外国初心者が行く!日本の世界の酒場から【ベトナム編】
読書があまり得意でない私は、文庫本一冊を読むに早くても一か月はかかる。のび太みたいに二、三行読むのと目が回って、一ページも読まないうちに寝てしまうまではないが、十ページも読めばそれに近い状態になる。加えて、解らない漢字や気になったフレーズのメモをしながらなので、そりゃ時間がかかってしまうのだ。
そんな私が最近、一瞬にして読み切った本があった。旅行作家の『石田ゆうすけ』さんが書いた〝洗面器でヤギごはん〟というエッセイである。自転車ひとつで世界一周をするのだが、その中で描かれている世界各地の〝食事〟の描写がとても面白いのだ。中南米やアフリカでは「オエッ」となりそうなシーンもあるが、日本ではお目にかかれない珍品や、ちょっとした食堂での絶品料理など、専門的な言い回しではなく、ごく普通の人が感じるようなシンプルな表現力がとても魅力的なのだ。もともと外国の料理には興味があったが、この本を読んでさらに〝開眼〟したことは間違いない。ある意味、私の目指す人生はこの本の中に凝縮されているといってもいい。
そんなもんで、普段は日本の古い酒場ばかりを回っているが、実は外国料理を出す酒場にもアンテナを張っている。アジア、インド、ヨーロッパ……最近狙っているのはロシア料理だ。ボルシチで梅干しサワーが飲めるところを探しているが、なかなか見つからない。ただ、そうやって探している時間も楽しいのだ。
そういえばもう十年以上前になるが、友人が住んでいた家の近くに〝ベトナム料理〟を出す有名な酒場のことを思い出した。新コロでなければ、本当は二年前にベトナム旅行へと行く予定だったのだ。よし、思い出しついでに〝日本のベトナム〟を覗いてみよう。たしか、あそこは昼飲みが出来たはず……
三軒茶屋、通称〝三茶〟のシンボル『キャロットタワー』の麓に、おもちゃ電車の世田谷線に乗る。揺られること10分、『上町駅』で下車する。そこから芸能人の大好きな世田谷通りまで行けば、そこにベトナムがある。
『サイゴン』とは旧ベトナムの首都の名前だ。1955年のベトナム戦争を経て、北ベトナム軍の侵攻で今はホーチミンになった……と、ベトナム戦争の歴史に興味があった時期があり、図らずも記憶が蘇ってきた。
しかし、いい外観だなぁ。〝わちゃっ〟として、日本の大衆酒場の雰囲気を感じなくない。縄暖簾も似合いそうだ。どれ、十年越しの酒場の中は如何ほどに……シンチャオ!
おぉっ、中も〝わちゃっ〟としてスバラシイ! アジアン提灯に扇風機、仏様の木彫りや竹のスダレが現地の雰囲気を演出する。
奥にはひとつ段差が上がった〝小上がり〟もあり、そこの窓からは世田谷線がスレスレに走っている。ふむふむ、スラム街でよくある光景に似ている。
店内に香るアジアン雑貨屋のような、お香の混じったスパイシーな香りで、アジアン飲りモードにもギアが入る。よし、酒をたくさん飲んでやろう。
『サイゴンスペシャル』
やっぱ、外国のビールといったら〝瓶〟でしょう、それも緑瓶。一応グラスに注ぎはするが、直接〝ラッパ飲み〟の方がそれらしい。
ゴオンッ……ゴオンッ……ゴオンクア! ヤバい、楽しいな……楽しウマいなぁぁぁぁ! 続けて、ベトナム料理いっちゃいましょう!
