三条「赤垣屋」おとなの修学旅行 探求編
『酒場めぐり』が趣味であるという読者はかなり多いとは思うのだが、その本質にあるのは酒場へ対する執念ともいえる《探求心》ではないだろうか。本やテレビ、最近ではSNSなどでいい酒場を見つけると、
うはっ! いい店構えしてるな~
店の中も気になるぞ?
てか、この店どこにあるんだ?
料理、あと酎ハイの値段は?
えっ!? もしかして立ち飲み!?
あ──、行ってみたい……!!
と、こうなる。
きっと酒場めぐり好きの呑み助なら、そんな酒場をスマホのメモ帳にでもストックしては、想いを募らせているに違いない。
そんな私も、もちろんその一党である。
『大人の修学旅行』と称して、酒場ナビメンバーのイカと2人で、京都と奈良へ酒場めぐりをしており、道中に私とイカがどうしても行ってみたい酒場が一軒あったのだが、その酒場を紹介する前に、そこへ行こうと思うきっかけとなった人物がいる。
『太田和彦』
主に全国の酒場めぐり題材としたライター作家なのだが、私が太田和彦のことを知ることになったのは、かく言うイカである。イカは《シュンデルマツモト》と共に〝酒場の師匠〟と仰ぎ、これまでに散々私にその惚れ具合を、まるで布教活動かのように伝えてきた。
あまりに太田和彦を勧めてくるものだから、ある時、私も著書である《居酒屋歳時記》という本を買って読んでみたのだ。
──おもしろい。
普段はまったく本を読まない私でも読みやすく、全国にある名酒場の風景を独特の目線で書いている。それから私は「太田和彦の飲み方がもっと知りたい」という《探求心》から、彼の出している著書にどっぷり嵌ることとなった。
「京都に、太田さんが行きつけの酒場があるんや」
そんなことをイカから訊き、さっそくその酒場をインターネットで調べてみるとあるブログに逢着した。その記事にも〝太田和彦のご用達〟とあり、記事の最後にはそのブログの著者が参考にしたという書籍を紹介していたので、私は《探求心》からすぐにAmazonで購入した。
《ひとり飲む、京都》
〝京都に来るとはすなわちこの店に来ること〟
彼は、作中でこれを完全に言い切っていた。地元や知り合いの店でもないのに、ここまで言い切れる酒場など、私では思いつかない。一体、そこはどんな酒場なんだろうか……
こうして、酒場への《探求心》が始まったのだ。
****
『赤垣屋』
そう、この酒場こそが太田和彦の行きつけである『赤垣屋』だ。
三条駅から鴨川沿いを歩いて5分ほどのところに、その〝聖地〟はあり、闇にぼうっと浮かぶ〝赤垣屋〟とネオンで光る文字は、一瞬おしゃれなBARのようにもみえるが、〝ここが京都の鴨川〟というだけで雅やかに見えてしまう不思議さがある。
「太田さん、よろしくお願いします……!!」
ドキドキと縄暖簾を割り、引き戸を開けて中へと入った。
「いらっしゃいませ」
〝混む〟とは聞いていいが、しかしとんでもない混みようだった。これはちょっと待たないといけないな……と、思いきや、カウンターの丁度中腹にある2席がちょうど空き、「こちらへどうぞ」と待たずに座ることが出来たのだ。この酒場運のよさ、《酒場の神様》ありがとう……いや、今夜は太田様、ありがとうございます。
畳の小上がりに大きなおでん槽、黒光りする天井に壁……ぜんぶ太田和彦の本に書いていた通りだ。既にあるこの達成感は、アニメの聖地に訪れたくなるというマニアの心理と同じなのだろう。
そんな酒場マニアの私たちは、さっそく瓶ビールを頼み《酒ゴング》を鳴らし、続けて料理を注文するのだが、ここはあえて太田和彦の著書にあった同じ料理は注文しない。なぜなら、新たな出会いこそが《探求心》の最もたるものであるからだ。
『きずし』
きずしとは東京でいう『しめ鯖』のこと。東京の酒場でもよく食べているが、ここのはひと味違う。まず、目に入るキッツケや盛り付け美しいこと。サクリとした歯応えに、じんわりと追ってくる絶妙な酢加減が、今なお舌が鮮明に記憶している。
『おでん(ロールキャベツ、じゃがいも)』
秋田から上京して、はじめて口にしたおでん種であるロールキャベツとじゃがいも。当時は珍しさとおいしさに、いたく感動したことを覚えているが、その時以上の感動があった。挽肉と野菜がぎっしりと詰まったロールキャベツ、ホクホクのじゃがいも、それらをしっとりと包み込む上品な出汁につんもりと載った九条ネギが、また新たなおでん種の出会いとして愉しませてくれる。
『湯葉』
イカと2人で食べた瞬間、思わず「なんだこれは!?」と発したのは、今まで食べたことがある湯葉のそれとは、まったくの別物であったからだ。私の知っている湯葉というのは、水でふやかしたベチャベチャのコピー用紙を畳んだものを醤油で食べる……アレだ。なんなら苦手な料理だったが、本場である京都の湯葉を食べてみて大正解。しっとり甘い豆乳の膜を刻み、それを粗めの大盛ワサビと旨味のある醤油で食べさせるという、〝これぞ本物の味〟としてしっかり堪能することが出来る逸品だ。湯葉が苦手な方、これを食わずして湯葉嫌いになってはいけない。
「冷酒」
「冷酒一丁、ありがとうございます!」
「かつお刺身」
「かつお刺身、ありがとうございます!」
常連の先輩方が〝ひと言〟だけつぶやくと、それに威勢よく店員が応える。太田和彦も、ぶっきら棒に「生」や「冷奴」などと注文していたが、それはプロの《サカバー》であるからこそ出来る芸当なのだ。私たちは、そんな彼らに少しでも近づきたいと一丁前に京都の地酒を注文した。もちろん、丁寧に。
『ツイー……』
『ツイー……』
思わず、太田和彦風の飲み方表現である『ツイー……』が出てしまう。
ウマい、
あぁ、居心地がいい。
ここが、太田先輩が行きつけの酒場か……
噂に違わぬ名酒場。《探求心》だけをあてに、ここまでやってきた甲斐があるというものだ。その《探求心》の末にあるもの、それは純然たる《酒場愛》だということを教えられた気がする。
そして、
この記事を読んだ誰かが《探求心》を抱き、引き継がれていくのかもしれないと想うと──
ツイー……
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赤垣屋(あかがきや)
住所: | 京都府京都市左京区孫橋町9 |
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TEL: | 075-751-1416 |
営業時間: | 17:00~23:00 |
定休日: | 日曜日&日曜日に続く祝日 |