南田辺「スタンドアサヒ」大阪三大美人店員!?中年男の純愛カウンター
「ワイ……恋をしてんねん」
赤ら顔でそう語るのは、『酒場ナビ』というブログでライターをしているという『イカ(43歳)』である。
「あの……そう、ですか」
「〝そうですか〟やあらへんやろボケぇ!!」
「しかし、なぁ……」
冬の大阪で、はしご酒をしていた私とイカは肝臓と胃をヘトヘトにさせつつも、この時既に十数軒の店を回っていた。そんな中、天王寺行き『阪和線』車内にて、突然の〝コイバナ〟に私は少しの嘔吐感を覚えながらもこの中年男の話に耳を傾けるのだった。
そのイカが、恋……ウッ……恋……ヴォエッ……恋をしているという女性は、これから向かう『南田辺駅』にある『スタンドアサヒ』という酒場で働いているのだという。
訊くところによるとイカは、大阪に行く度にその子目当てにその酒場へ訪れるという、一聞すると《偏執狂》とも捉えかねないが、それを話すイカの顔は非常に穏やかであった。
『南田辺駅』
……閑静というか何もないというか……それこそ『恋愛』でもして相手に逢いに行くでもなければ、わざわざ来る場所でもない町の雰囲気──もちろん〝良い意味〟で、だ。
「味論は~ん、ここからスグやでスグ~♪」
駅を降りた途端、そのまま飛んで行ってしまうかの如く、まさに《浮き足立って》酒場へ向かうイカ。さっきまでの酒疲れなどどこぞの酔い。
イカの言うように、その酒場は駅からスグに現れた。
『スタンドアサヒ』
暗闇にぼんやりと浮かび上がった看板、そしてなんとも聡明感あふれる文字体の暖簾。さっそく〔暖簾引き〕をして中へ入ると……
オレンジっぱないのッ!!
端から端までズラリと伸びるカウンターは、蛍光に近い燦爛たるオレンジ色。
そして、何より目を引くのが……
「ここのカウンターは、ワイ的に〝日本三大カウンター〟やと思っとるんや」
イカが恍惚と見つめるのは、カウンターから少し離してそれと平行して設置されている細長い『肘掛け』で、触ってみると硬くも柔らかくもなく、肘を乗せるには丁度良さそうな硬さであった。
周りの客は当たり前のように肘を乗せているが、私もカウンターに座った瞬間、何も考えずにスッと肘を乗せてしまった程で、これは『人間工学』を考慮して設置されたものでまず間違いはないだろう。
他の酒場では味わえない、フィット感ならぬ〝ヒジット感〟で酎ハイを注文する。
すると、
何も言わずに何やら出された。
『お通し(煮物)』
え!? これがお通しなの!?
と、思わず口に出して驚いてしまう程の『完成度』で、たらこ、かぼちゃ、フキなどが単なるお通しとは思えないほどの量、そしてなにより『ンまい!』のだ。
しとおぁ~っとした煮物の舌触りに、関西特有の上品で甘味のある味付けは、とにかく食べるということを飽きさせない。私は東北出身なので〝ガッツリ醤油味ドストレート〟が当たり前で育っているため、大阪に来る度に『大阪人は本当に《味付け》への拘りが凄い』と毎回関心する。
なぁイカさんよ、あんたもそう思うだ……
……え?
あれちょっと、イカさん?
どこ見て……あっ! そうか!
私が大阪料理の熱弁をしている横で、イカがある《一点》に視線を集中させていた。
この男は、この店の料理やカウンターに魅せられて来ているだけではない、『想い人』に一番魅せられて来ているのだ。
どれどれ、どんな子か……とイカの目線を辿ると、ひとりの女性店員に辿り着いた。
『ボーダーシャツ』がよく似合っていて……なかなか……女性らしいシルエットの女性だった。
……はて?
この男のタイプって、こんな感じだったか……?
およそ、二十年近くの付き合いがあるこの男の『女のタイプ』くらいは、大概理解していたつもりだったが……いや、人の趣味にとやかく言うなど野暮というものだ。
まあ、私はタイプではないが。
(なぁ、あの子か……?)
私は、目だけでその女性の方を指し、小声でイカに訊ねた。
(……せやねん、めっちゃタイプやわぁ)
ふ~ん……
まあ、歳も近そうだし、結婚さえしていなければどこかでチャンスはあるのだろう。
何度も言う、私はタイプではないが。
「あの子になんか料理注文しようぜ」
「せやな、ちょっとカッコつけてアナゴの白焼きでも頼むか」
そう言ったイカだったが、『ボーダーさん』にではなく奥に居た『原田知世』似の若い女の子に注文を言った。然しものイカにも〝恥じらい〟の気持ちがあるのか……というか、何なら私はこっちの『原田知世』の方が断然タイプだった。
『アナゴの白焼き』
ンまいっ!!
サクリとした歯ごたえで迎えるその身は、口に入ると弾けるようにほぐれ、塩甘い白身の旨味と薄っすらと焦げ目のビターが調和する渋味……その残滓さえもが余すことなく『ンまい!』のひと言で箸が止まらない。〝食いだおれの街〟と呼ばれることに諸手を挙げて関心す……
オッサン見過ぎだっつーの!!
酒も全然飲んでねーじゃねーか!!
またもや私の大阪料理への熱い評価は虚しく消え、もはや《視姦》にも近い形相で『想い人』を熟視するイカ。
すると、
彼の言うこの店自慢の『日本三大カウンター』へ、猫の《香箱座り》のように行儀よく両腕を収める中年男の直向きな『いじらしさ』を感じてか……ここにきて〔酒場の神様〕が彼に微笑んだのだ。
「お兄さんのその帽子ええやん」
なんと……!!
『ボーダーさん』の方からイカに話しかけてきたのだ……!!
「そーなんすー」
「近鉄のやろ? めっちゃ懐かしいやん」
「せやろー」
って……おいおい、イカさんよ。
なんだい、その愛想のない返事は……?
もしかして……中年男なりに〝アガってる〟のだろうか……。
『赤面』しているのかとイカの顔を覗いてはみたが、相変わらずの『黒面』であり緊張している様子もない……。
結局、その後も大して会話も盛り上がらず、私たちは店を出ることにした。
せっかくの仲良くなれる〝チャンス〟だったのに……。
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「お前も可愛いと思ったやろ!? なっ!?」
店を出るなり、さっきまでの『いじらしい中年男』からいつもの『いやらしい中年男』に戻った。
「いやぁ……まぁ、か、可愛かったよ(私はタイプで《略》)』
「せやろ! あの小柄でシュッとした顔立ち……」
「は? 小柄でシュッと……? いやいや──」
……もう、お気づきだと思うが、
イカの本当の『想い人』とは、私も可愛いと思った『原田知世』似の女の子である。
私が(あの子か?)と目で確認した時に、たまたま原田知世の前に『ボーダーさん』が重なっていただけという、お笑いコンビ『アンジャッシュ』のコント張りの〝勘違い〟を蜿蜒と続けていただけの話なのだ──。
『なんでやねん!!』
おそらく……関西人に〝なんでやねん〟を本気で言われたのは、この日が初めてである。
因みにこの『原田知世』似の女性店員は、『日本三大カウンター』に続き、メンバー満場一致で酒場ナビ的『大阪三大美人店員』となった。
スタンドアサヒ(すたんどあさひ)
住所: | 大阪府大阪市東住吉区山坂2-10-10 |
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TEL: | 06-6622-1168 |
営業時間: | 17:00~22:30 |
定休日: | 日曜・祝日 |