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鶯谷「鍵屋」これから大衆酒場めぐりをはじめたい方へ

 

「ワイな、太田和彦先生に弟子入りしようと思ってんねん」

太田和彦って……、イカさんが昔から崇拝しているあの人?」

「せやで」

「はぁ、どうやって?」

「太田家の前で毎日正座して頼み込むのはどうやろか!?」

「昭和の俳優かよ。通報されるだけだろ」

 

 

 

サカペディアにも記しているのだが、私は元来、酒を飲むことは大好きであったが『大衆酒場』というジャンルの知識は”皆無”といってよかった。
どちらかというと、BARやCAFEなどの様な、はっきりとしたテーマがある空間で飲む酒が好きで、大衆酒場の様に気づいたら年月が経ち、それがその店の風格を演出されるということに対して〝ただ古くてボロいだけじゃねぇか〟くらいにしか思っていなかった。

 

だが、

そんな私の考え方を一変させた、ひとつの大衆酒場ある。

 

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これは酒場ナビを始める少し前、私が大衆酒場というジャンルに嵌るきっかけとなった酒場の話である。

 

そして、話は当時の二人に戻る。

 

 

 

「ほな、どうすりゃええんやろか」

「……そもそも、弟子になってどうするの?」

「アホ!太田先生の酒場理念を習得するんやろがい!!」

「酒場理念て、なんか〝古い飲み屋で飲むだけ〟だろ?味のある雰囲気を楽しむならBARの方が良くないか?」

「……お前はとんでもない勘違いをして、酒を飲んでるんやなぁ」

 

二十代前半の頃から大衆酒場めぐりを趣味としてきたイカにとって、当時の私の酒場観念は到底理解のできることではなかったようだ。

 

「よしわかった!ほな、お前を〝ある酒場〟に連れてったる!」

「え? いや、いいよ別に」

「アカン!えーから、ワイに任せろ!」

 

 

 

***

 

 

 

数日後、私はイカが指定した『鶯谷駅』へと来ていた。

 

「鶯谷なんて初めて来たなー」

「ここにな、太田和彦先生のテレビ番組の『日本百名居酒屋』の第一回に放送された名酒場があるんや」

「へー、どんな?」

「まぁ、実際に見たらわかるで」

 

そう言って駅から10分ほど歩き、住宅街を入るとイカの足が止まった。

 

「ここや」

「は!? いや、〝人んち〟じゃん!?」

 

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『鍵屋』

 

当時の私……、いや、今でもこの外観には毎回驚く。暖簾や看板が出ていなかったら誰が見ても〝人んち〟なのだ。
それまでに『古民家カフェ』などは行ったこともあるが、ここは何というか、歴史的な”重み”がビンビンと感じられたのだ。

 

「ここ……、本当に飲み屋なのか?」

「せやで、入んで」

「うわっ、ち、ち、ちょっと!」

 

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当時の私からしたら、こんな古くて得体の知れない飲み屋など、子供が親にオバケ屋敷へ無理やり引っ張られる様なものだ。
そんな私は、イカの後ろをピタリと付いて店に入った。

 

 

 

「いらっしゃいませ。カウンターへどうぞ」

 

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(うわぁ、なんか中もスゲーなぁ……)

「すんまへん、ビールをください」

「瓶ビールですね、こちらお通しです」

 

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『お通し』

(なんだ、豆かよ)と思いつつ、やおら口へ放り込む。

 

……あれ? うまいじゃんこれ。

本来の味を失わないように、わずかに下味を付けた大豆は、ほんのりと暖かく、これから口に酒を迎える為には最適な味、食感であり、まさに『お通し』に相応しいものだった。

 

「ほな、ビール飲もうや」

 

そう言ってイカは、年季の入った木製カウンターに『カンッ』とグラスを置き、ビールを注ぐ。

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「よし、酒ゴングや」

「は? 〝酒ゴング〟って?」

 

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当時、『酒場用語』など一切知らない私と、今では当たり前の様に使っている〝酒ゴング〟をする。その音は、カチンと静かな店内に鳴り響き、それは今もまだ耳に残っている。

 

BARの様に店内には洒落た音楽などは鳴っておらず、カウンターからはカタカタと何かが当たる音が聴こえるのみ。

 

「……これって、何だ?」

「これは年代物の〝酒燗器〟や」

「酒燗器……」

 

初めて見る謎の機器に、私は爛々とした目を光らせる。イカにこれは一体何をする機器かなのかと聞くと、日本酒をお燗するための機器だと教えてくれた。

 

「これで酒を温めてるところがみたい!」

「まぁ待ちーや。大衆酒場には〝順序〟っちゅーもんがあるんや」

 

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そう言うと店の大将に、

 

「〝冷奴〟と〝煮奴〟くれまへんか」

 

と、料理を注文した。

 

 

 

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『冷奴』

んまい!!