出たっ! ベトナム料理の代表『生春巻き』! ライスペーパー越しに、薄っすらとエビ、シソ、ニラが透け、ピカピカと宝石みたいだ。それを味噌っぽい風味の〝ヌクチャム〟にヌルリと付けてバクリッ……ンんまっ! 今では日本でもメジャーな料理だが、エビや野菜を薄く伸ばした米で巻くって、よく考えたら斬新な料理ですよ。
ベトナム風お好み焼き『バインセオ』。前からこれが食べてみたかったんだ。一見してサニーレタスを添えたただのオムレツにしか見えない。というか、これは一体どうやって食べるのか……
こうだ! レタスにこのオムライスを乗せる。それからまたヌクチャムを付けて食らう。うん、これも間違いない。玉子焼きかと思っていたのは、これも色を付けた米粉だ。パリっとした中には、豚肉ともやしをメインに炒めたものが香ばしくておいしい。
おいしいのだが……食いづらい! 私が慣れていないだけだと思うが、レタスに乗せる段階で具がポロポロ落ちるし、それをなんとか丸めてヌクチャムに付ける時点で四苦八苦する。これが本場で食べるとなると、さらに食べづらそうだ。不思議だ……日本だったら、最初からソースを掛けて出すか、そもそも具をソースで炒めるだろう。でも、そんな発想の違いが楽しいのだ。
ヴィィィィン、ガタンッ……ガタンッ……
おもちゃ電車の世田谷線が横切るのが、窓から見える。サラリーマンや子連れ主婦など、車内の人々と目が合うほどの距離だ。すんません、こちとらベトナム時間で飲らせてもらってます……シンローイ!
『パクチー餃子』……特にベトナム料理というわけではないだろうし、パクチーは大っ嫌いだったが、ベトナムはもとよりアジア料理にはこれが欠かせない素材だ。好きにならなくても克服をしなければならないと思い、ここ数年は見つける度に頼むようにしてきた。
肉厚の餃子に〝これでもか〟と山盛りのパクチー。明らかに餃子との比率がおかしいが、それを口へ突っ込む。ツ────ンッと鼻に抜ける清涼感。肉々しい餃子の餡と、この爽快フレーバーが確かに合う。ウマいと思えるのだが、やはり独特な風味だ。これもベトナム人はどんな料理にも使って食べるのだから不思議だ。日本人で例えると何だろうな。独特な風味で、何にでも使うものといったら……大好物の〝ネギ〟かな? それだったら、どんな料理にも使いたくなる気持ちは解る。
目にも鮮やかな『トムヤムスープビーフン』の登場! 白濁に赤みの浮いたスープに、ネギ、水菜、小松菜にトマト……真ん中には大海老の王様が鎮座している。そこへもちろん、別口のパクチーをバラバラと振りかけるのだ。
ビーフンてのが、またいいですねぇ。ビーフンなんて、『焼きビーフン』以外の料理を知らない。こいつをたっぷりとスープに絡めてズルルルルーッ……ウんまぁぁぁぁっ!! チョイ辛のスープに、ツルツルのビーフンがグッド。野菜たちもグルッとデングリ返しさせて、熱々のところをシャクシャクと頬張る音。
これも日本人だからかな……トマトを温めるという発想に、未だ慣れていない。私が子供の頃、トマトを鍋で温めていたら親に「食べ物で遊ぶな!」と怒られたことがあった。そもそも〝毒リンゴ〟とまでいわれた観賞植物を、汁に浸して食べているっていうから〝食〟ってのは面白い。
やはり、外国の料理の面白さとは〝なぜこんな料理になったのか?〟と、想像することにあるのだ。温かいトマト、甘いお茶、カラフルなケーキ、腐らせたチーズ……想像すればするほどキリがない。まぁ、外国人からしたら刺身、納豆だって「クレイジー!」と思われているのだろうが、世界共通で〝なんでもアリ〟なんてことは、料理くらいしかない。そして今は、昼にのんびりと酒を飲りつつ異国の料理を堪能する──これが私の世界の料理の愉しみ方だ。
自転車で世界一周はちょっと難しいが、JR山手線で世界の料理の一周なら始められそうだ。
亞細亞食堂サイゴン(あじあしょくどうさいごん)
住所: | 東京都世田谷区世田谷3丁目3−5 |
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TEL: | 03-3430-5186 |
営業時間: | 11:30~15:00 17:00~24:00 |
定休日: | 月曜日 |