野方「野方食堂」平日至上主義!東京昼飲み食堂(1)
マッタリと……いいですよね、平日休みっちゅうものは。
皆さま、仕事は休んでますか?
え? 忙しすぎて休めないですって?
ノンノンノン、仕事なんてソコソコでいいんですよ、休みましょうよ。
休むっていっても、土日に休んだってしょうがない。だって、土日に休んだってどこも混んでるし、なんたって騒がしくてマッタリできないでしょ。
平日ですよ、へ・い・じ・つ。有給休暇でもサボリでもいいので、月に数回は平日に休みましょう。それで平日休みに何をするかって、そりゃ決まってるでしょう。そうです、〝昼の食堂〟へ行くのです。
東京の中野区には『野方』という町がある。地方の方ならもちろん、東京の人間でも知らない人は多い。東京のインド『高円寺』から北へ二十分ほど歩いたところにある小さな町なのだが、なかなかどうして、ここがまた意外に飲れる町だったりするのだ。
まず〝やきとん〟の知名度を、ごく一般的にまで押し上げたといっても過言ではない『秋元屋』の本拠地だ。さらに渋いところだと『縄のれん』、とんかつで飲れる『とんかつ太郎』も有名だ。昼間っから飲りたいが、ひと目が気になるマダムたちの憩いの場となっている『ガスト』は、もともとゲームセンターで、上京したての頃は友人と夜中によく遊びに来た。腹が減ったら、そのまま向かいの『松屋』に行って、牛皿と瓶ビールで安く飲っていたのが懐かしい。
バンドをやっていたころは、北口のスタジオで夜中に練習をして、その打ち上げは始発まで営業の『白木屋』だったが、今はもうなくなったみたいだ。あと酒場ではないが、私の一番好きなラーメン屋『輝道家』がある。ここを超えるラーメンに出逢うのは、当分ないと思っているほどウマい。
そしてこちら、『野方食堂』ですよ。まさしく野方ある食堂の外観は、昭和よろしくモルタル二階建てに堂々たる楷書の看板がいい。店先にはしっかりとサンプルのショーケースと、平成女子高生のスカートを彷彿とさせる極短暖簾がはらりと掛かる。実は〝民生食堂〟でもあるこの食堂。もうね、その肩書だけで安心して飲れるというもの。
あぁ、お天道様が真上だ。もちろん、今日は平日の昼間。何をしようかって、そりゃ昼飲みを愉しむの一点。この日のために、残り少ない〝有休〟を使って訪れたのである。「わかったから、早くおいで」と食堂に催促され、いざ中へと入った。
「ハイ、いらっしゃいませ」
ステキ! 何度も改築したのであろう、創業八十年以上とは思えないほど綺麗な店内。席は小テーブルのみで、どの席でもゆっくり飲れそうだ。さっそくその店内を一番見渡せる、特等席に酒座を決めた。
食堂に合う酒って、なんだと思う? 私はね、完全に『ホッピー』一択だ。瓶ビールも捨てがたいが、私の中で食堂とは昼飲みで酔っぱらう場所だ。ちょっと強めのコイツが相棒、今日もよろしくだ。
グビッ……ノガッ……ダビビビッ……、カ──ッ、昼の胃袋に沁みるぜチキショウ! 周りの何人かも、私と同じように独酌でしっぽり昼飲みを愉しんでいる様子。それでは、お仲間に入れさせてもらいヤス。
食堂でのトップバッターといったら『赤ウインナー』でしょう。テリテリの可愛い子たちが並び……あらあらまあまあ、よく見れば一匹だけタコが混ざっているじゃありませんこと! こんな遊び心がうれしい。
パニュッ!というしなやかに弾ける食感が、いつだってハッピー。家で焼いて食べても、なーんか違う。やはり昼間の食堂だからこその味があるのだ。
『肉ジャガ。ゼッタイ。』彼も外すことは出来ないメンバーのひとり。器を占拠する大ジャガの存在感よ、箸でズボリと挿してガブリ。中までしっかり沁みた煮汁がうんまい。
さらによく味の沁みたバラ肉、ニンジン、糸コンニャクを、チビチビとホッピーで流し込む。それって、最高。
