四条大宮「庶民」おとなの修学旅行 氷解編
──京都と言えば、
古都、名刹、美酒、京懐石、そして京美人……日本を代表する観光地のイメージは枚挙に遑がないのだが、奈良と同じく、今までで訪れたのは高校の修学旅行で行った一度きりである。
思い出せることと言えば、修学旅行中の食事が辛かったことだ。何が辛かったのかと言うと、その〝味の薄さ〟である。塩分摂取量が全国トップクラスの秋田県出身の私は、当時『出汁の美学』など皆無であり、出される料理の絶妙な味付けをことごとく「薄い!」のひと言でぶった斬り、「濃い味こそ正義!」と醤油をドバドバとかけて旅行中を過ごしたのだ。
「んだ、京都さ行ぐだ」
それから20年が過ぎ、ついに京都のセカンドバージンを破る機会が訪れた。奈良の酒場で酒場ナビメンバーのイカと呑んだ夜に、京都の酒場へ行こうという話になったのだ。イカは関西在住歴が長かった為か、京都の酒場に関してもそれなりに詳しいようだった。
「20年ぶりの京都だからね、ぜひ京都らしい料理で呑んでみたいな」
「どんながええのんどすえ?」
心なしかイカも京都弁に変わり、それが頼もしさに感じる。修学旅行の時は〝薄味〟に惨敗していたので、今こそ京料理を存分に堪能してみたいのだ。
「上品な〝揚げ物〟に〝お吸物〟、それと〝京寿司〟なんかで呑みたいねぇ」
「揚げと汁と寿司……よし! ワイに任せるどすえ!」
さすが〝酒場頼りがい〟のある男だ、ここはひとつ『大人の修学旅行』の引率者であるイカ先生に任せてみようではないか。
──次の日。
私たち2人は『四条大宮』という駅に降りていた。日頃からイカが蒐集している《酒場メモ》に拠ると、この駅に私の希望をすべて叶えてくれる酒場があるというのだ。
まずは駅名にもあるように、〝○条〟という名前が京都らしく上品でいい。『四条大宮』……なんと雅な駅名だ。割烹や小料理、たまにはちょっと奮発して懐石なんてのも悪くない。果たしてどんな酒場が待っているのだろうか。
「ここやでぇ!!」
「おお、ここか! ……あらっ!?」
『庶民』
「ちょっと先生……〝立ち呑み〟って書いてるが、ここで間違いないのか?」
「間違いないで! 立ち呑みや!」
「……〝公家〟ではなく、〝庶民〟と書いているが、ここで間違いないのか?」
「間違いないで! 庶民や!」
もしやこの先生、昨夜言った私の希望をちゃんと聞いていなかったのか? 私は上品な揚げ物にお吸物、それと京寿司を希望したはずだったのだが……
「ほな、入るでぇ!」
「お、おう……」
……いや待て、曲がりなりにも『酒場ナビ』の看板を背負っている男だ。実は店主が京都の名料亭で修行を積んだ経験があるとか、東京の『かねます』や『徳多和良』のように、立ち飲みだけど〝ハイクオリティ系〟の立ち飲み屋なのかもしれない。
ともかく、いつも通りに《暖簾引き》を済ませ、〝人生初〟の京都酒場へと足を踏み入れたのだ。
「っらっしゃいませ!」
細長い店内には、立ち飲みカウンターとテーブルが数卓、そこにはまだ平日の午前中だというのに酔客らでごった返している。無論、「おこしやす」などというはんなり京都弁では迎えられることはなかったので、私たちは客を掻い潜り、空いていた立ち飲みテーブル席に立った。
「ちょっとお客はんすんまへん、こちら瓶ビールとチューハイです!」
注文した酒が、客でひしめくカウンターのわずかな隙間から渡される。《酒ゴング》の音色は、清水寺の打つ鐘の音とはいかないが、中瓶300円、チューハイ200円という安さに、心の方は打たれた。
しかし、えらい込み具合だ……まぁ、希望した料理が食べられさえすればいいのだが──なにやらイカが店員さんに注文をして、間もなく……
「来たで来たでぇ! まずは上品な〝揚げ物〟からや!!」
『アジフライ』
……って、ただのアジフライじゃねーか!! だがしかし……これがウマい!! 見た目はどこにでもあるアジフライなのだが、アジそのものの質が非常に高く、からりと揚がった衣の中に、ふっくらとした〝上品〟な身の味わい──これはもう、ただの『大衆酒場の定番』ではない。
「見てみ味論!! これが京都の滋味深~い〝お吸物〟や!!」
『あさり汁』
いやいや、あさりの味噌汁だろ!! しかしこれも……実に丁寧に仕上げられた出汁と、ぷっくりと膨れたあさりの〝滋味深い〟味わいが見事に合う。高校生の私は、この味噌汁みたいな逸品を〝味が薄い〟なんて言っていたのだろうか……
「出たっ!! なんちゅう〝豪華〟な寿司や!!」
『寿司(4種)』
わー!? なんちゅうネタのデカイ寿司なんだ!? 「こんなガサツな京寿司があるか!」と思いきや、同値段の下手な寿司なんかは話にならないほどネタは新鮮極まりない……!!
マグロ、サーモン、ハマチのブ厚くキッツケられたプリプリの身のウマもさることながら……
何十センチあるんだ!?
特にこの〝豪華〟なアナゴは、大きさ以外にも煮方やツメの処理が本場江戸前に負けず劣らずの仕事ぶり……これが立ち飲み屋のクオリティとは到底理解し難い。
こ、この酒場は一体……
「あ~、やっぱ京都の酒場はええなぁ~」
「……」
よく思い出せ──
私の希望していたのは、雅やかな〝京料理〟だ。
それが、
上品な揚げ物は『アジフライ』になり、
滋味深いお吸い物は『あさり汁』になり、
豪華な京寿司は『デカ寿司』になり、
そして、高雅な京都のイメージを微塵も感じさせない〝庶民〟という立ち飲み屋になっていたのだ……
「どや、お前の希望すべて叶ったやろ?」
私の希望が〝すべて叶った〟……だって?
──この男、なんてヤツだ……!!
ング……ング……
カンッ!!
私は酎ハイを一気に飲み干し、勢いよくジョッキをテーブルに置くと、言ってやった。
「最高の京都の思い出を……ありがとう!!」
関連記事
庶民(しょみん)
住所: | 京都府京都市下京区四条大宮町18-6 |
---|---|
営業時間: | 11:00~23:00 |
定休日: | 水曜日 |