西荻窪「千鳥」TOKYO名カウンターズコレクション(1)
いつの日からか、酒場の『カウンター席』というものが好きになっていた。
目の前の厨房で料理を作るのを眺めながら酒を飲り、しばらく隣いる客の世間話を耳にしていると目の前にできたての料理がポン、同時に「酎ハイおかわり」のひと言。こんなマッタリとした時間を過ごせるのは、カウンター席ならではないだろうか。
逆に若い頃なんかはカウンター席が苦手で、店に入って店員さんに「カウンター席でもいいですか?」なんて言われようなら「じゃあ、また来まーす」などと断っていたくらいだ。
今では自宅で晩酌をするときも、台所にイスを持ってきて調理台の上におもちゃの焼鳥器で焼鳥を焼き、でき上がるのを待ってスーパーの割引で買ったアジフライをアテに酎ハイでキュッ、サイコー。
そんな、カウンター好きな呑兵衛も少なくないはずだ。
酒場のカウンターで、まず思い出されるのは大阪の南田辺にある『スタンドアサヒ』という酒場だ。店の真ん中にズドンと伸びる〝肘クッション付き〟という珍しいカウンター。何の意識もなく、スッと肘を乗せるとクッションの柔らかさに包まれ、長時間酒を飲んでもまったく疲れないという人間工学に基づいた名カウンターだ。
同じく大阪の平野にある『いぬい』も外せない。座り心地がいいというよりは、カウンターから見る〝座り景色〟がいい。目の前に広がる極彩色の串を注文すると、あっという間に揚げたてが出される。さらにマスターと女将さんとの本格的な夫婦漫才が観れるカウンターなんかは、日本でもここくらいではないだろうか。
東京だと沼袋の『たつや』にある歪なカウンターがお気に入りだ。カクカクと不規則に入り組んだカウンターは、ひとつひとつの席から見える店内の景色がまったく違うという面白さがある。いずれ全ての席に座って、その景色を写真に収めることを目論んでいる。
鶯谷にある『鍵屋』のカウンターに座ったときは緊張した。日本でトップクラスの歴史を持つプロ酒場のプロカウンターだ。このカウンターに惚れこんで、わざわざ『江戸東京たてもの園』の園内に移築された、開業当時の旧・鍵屋のカウンターを見学に行ったことがある。
──とにかく、酒場のカウンターというものには魅力が多いのだ。
私の思う良いカウンターの条件とは、まず《肌触り》とそして《適度の広さ》だ。長年、酒で磨かれたカウンターは木製でもステンレスでも肌触りがよくなる。そこに酎ハイジョッキ、小皿2つ、小鍋が乗る適度な広さがあれば文句ない。まぁこの2つを満たすカウンターは割りとあるのだが、3つ目の条件がなかなか難しい。それが座り心地を決める《高さ》だ。
単純にイスの高さがどうとかではなく、イスに座ってカウンターに肘を置いたときの《高さ》が重要なのだ。呑兵衛は無意識でカウンターに肘を置いたまま酒を飲る。その時の肘の〝落ち着き〟で呑兵衛の酒心を掴むのだが、この《高さ》を満たすカウンターがなかなか無いのだ。
ところが先日、久しぶりにそれらを満たすカウンターと出逢ったのだ。
『千鳥』
たまたま西荻窪を歩いていて見つけた看板。開けっ放しの引き戸に、縄のれんが揺れる姿が涼しげだ。その風情に誘われるがまま、私も縄暖簾を揺らした。
店内のコの字カウンターは見事に先輩だらけ、その先輩率にちょっと躊躇するほどだ。おそらく、常連の席はしっかりと決まっており、うっかり新参者が座ってでもしたらどやされそうだ。それとは正反対に、かなり若い店員4人だけで店を回している。その対比が、なんだか不思議で面白い。
空いているカウンターからイスを引き出して座ると……おや?
少し高め位置のカウンター、足元に〝足掛け〟のようなパイプが通っていて足の掛かり具合も丁度いい。これはまるでオーダーメイドで作られたカウンターと言っていいほどのフィット感が体全体に伝わる。
手触りも最高で、左手で撫でながら右手のハイサワーをクーッ、飲み置きするグラスの動作もしやすい。これは……凄いカウンターに出逢ってしまった。今まで何百ものカウンターに座ってきたが、ここまで全てしっくりくるカウンターは初めてである。
食べてみたい……そうなると、このカウンターで料理も食べてみたい……!!
『おでん』
まさしく〝我が家タイプ〟のおでん。我が家(実家)のおでんは、かなりあっさり味で、それに醤油をかけ、白飯で食べるという特異な食べ方。このおでんも、かなりあっさり味で醤油を垂らしたかったが、先輩らに怒られそうなので止めた。それにしても、タネそれぞれに箸が入れやすい。おそらく、この〝名カウンター〟の高さが丁度いいので自然と箸を入れやすい肩の角度になるためだろう。
『赤てん焼』
この『赤てん焼』とは、魚のすり身を赤唐辛子と練り、パン粉で揚げた島根の郷土料理。軽い衣の歯ざわりで中はプリッとしたすり身がウマい。けれども……辛いっ!!
辛いものが苦手な私は、思わずひっくり返りそうになったが、カウンターが体を支えてくれて、難無く転倒を回避できたのだ。このカウンターが助けてなければ、きっと私は腰を打って二度とカウンター席に座れなくなっていたかもしれない。カウンターさん、ありがとうございます。
横の先輩を見ると、これまたよく計算された波状のカウンターの縁に右腕をきれいにはめ込んでいる。まったく体に負担をかける様子はなく、自然にテレビを観ている先輩の表情はとても穏やかだ。
向かいの先輩らもどうだ。皆それぞれ自然な肩の位置で箸を上げ、盃を上げ、肘をつき左右の指を合わせてぼんやりと考え事を愉しんでいる。
どうやら、このカウンターに惚れ込んでいるのは私だけではないようだ。
酒によし、料理によし、
そして、人によし──
カウンター好きも、カウンター嫌いも、是非この座り心地をアテに酒を飲ってみてほしい。きっとカウンター席というものがもっと好きになるはずだ。
おっ、カウンター越しに見る可愛い女の子店員もいいなぁ。
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千鳥(ちどり)
住所: | 東京都杉並区西荻南3-10-2 |
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TEL: | 03-3332-7111 |
営業時間: | [月~金] 17:00~22:00 [土] 16:30~22:00 |
定休日: | 日曜・祝日 |