今、何時だい?……なんて知ってるくせに。わざとらしく腕時計を見ると、昼の一時過ぎだからうれしくなっちゃう。わざわざ有休使って飲りに来てますからね、こんなんじゃ済みませんよ。
「ハムカツください!」
「承知いたしました、お作りしますね」
この店の若マスターは、とても言葉遣いが丁寧で気持ちいい。そんな若マスターが届けてくれた『ハムカツ』の慎ましきこと。均一に揚がったきつね色の衣から、ちらりと見え隠れするピンクのプレスハム。
ソースも掛けずに、そのまま食らいつく。小細工一切ない分かりやすい味わい、駄菓子的で懐かしい。
今、何時だい?……だーかーらー、分かってるだろうに。余裕コイて腕時計を見ると、昼の一時半だからニヤニヤが止まらない。まだまだ、昼の食堂を愉しませていただきますよ。
ゴキゲンで『刺身盛合わせ』を大奮発。この奮発が、最高の奮発だった。じゃあ、ひと奮発ずつ説明致しますね。
実は最近、ある店で『しめ鯖』にアタリまして……それでおっかなくて避けていたのだ。ただ、この美人しめ鯖を目の前にして、人見知りするなんて呑兵衛が廃る! エエィとひと口やると……これこれ! 新鮮極まりない美肌は、あっさり目の酢締め。さくさくした舌触りには、青魚臭さはまったくない。今日まで我慢していたのは、きっとこのしめ鯖に出会うためだったのだ。
私の周りだけだろうか、『サーモン』の刺身というのは意外と不人気なのだが、私にはその理由が分からない。だって見てごらんなさいよ、このトロっ肌! 美しきサーモンピンクは、見るからに脂がノッて旨そうじゃないか。旬というのもあって、口の中で旨味という川を、サーモンが遡上してくるようだ。やっぱり、好物でしかない。
ちょっと驚きなのが、このツマの『きゅうり』だ。ものすごく瑞々しくて、箸休めにはもったいないほどのおいしさなのだ。きゅうりそのものが新鮮なのもあるが、全体を通して包丁技術がすばらしい。私には妻はいないが、このツマだったら毎日抱いているだろう。
うわっ、こんなの政治家先生が銀座で食うやつじゃないか……! 高級和牛のようなサシ模様の『本マグロ』に、箸先が震えそうだ。摘まんだだけで〝ウマい〟といのが伝わるものを口の中に挿れてみなさいな。脳に電気が走ったかのような衝撃と共に、旨味の稲妻が何度も体を通電するのだ。
えっ、ちょっと待って……あれ、ここって本当に普通の食堂だったっけ? そんな疑心暗鬼まで起こる食堂なんて、なかなか出会えるものではない。これが食堂のクオリティとは……しかも、昼飲みに出されているっていうから恐ろしい、嬉しい。
「から揚げ定食、ライス大盛りでください」
「しょうが定食で、こっちも大盛りで」
「承知いたしました、お作りしますね」
目の前に座った若い男性組が、当たり前のようにライス大盛りを頼むところは、確かに町食堂だ。他にスーツのサラリーマン、隠居の旦那衆、サボタージュ大学生、妙齢ひとり女子も多い。そのほとんどが、何かしらの仕事中なのだろう。ふと今後、酒を飲むことが仕事になったら?なんて、夢みたいな想像をしてみるが、それでも私は有休を使って昼の食堂へ行くだろう。
「ホッピーのナカ、お代わりください」
「承知いたしました」
今、何時だい?……はいはい、まだ昼の二時回ったところですよ。さて、残りマグロひと切れですか。追加のナカでどうやってやりくりするか思案しつつ……平日の仕事中にサボってこれを読んでいる、そこのアナタ。どうです、今からでも食堂へ飲りに行きましょう。いや、行くしかありません。
※ただし、その後の会社や学校等、上司や教員とのトラブルなどの責任を負いかねます。
野方食堂(のがたしょくどう)
住所: | 東京都中野区野方5-30-1 |
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TEL: | 03-3338-7740 |
営業時間: | 11:30~14:30×17:30〜22:00 |
定休日: | 木曜日 |