酒場は封印?今日は京都で〝ベタ〟観光なり
2021年の秋に友人らと関西へ行く機会があり、短い時間だったが京都の町を歩くことになった。前回行ったのは新コロの前で、その時は酒場ナビメンバーのイカと二人で行った。しかしこの男と一緒となると、いわゆる〝ベタ〟な京都観光とはいかず、百パーセントで〝酒場〟になるのだ。その時も、確か一日で十数軒をはしごしたはずだ。もはや後半の記憶などほとんどなく、あまりのストイックさに二人とも発狂寸前となったのを覚えている。
今回同行する友人らは、酒場の〝一般人〟だ。朝から夜中まで酒場、酒場、酒場……なんてことはしない。だから私も、たまには酒場を忘れて〝雅〟で〝はんなり〟と京都観光を愉しみたい、いや、そうしたいのだ。ではまず、どこに行きたいかとなったら、修学旅行でも行った京都定番の『嵐山』になった。
早朝、ホテルの近くからエヴァ紫が美しい『嵐電』に乗り『嵐山駅』へと向かった。地方に行くと路面電車に乗ることは多いが、やはり京都だ、車窓の景色が全く違う。荘厳なお寺に神社、歴史ある町並み、遠くには愛宕山の紅葉も見える。日本人なら、誰もが心惹かれる景色ばかりが続く。
しばらくして『嵐山駅』に到着。さすが大観光地なだけに、朝から人でごった返している。そこからさらに少し歩くと、テレビでもよく見る『桂川』の絶景が待っていた。
おおっ、まさしく風光明媚! 紅葉の時期ともあって、紅く染まった森とその麓を流れる翠色の桂川が、感動的な美しさだ。
空、山、川、全方向どこを向いても溜息が出る。修学旅行の時にも同じようにここへ訪れたはずだが、やはり景色を愉しむのは大人になってからだと実感する。
しばらく歩くと、はじめの目的地である『祐斎亭』に着いた。ここがまた、凄いところだった。
入ってすぐに『川端康成の部屋』があるのだが、そこにあるテーブルには硝子の〝水鏡〟があり、そこから外の桂川に向かって見ると、インスタホイホイの映える光景が広がる。
『丸窓の部屋』も、部屋の明るさ、丸窓の大きさといい、部屋の奥行き共に完璧に計算がなされている。どの部屋に入っても「よくぞこんな景色を創り上げた!」と感心するばかりだ。
はじめは〝入館料はちょっとお高いな……〟などと思っていたが、とんでもない。拙い写真文章では伝わらない〝生〟の感動を、是非とも体験していただきたい。
続いて向かうもベタな所が、さらに〝おのぼりさん〟丸出しで着物に着替えたのだ。生まれて初めての着物外出が、これが結構悪くない。なんなら、コスプレイヤーの気持ちが解る気がした。
そうそう、ここだ。この急で長い坂道覚えてるなぁ。坂の上まで来ると、これもテレビで何度も見た光景があった。
出たっ、『清水寺』! 全国の学校の七割が修学旅行で訪れるという、だれもが知る日本の名刹だ。
よく考えれば、お寺に高さ12メートルの舞台があるなんて面白い。ここは特に修学旅行生も多く、垢抜けない男女グループにおバカそうな男子二人組。そして、令和ヤンキーヨロシク。こんなに〝学生服〟が似合うお寺は他にないだろう。今度来るときは、学生服のコスプレでもいいかもしれない。
その後は『祇園』の町並みを散策、それから『南禅寺』と『二条城』は迫力があったし、『八坂神社』の絢爛豪華さもよかった。途中、蕎麦や団子、いっちょ前に抹茶なんぞ嗜めて、ゆるーく、そして〝ベタ〟な京都観光を愉しんだのだ。
いやー、〝ベタ〟って最高、やはり京都は観光ですよ、観光。心がね、どんどん穏やかになっていくのが解る。京都に来てまで〝酒場を十数軒はしご〟って、正気の沙汰ではおまへんどすえ。
大満足で着物を脱ぎ、そこから徒歩でホテルのある四条大宮に着いた頃は、もういい時間になっていた。そして市井の喧騒を聞いたとたん、ガクッと疲れが襲ってきた。無理もない、四十代にはかなり詰め込んだ観光ルートだ。まだ明るいが、今日ほど酒場に行く体力なんてありはしない。早くホテルに戻って、ゆっくり部屋で飲るとしよう──と、通りに入った瞬間、
「おや? ちょっと、待てよ」
民家か?……いや、看板があるぞ。煤けた赤テントには『百錬』と書いてあった。
これは……酒場だ!
