松山「清香園」なぜか色々な動物が集まる不思議な酒場の正体
はじめての愛媛酒場では、『サービス精神』たっぷりの年配夫婦が切り盛りする『小判道場』、地元の話を詳しく教えてくれる女将さんの『みよし』、おしゃべり好きで埼玉出身のマスターがいる『太閤』など、とにかく観光酔客に優しい酒場ばかりであった。
愛媛童貞の呑兵衛にも、是非おすすめしたい酒場ばかりだったのだが、もうひとつだけ、どうしても紹介したい……いや、紹介しなければならない酒場があるのだ。
『清香園』
その酒場は、愛媛松山の繁華街『大街道』から少し外れた三番町に突如として現れた。看板や暖簾は綺麗だが、よく見ると建物自体はかなり古く、見た目だけでは営業しているのかがイマイチ判断できない。
いや、もしかしたらただの物置小屋なのかもしれない……。そんなことを思いながら店の入口に近づき、耳を澄ませてみると、薄っすらと蛍光灯の光が漏れ人の気配があった。どうやら営業しているようなので、私は暖簾を割ることにした。
「っらっしゃい」
左にテーブル、右にカウンターがありその中から白髪のまるで〝仙人〟のようなマスターひとりいた。いや、しかし……
なんという、迫力の店内だ。ボロボロの冷蔵庫、色褪せた壁には写真、ポスター、謎の肉塊……色々なものが所狭しとぶら下がっている。とにかく〝ゴチャゴチャ感〟が凄いのだ。店構えで思った物置小屋というのも、あながち間違ってはいないかもしれない。
恐る恐るカウンターの端へと座ると、マスターは『おしぼり』を目の前に置いてくれたのだが……
「はい、おしぼり」
うわっ、雑っ!! たまに店で洗って出すおしぼりはあるが、丸めたり畳んだりせずそのままで出すおしぼりは初めてだ。いや、不満を言っているのではなく、それでもおしぼりは出すというサービス精神に感銘しているのだ。
『瓶ビール』
まずは瓶ビールを注文すると、懐かしいグラスが出された。二十代の読者はまったく知らないと思うが、このグラスに描かれた『パピプペンギンズ』というキャラクターは、サントリーのCMで登場すると子供に大人気となった。しかし、偉い人らが「未成年の飲酒を助長しかねない」としてCMは打ち切り、その後そのペンギンはこうして古い飲み屋などでしか見ることはできなくなってしまった。
「ウチにもこのグラスあったな」と、思わぬ〝思い出酒〟で一気に飲み干す。続けて料理を注文する。
『もつ煮込み』
一般的な腸肉に加え、フワ、ハチノスなど様々な内臓部位をごった煮にした一品。それぞれがやわらかく煮込まれており、味付けも甘味が強めでおいしい、のだが……
なんだこのエプロンっ!? 私だけかもしれないが、マスターが着ているエプロンの模様と色按排が、一瞬〝内臓まる見え〟の様に見え、そのグロテスクさに少々箸が止まってしまう。本当に、何の模様なのか……
『シンサシ』
一見『タン塩』の様にも見えるそれは、心臓の刺身。コリシコの歯ざわりは、一緒に出された一味唐辛子とニンニクをごま油に溶いたタレと非常によく合う。これもウマいのだが、やはりマスターの〝内臓エプロン〟が気になってこれも少々食べづらい。
珍しい料理に舌鼓をするが、一番の酒のアテになるのが、やはり店内の〝ゴチャゴチャ〟だ。「あれはなんだ? これもなんだろう?」と、いちいち気になるものばかりだ。
そして。その中でも一際〝不気味さ〟が光るものが壁に吊るされていた。
骨……頭蓋骨?
小動物の頭蓋骨なのだろうが、角のようなものがあり、吊り上がった目は、おどろおどろしい様相でいくつも逆さまに吊るされている。これは思わずマスターに訊いてみた。
「あの壁にある骨って、何の骨ですか?」
「はい問題、何の骨やと思う?」
おぉっ!? このノリ、地元秋田の立ち飲み屋『おひとりさま』のマスターと同じだ。う~む、どう考えても〝悪魔〟としか思えない凶悪なフォルム。これは……あっ!
「わかった! コウモリですか!?」
「違うなぁ。ほな、正解みせたるわ」
マスターはカウンターから出て店の奥に走ってくと、寸胴鍋を目の前に持ってきた。そして、その中から暴れまくるアレを取り出したのだ。
「わっ!! これスッポンですか!?」
「せや、コイツは凶暴やで~」
頭をグニューっと伸ばし、マスターの手に噛み付こうとするスッポン。
「指くらいは簡単に持ってかれるからな」
「マスター危ない!! もう大丈夫です、鍋に戻してください!!」
見ているこっちがハラハラするので、スッポンを寸胴に戻してもらった。そのエプロンに血吹雪でもかかるものなら、もはやグロテスクどころでは済まない。そもそもなぜ、こんな酒場に生きたスッポンがいるのか……
「飼ってんね、このスッポン」
なんと、飼っていたのだ。常連客が近所にある川からスッポンを捕まえてはここへ持ってくるらしく、それを寸胴鍋に入れておき、猫のエサを与えながらシメるの待ち、いざシメた後の頭蓋骨を壁に吊るしていのだという。やってることは『プレデター』と同じだ。
「ちゃんと甲羅も取ってあんねんで」
マスターはカウンターに戻ると、パーマ用のビニールキャップを取り出し中からはシメた年月日を記したスッポンの甲羅の骨を出した。謎のコレクションぶりも驚いたが、このパーマ用キャップもまさかスッポンの甲羅を保存することになるとは思ってもいなかっただろう。
「色んな動物を、客が持ってくるんや」
〝客がスッポンを持ってくる〟ということが気になってマスターに訊ねると、持ってくるのはスッポンだけではなかった。その他にウサギ、イノシシ、さらには豚一頭を丸ごと持ってきての〝豚の丸焼き会〟なる催し物が年に一度ここで開催されるのだという。もちろん、シメるのはマスターだ。
とにかく、大型動物以外は殆どをシメた経験があるというマスター。おそらく、犬猫もイッてるとは思うが……私はどっちも大好きなのであえて確認はしなかった。気になるのは、まだシメたことがない、これからシメてみたいという動物だ。私はマスターにそれを訊ねてみると、ひと言……
「──猿やな」
予想の斜め上を遥かに突き破った答えが返ってきた。そもそも猿って食べられるのか、いや、食べていい物なのか!?……ほとんど〝共食い〟に近い気がもするが……
運が良ければ……いや、良いのかはわからないが、タイミングよく訪れた時に猿料理が食べられるかもしれないので、興味のある方は通ってみていただきたい。
そして、さらにマスターは続ける。
「近くに漫画家の和田ラヂヲが住んでて、オレの似顔絵も描いてもらったんやで」
ここまでくると、和田ラヂヲまでシメるつもりじゃないかと不安が過る……が、わかったことは、間違いなく、この不思議な酒場の正体は〝客に愛されている酒場〟ということだ。そして『サービス精神』たっぷりで『おしゃべり』が大好きな愛媛酒場なのである。
〝ようマスター、猿捕まえてきたでー〟
〝おー、ほなシメたるわ〟
それで猿の首を目の前にポンと置かれた日には、卒倒するんだろうなぁ……
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清香園(せいかえん)
住所: | 愛媛県松山市三番町2-5-12 |
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TEL: | 089-945-7611 |
営業時間: | 16時ごろ~23時ごろまで |
定休日: | 不定休 |