清澄白河「だるま」TOKYO名カウンターズコレクション(2)
私が『日本名カウンターの会』に入信したのは、かれこれ3年前になる。その夜、雰囲気のいい酒場のカウンターで飲っていると、ふいに「あら? この便意を催す感じは何かしら……」という〝青木まり子現象〟に陥ったのだ。まさか食べていた生牡蠣に当たったのか、それとも安酒の飲み過ぎか……ただ、この感じは悪くない。これは〝この酒場の雰囲気〟に因るものだとすぐに解った。
煤汚れた天井と壁、目の前のおでん槽で揺れる種、静かに客と談笑する女将さんの嗄れ声──そして、あとひとつ……あとひとつは何だ? 酒を持っていない方の手は、しなやかな肌触りの木目をなぞり、酒を持っている方の手は、肘を支点に丁度いい位置からグラスと口との反復運動を繰り返す──まったりと、この時間を演出すべく最大の要因は、私の座っている〝カウンター〟にあったのである。
その場で『日本名カウンターの会』に入信した私は、それからというもの、なるべくカウンターに座る様に心掛け、そのカウンターを愉しみ、想いを刻み、こうして布教活動をしているのだ。
『だるま』
布教活動の一環として訪れた『清澄白河』に、その酒場はある。まず、店名が良いですねぇ。自他ともに〝だるま面〟だと認める私は、たいへん好感が持てる。〝居酒屋だるま〟と大書されたファサード看板に蛍光灯が淡く灯り、掲げられた藍色の暖簾にもだるまの絵が可愛らしい。既に間口からちらりと見える店の奥を想像するだけで、ワクワクが止まらない……早く入りたい! 因みに、近くにある門前仲町の名店『だるま』とは、特に関係はないらしい。それなら、この私と関係を持ってもらおうじゃないかと暖簾を引いた。
「いらっしゃいませ~!」
ふわぁぁぁぁ……! と、ほぼ満席状態の店内の活気に圧倒される。奥行のある店内に入ると左手には小上がりニ卓、壁にはシンプルに描かれたメニュー札がびっしりと並ぶ。そして右手には……あらっ!!
コの字カウンターがあるじゃないか! しかも、なんですかこの渋み強めのカウンターは……! ベージュ色の表面には、幾人の呑兵衛たちがグラスの底で擦りつけたであろう酒跡が、まるで鹿の子模様の様に美しく現れている。
〝絶対、ここに座りたい……!〟半ば強引に空いていたカウンターの前に立つと、カウンターの中にいた女将さんから「そちらどうぞ」とお言葉をいただき着席した。恋愛と同じく、時に酒場では多少の強引さも必要である。
うほっ、座り心地も最高だ。尻に対するイスの硬さとサイズ、両肘を突いたときの手の高さ、カウンター表面の触り心地も武骨さの中に滑らかさがあり、ずっと触っていられる名カウンターだ。このまま、家に持って帰りてぇ……などという迷妄は、女将さんの酒の催促で破られた。よーし、酒だ。
『梅レモンハイ 』
珍しい名前の酒に思わず注文。梅とレモン、クエン酸のぶつかり合いは如何なる味なのか。飲んでみると意外や意外、思っているよりすっきりと甘めのテイストで、ゴクゴク飲ってしまう危険酒だった。
両肘をカウンターに突き、酒を持っていない方の手指で鹿の子模様をなぞる。これですよ、これ。思わずニンマリ。ここに、お料理も置いてみたいぞ。
『ポパイベーコン』
なんてユーモラスなネーミング。ポパイのほうれん草にベーコン、玉子とさらにエノキまであるボリューム仕立て。この四種の色と味のバランスが素晴らしく、どれが欠けてもポパイも呑兵衛も喜ばなかったであろう逸品だ。しかし、このビジュアルはこのカウンターに映えるねぇ。きっと、カウンターに合わせて料理の色味と皿を選んでいるのだろうな。
『ユッケ』
大好きなユッケだが、過去に福井で集団食中毒を起こした大馬鹿野郎の焼肉屋のせいで、なかなか食べづらくなってしまった。久しぶりのご対面となれば、大興奮でいただくことにしよう。
箸先でプチリと黄身を破き、サクサクと生肉と混ぜ合わせる。箸で持ち上げると、蕩りと生肉からてらてらと黄身が垂れそうになる。そこを舐め上げるようにガブリ──ぅんめぇっ!! 新鮮な生肉の舌ざわりと黄身の甘味が相まって、「うまいね、おいしいね」と言いながら何度もカウンターを撫でる。
『アワビ』
ち、ち、ちょっと待ってくださいよ?……よく見ると、お肝さんがいらっしゃるじゃありませんか! アワビだけでもウマいのに、さらに〝お宝〟である肝まで付いてくるとは嬉しすぎる。まるで今日が誕生日のようだ。
「おめでとう」と自分を祝いながら、肝を醤油で溶かす。重要なのはしっかり溶かしてはいけないことだ。お宝の苦みを箸でザックリと醤油に移す程度でいい。そいつが仕上がったら、いよいよアワビの潜水式だ。ツヤツヤの身を肝醤油に腰くらいまで漬からせ、ゆっくりと口へと運ぶ。……コリッ、ウマッ、シコッ、ウマッ……もう何も、言うことはない。甘いコリシコの歯応えと肝のほろ苦さは、いつだって完璧なクロスオーバーなのだ。
「俺からから一杯、女将さんにツケて」
「あら、いいんですか? それじゃあ、遠慮なく……」
カウンターで飲っていた先輩が、女将さんに酒を一杯プレゼントした。女将さんは並々と注がれたビールグラスを、約5秒で飲み干した。観ていた私や他の客も、思わず「おぉっ!!」と歓声を上げた。それをネタに、隣やカウンターを挟んで向かいの客同士で会話が生まれ、さらにそこへ女将さんが入るとまた客同士の〝和〟が広がったのだ。
カウンターがひとつになった瞬間である。
すばらしい、カウンターだ。
これだから、カウンターは飲められない。
多少まずい料理を出す酒場でも、カウンターさえ良ければ問題はない。いや、ないことはないけれども、料理はウマいがカウンターがダメより、私は前者の方を選ぶだろう。今は解らなかったとしても、こういう酒場へ来れば必ずその良さは解るはずである。
そうだ、あなたも『日本名カウンターの会』へ入信してはどうか。
ほら、今そこで座っているカウンターで酒を飲るだけですから……
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だるま(だるま)
住所: | 東京都江東区三好2-17-9 |
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TEL: | 03-3643-2330 |
営業時間: | 17:00~23:30 |
定休日: | 土曜 |