突然、大衆酒場が帰路に立ち塞がったのだ。モルタルの汚れ具合、二階の窓からの洗濯ぶら下がり、そして……
二階の賑やかさから察するに、どうやら昼から飲れる店のようだ。私の大好きな言葉のひとつ、〝昼飲み〟じゃないか……
いやいやいや! 今回は〝ベタ〟な観光が目的だ、しかも一般人の友人らと観光に来ているだけなんだから、酒場のことは控えると決めたはずだ。しかも今日はその観光で、身体にだいぶガタがきて──
ハッ!!
無意識で、店の入口に立っているではないか……うん? 扉の先のすぐは、階段になっているのか? もうちょっとだけ、近づいてみようかな。
ギギィ……
古びた扉を引いてみると、二階にまっすぐと伸びた階段と、その側面の壁には〝百錬恒例聞いて語る祭〟という、謎の張り紙がビッシリと埋め尽くしていた。参加者なのか……マイケルジャクソンにジョンレノン、野口五郎まで居るじゃないか。なんだか、急に雅から関西の大衆酒場っぽさが出てきたな……
「いらっしゃいませ」
うわっ、しまった!! 謎の張り紙を読み進めたせいで、酒場の中に入ってしまった。どうするか……ただ今日は、蕎麦だの団子だの抹茶だの、軽いものしか食べておらず、腹は減っているのは確かだ。一杯だけ……うん、一杯だけならいいだろう。友人らにもその旨を伝え、着席することにした。
ほっほー、手書きの短冊メニュー、無舗装の床、薄い壁……雅とは程遠いが、これはこれで素敵な雰囲気じゃないか。
「なにします?」
「あっ、えーと……じゃあ瓶ビールで!」
なんだかちょっとだけ背徳感があるが、ここは甘んじていただこう。
ゴギュン……ゴギュン……ゴギュン……、タッハ──!うめぇどすえぇぇぇぇっ! 慣れない雪駄で歩き疲れた足に、麦芽汁が足の指先までドクドクと染み込むのが解る。
「よし、一杯だけ飲んだし、さあ帰ろう」
……なんてことにはならない、もう完全に手遅れである。お疲れの友人らの承諾もなしに、〝名物〟と書かれたメニューをもれなく発注した。
『タラ皿』ですって、なんて魅力あるネーミングセンスなんでしょう。ほどよく茹でたタラに、九条ネギをバッ、一味唐辛子をババッ! タラのポクリとした甘さを薬味たちが引き立て、さらにサッとポン酢がいい纏まり具合だ。
店中のメニューで推していた『コンニャク焼き』とは如何なるものか。名前の通り、コンニャクを焼いただけと思いきや、本当に焼いただけであった……見た目はね。
箸で持ってみると、ふわっ……なんていい香りだと思わずパクリ。ブリャンとコンニャクならではの弾ける食感と共に、表面のカリリとした香ばしさ、中からは肉汁と勘違いする旨コンニャク汁が溢れ出てきたのだ。さすがは京料理、精進料理しか食べられない僧侶さんも、これなら修行中だろうが罰は当たらないだろう。
──ドドンッ!!
エッ!?
大 迫 力 !!
突然、目の前が肉一色になったかと思うと、そこには『鉄皿ステーキ』があったのだ。ミディアムレアの焼き色に、追いカロリーの鉄板ナポリタンが凶器的なビジュアルだ。こっちは何ちゅう罰当たりな……よし、喰らおう!
力を緩めるもんなら、箸ごと落としてしまいそうなほどの重肉。そいつを野獣のように齧り付くと、肉の汁がジュワジュワと口中に溢れかえる。ムジャムシャと、顎の限界能力をフルに咀嚼する〝旨楽しさ〟よ。下手っぴなステーキ屋よりよっぽどウマい。鉄板の味がよく馴染んだナポリタンを、スルズボと啜り上げる。白のトレーナーにケチャップが飛び散ろうとお構いなしだ。あとはビールをグビグビと流し込み、
「ウマいッ!! ステーキ最高、酒場最高!!」
そこに京都の〝雅〟や〝はんなり〟などは、皆無であった。
中年男と酒場好きは、タガが外れると恐ろしい。つまるところ、二日半で京都を6軒、大阪を4軒、滋賀を2軒と合わせて12軒の大はしごをしていたのだ。いや、もしかすると酔っぱらって忘れている酒場もあるかもしれないし、ラーメン屋でも飲ったかもしれない。要するに、冒頭の観光以外は酒場でしかなかったのである。
次の京都は、いつになるだろうか。
今度こそ、観光オンリーで訪れますよ。〝雅〟で〝はんなり〟と……いや、本当ですって。
百練(ひゃくれん)
住所: | 京都府京都市中京区裏寺通四条上ル中之町572 |
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TEL: | 075-213-2723 |
営業時間: | 11:30~23:00 |
定休日: | 無休 |