めぐりを始めた頃は右も左もわからず、毎回がドキドキワクワクの連続だったのに……
酒場ナビを読むマニアックな呑み助であれば、少なからず同じ事を思ったことはないだろうか?
『半平(はんぺい)』
初めて訪れたこの酒場もそうだった。
じゅらくレストラン風、提灯の配置、店先から漂う〝創業昭和22年〟という老舗の香り、そして名物が『玉子焼き』……か。
〝近くの『山田屋』ほど古すぎず、よく磨いた店内であろう〟
〝広めの店内は、迷路のような造りであろう〟
〝熟年お運び女性が、自由に店を仕切っているのであろう〟
〝昼は定食を出しつつ、酒もしっかりと出すのであろう〟
──そんな酒場なんだろうなぁ……あっ!!
まただ、また予測だ……いや、これはもはや病気だな。店に入る前に、ざっと店構えを見て数十秒の間に、ここまで《酒場予測》をしてしまう、悲しき《サカバー》の性なのだ。
とはいえ、ここまで予測をしてしまったのだから、一応中へ入って確かめなければ……
と、その時……
「う~ん、どれにしようかしら?」
「そうねぇ、迷うわねぇ」
店先にあるメニューを見ながら、なにやら悩んでいるマダム2人組。どうやら、はじめてこの店に来るようで(私もだが)、注文する料理を決めかねていた。
先ほど玉子焼きが名物だという情報を予測中に知り得ていた私は、余裕の表情でそのマダムらへ言った。
「この店、玉子焼きが名物ですよ」
「へぇ~そうなの? それいいわね」
「じゃあ、玉子焼きの定食にしようかしら」
フフフ……良いことをした。まぁ、《酒場予測》さえ出来る程のサカバーとしては当然の行為である。マダムらのお礼の言葉を背に、私は得意満面と暖簾を潜った。
「いらっしゃいませ」
おぉ……やはりこの雰囲気。古いといえば古いが、近くの『山田屋』ほど歴史的価値を感じる訳ではない。だが、日々しっかりと磨き上げられたテーブル、柱、床が良い味を出している。
うーむ、店内の様子も予測通りだ。
レジを中心に通路が囲い、その周りにテーブル、座敷などの席が配置されている、まさに『迷路系』だ。迷った上で、奥のテーブル席へ酒座を決めた。その隣席には、先ほどのマダムらも座った。
「何にしますか?」
おっと、エプロンの似合うお運び女性の登場だ。そうそう、こういう酒場でのお運び女性は、自宅から持ってきたであろう自前のエプロンをそれぞれ着用しているんだよなぁ。
わッ!! やはりか!! 四方の壁にはしっかりと酒の誘い──そうだよなぁ~やっぱり昼からでもしっかりと酒が飲めちゃうんだよ、こういう店はね。
『酎ハイ』
予測的中にカンパイ! そしてこの昼過ぎの人が疎らな時合で、ゆっくりと飲む酒のウマさよ……雰囲気だけで酒のつまになってしまうが、つまみを頼まないわけにはいかないのでメニューを広げる。
定食もウマそうではあるが、腹がすぐ膨れるからなぁ……やはり、ここでは隣席のマダムらにも勧めた例の名物料理を注文する。
『豚太刀』
これもここの名物のひとつ。まるで鰻串の『くりから焼き』のように豚肉をぐるぐると串へ巻き、その上から見るからに濃厚そうなタレがたっぷりと塗られている。
それを、先が豚の蹄のようになっている器具でそぎ取り、そのまま口の中へ入れる──甘辛くて香ばしいタレと肉汁たっぷりの豚肉との相性が抜群である。
『玉子焼き』
ほわんと玉子焼きのまったりとした湯気の香りが食欲を誘う。まずは何も付けずにそのまま口へ。すると、ほわっほわの口当たりとふんわり食感が口内を襲い、そのまま溶けながらゴクリと口福へ。
続けて大根おろしに醤油をチョン、そいつを玉子に乗せてパクリ……甘さが一層引き立つ別の料理へと変化する。この甘さはもはや上品な『洋菓子』の様で、その存在感は店の〝名物〟と言わざるを得ない。
と、ここでまた《酒場予測》が始まる。
なぜ〝玉子焼き〟をこの店の名物としているのか……?
これは、もう……簡単なことでしょう、いや、この予測は簡単過ぎる。
その予測とは、これだ。
玉子、
玉子、
王子、
王子、
──そう、ここは『王子駅』である。
フフフ、漢字を使った洒落というやつだな。
王子駅の目と鼻の先にあるこの店は、〝王子〟に因んで〝玉子〟を名物にしたのだろう。まぁ、地域密着の店では、地名や近くの名所をもじって料理名にするという、よくあることなのだ。
間違いなく、この《酒場予測》も的中だと思うのだが、こればかりは店の人間に確認するしかない……いや、洒落を確認するのは失礼か? ……でも、一応訊いておくかぁ。
「あの、すいませ~ん」
ちょうど、通りかかったお運び女性を呼び止めた。そして、
「玉子焼きを名物にしてるのって、玉子と王子の洒落ですよねぇ?(笑)」
と、指で顎のヒゲを摩りながら、腹立たしいくらい得意気な表情で訊いたのだ。
この後のことだって予測できる。きっと、
〝そうなのよぉ、おかしいでしょ? ウフフ〟
と、2人で笑い合ったりしちゃ──
「さぁ……どうなのかしら?」
「へッ!? いやいや、漢字の玉子と王子で……」
「う~ん……違うんじゃない?」
……酔いのせいではない、顔がみるみる紅潮していく感覚がわかった。これは《酒場予測》がハズれたなどではない、ただ自信過剰な男がハジをかいただけなのだ。
私は「どうも……」とだけお運び女性に告げると、逃げるように席を立……
よく見ると、
この玉子焼きを勧めた隣席のマダムらは、『うなぎ定食』を食べていた。
半平(はんぺい)
住所: | 東京都北区王子1-9-2 |
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TEL: | 03-3911-4476 |
営業時間: | 11:00~23:00 |
定休日: | 不定休 |