池袋「うな達」実は飲りやすい!幻にも出逢える『鰻酒場』万能論
〝串打ち3年、裂き8年、焼き一生〟といって、鰻職人の修行というのは他の業種と比べて大変に険しい道のりなのだそうだ。少年料理人漫画『ミスター味っ子』で習ったのだが、鰻という食材自体も他の食材とは違い〝独自の仕入れルート〟を確保しなければならず、さらに一番大切な『鰻タレ(ツメ)』を何十年もかけて育てないといけない。だから突然、「よし、鰻屋をやろう」といって簡単に出来る業種ではなく、ほとんどの場合が専門店になるのだという。
「うーん、鰻かぁ……」
そんな有難い鰻屋なのだが、友人に「鰻屋で飲ろう」と誘ってみれば、この様な返事ばかりが返ってくる。もちろん、私の周りに限ってのことなのかもしれないが、こんなにも時間と手間がかかる業種のわりに、酒場としていささか人気が低めである。どうにも、鰻といったら〝うな重〟のイメージが強いようで、それでどうやって飲るんだよという、大概はそんな理由で別の店にしようということになる。うな重だけではなく、鰻串を酒のアテとしている新宿の『カブト』、中野の『川二郎』など〝鰻酒場〟として素晴らしい酒場がたくさんあるのだが……。
そんな鰻酒場がある中で、私が特に気に入ったところが東京・池袋にある。
『うな達』
駅から10分ほど歩いたところにあり、雑居ビルに埋もれたその店構えは、はじめてだと見落としてしまうかもしれない。まさしく〝鰻屋〟だと疑わない店名ではあるが、どことなく、鰻屋というか〝大衆居酒屋〟としての趣を感じなくはない。
「あっ、地下に降りるんかい!」と、暖簾を潜ってみれば意外な店の造りに面食らう。鰻屋っていうのは、店先で脂煙を立てて客を呼び込むのが売り方だと思っていた。この裏切り方は、いよいよ楽しみになってきた。
「いらっしゃいませー!」
ひゃぁ……
おわーっ!! めちゃめちゃイイッ!! 地下に降り切ると、そこには素晴らしい光景が待っていたのだ。打放しのコンクリ床、茶色く色褪せた壁や天井、変形カウンターの迷路感がドキドキと鼓動を高鳴らせる。
「よろしければ、お座敷どうぞ」
「えっ、座敷!?」
女将さんが手を差し伸べる方には、「広っ!!」と思わず声を上げてしまうほど広い座敷があった。喜び勇んで靴を脱いで上がり、貸切状態の座敷全体を見渡す。木目金のように美しい模様のテーブルとよく漬かれた座布団、シミだらけの壁に黒板メニュー……なんという酒場絶景。
このロケーションは、ここ数年で一番かもしれない。ニヤニヤが止まらない。この完成された風景に合わせるのは、瓶ビールしかございません!
『瓶ビール』
シュポン!──トクトクトク……お見事、久しぶりに《他人グラス》の完成だ。畳に胡坐をかいてテーブルに腕を掛け──いざ、尋常に。
キュ──……ぷは──。シミ壁と黒板メニュー囲まれて、ウレしウマしッ!! 鰻屋サイコー!! よーし、早くも鰻をイっちゃいましょうか?……いーや、焦るんじゃない、鰻は『eel』にいこうゼ。
『厚揚げ』
鰻屋の一発目で厚揚げを頼むなんて、なんという背徳感……。でも、こんなアラカルトを出す鰻屋だってあるのだ。下手に温い厚揚げを出すところよりかは、焼き場のしっかりした鰻屋で焼かれる方がおいしいに決まっている。もちろん、ここのも〝外カリ、中フワ〟で完璧である。
『刺身盛り合わせ』
えっ!? これが鰻屋の刺身盛りだって……? アジ、ホタルイカ、マグロ、イワシ……もうっ、種類多すぎ! ツマも薬味も、まったく手を抜いていない。これも、そんじょそこらの店より立派な盛り合わせじゃないか。鮮度も抜群、どのネタもおいしい。本業ではない料理でこれか……。ならばと、遂に鰻イっちゃいますか?
イっちゃいましょう。
『うな串セット』
ぐぉっ!! こいつはウマそうだ……いや、その前になんて綺麗なんだろう。照り照りのツメの輝きと、甘じょっぱい香りがぷゎん……辛抱堪らんと食らいつく──ンまいッ!! さすがは本業だ。キモは丁度いいホロ苦さ、カブトはコリシコの歯応えが素晴らしく、蒲焼の柔らかい安定の味わいは申し分ないが、中でも『ヒレ』がとんでもない逸品だった。
ヒレがくるくると串に巻き付いているのだが、一緒にニラも絡まっているのがポイント。ヒレのコリッとした食感と、ツメが沁みたニラとの渾然一体が、本当においしい……これは追加注文しかない。実はヒレの追加は出来ないのだが、マスターが特別にと追加で焼いてくれた。
一瞬にして、竹串と皿だけになったのは言うまでもない。
「他に、なにかオススメありますか!?」
私は普段、店の人にオススメの料理を訊く野暮なことはしないのだが、あまりのウマい料理たちに思わず女将さんに訊ねてしまった。
「幻のTKGがありますよ」
「えっ、幻の!?」
「ええ、幻のです」
……なにかを含んだ笑みで、女将さんが言った。そんなもの、頼まない手はないでしょう。
「幻、ひとつ下さいっ!!」
『幻のTKG』
出されたものは、茶碗一杯のご飯にたくあんと生卵が添えられているシンプルかつ、ベストルック。普通のTKGと違うのが、ご飯の上にツメが浸っていることだ。なるほど、これは鰻屋ならではのTKGになりそうだ。実はこのTKG、メニューにはない特別の料理なのだ。女将さんが言う〝幻〟というのもこのことである。
チャッカチャッカチャッカ……まずは生卵を全力で溶きます。
そして、椀の淵から円を描き、名残惜しむ──さあ、完成だ。
ハ、ハフッ、ホ、ホフッ……もうね、ウマすぎて笑っちゃいますよ。温かいご飯にツメの甘じょっぱい味がしっかり沁みて、そこに黄身の蕩味が全体を包み込んでウマさをチュルンと纏めている。TKG好きはかなり拘りがある人が多いが、そんな人ほどこれを食べて試してほしい。
鰻屋めっ、なんちゅう凄いもんを考えたんだ……
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「すいません、今日はそろそろ店仕舞いないんですよ」
しまった! 気が付いたら閉店時間じゃないか……。本当は、他にも池袋の酒場へ行こうと思っていたのだが、めちゃめちゃここが気に入って3時間近くも居てしまった。しかも、もうベロベロだ。……今夜は大人しく帰るか。
幻のTKGも素晴らしかったが、そういえば、金曜日限定の『カレー』も相当ウマいらしい。鰻屋でカレーも味わえるって、よく考えると、もはや鰻屋じゃないのではないか……まぁ、そんなことはどうでもいい。世の中にはまだまだ色んな酒場があって、私の鰻修行……いや、酒場修行の道のりは相当長くなりそうだということだけは解った。
〝串打ち3年、裂き8年、焼き一生〟
そうだな、差し詰め私は、
〝角打ち3年、立ち8年、吐き一生〟
と、いったところでしょうか。
──鰻酒場、オススメです。
うな達(うなたつ)
住所: | 東京都豊島区東池袋1-31-3 |
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TEL: | 03-3983-0008 |
営業時間: | 11:30~14:00【ランチは平日のみ】 17:00~22:00 |
定休日: | 日曜日 |