たかが冷奴かと思いきや、これがまた大豆の〝濃い味〟を全開で楽しませてくれる。見た目こそ割烹の高級豆腐の様な装いだが、所謂、どこにでもある商店街の豆腐専門店にある昔ながらの豆腐の様で、どこか懐かしささえ感じる味だ。

 

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『煮奴』

冷奴はどこの飲み屋でも聞くものの、〝煮奴〟という言い方は初めて聞いた。要は煮豆腐なのだが、お通しの大豆、冷奴と続いて、いささか豆味にも飽きていたにもかかわらず、暖かくて甘い醤油味はまったく別物の料理として舌を和ませてくれた。

 

 

 

「すんまへん、熱燗もらえまっか」

「へい」

 

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そう言って大将は、いよいよ目の前にある〝酒燗器〟へ徳利を入れた。

 

「あとは、温まるまでの時間を〝楽しむ〟んや」

 

これがイカの言う大衆酒場の〝順序〟なのか……。

 

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まるで、ドラム缶風呂にでも漬かっているかの様なその滑稽な様相と、見るだけではなく、どこか落ち着くカタカタという音も楽しませてくれる。

 

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熱燗を待っていて、ふと、隣の席や小上がりの方に目をやると、何もせずただ一人で静かに酒を飲む中年客や、若者数人が居酒屋のように騒ぐわけでもなくアーティストの夢を語らう姿があった。

うーむ、人間観察が好きな私には、イカの言う〝順番〟とやらも楽しいかもしれない。

 

 

 

「お待たせしました」

 

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『熱燗』

チンチンに温まった徳利を、イカが無造作に盃へ注いでひと口飲む。

 

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そして、またひと口。

 

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私もそれを真似て、グイっと熱燗を飲んでみた。

 

 

……なんだか、気分がいい。

 

 

 

「大将、ここは長いこと働いてんでっか?」

 

徐にイカが大将に話しかけた。

 

「20年くらいですかね。ここで働く前は横浜の関内にいたんです」

「へぇー、元々は関内から来たんでっか」

 

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客を、つまびらかに知るカウンターに、手を置いて語りだす大将。

熱燗を啜りながら、何気ない会話が続く――。

 

 

 

***

 

 

 

しばらく大将との会話をしたのち、

 

「お会計してください」

 

と、イカが言った。

 

 

「はーい、ちょっとお待ちくださいね」

 

と、店の奥にいる女性店員が声を出し、手元で何かをし始めた。

 

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『カチ、パチ、カチカチ』

 

(えっ!? そろばん!?)

 

なんとその女性店員、この現代で会計の計算を〝そろばん〟でやり始めたのである。その姿を、特に驚くことなく見つめるイカ。

私は小声で、

 

(ちょっとイカさん!そろばんだよ!?)

(そんなんにいちいち驚いていたら、大衆酒場じゃもたへんで)

 

と小声で返して、何事もなかったように女性店員へ料金を支払った。

 

 

〝大衆酒場じゃもたへん〟

 

そんな言葉、聞いたことがなかったが、妙に納得した。

 

 

 

「ありがとうぞんじます」

 

〝ありがとう〟という言葉に〝ぞんじます〟を付け加えるという、粋な帰り際のあいさつを大将にしてもらい、私たちは店を出たのだ。

 

――私は、なんというか……まるで古い映画館で映画でも観終えた後のような気分だった。

 

 

 

「イカさん……、大衆酒場ってのは、みんなこんな感じなのか?」

「全然ちゃうで。まだまだ〝どえらい〟酒場がぎょーさんある」

「え!?もっと凄いのが!?」

「せや、だから大衆酒場はおもろいんや!」

 

 

〝おもろいんや!〟

〝おもろいん――〟

 〝おもろい――〟

  〝おも――〟

 

自信に満ちたイカの表情が、鶯谷の夜に共鳴していた。

 

 

 

大衆酒場という、その『独特』な空間……。

手間がかかっても、昔の道具を使い、昔からの手法で料理をし、その店独自の方法で客をもてなす。

〝古い飲み屋で飲むだけ〟なんて、とんでもない。

これは、私の好きなBARの様に……、いや、BARとはまた違う、もっと〝庶民的〟で、ずっと〝深い味〟のある酒場、

 

そう、

それが大衆酒場というものだった。

 

 

 

その日以来、私は大衆酒場にどっぷりと漬かり、

 

今に至る――。

 

 

 

これから大衆酒場めぐりをはじめたい方は、是非ともこの記事を思い出していただければ、此れ幸い。

 

 

 

 

 

鍵屋(かぎや)

ジャンル: 居酒屋
最寄り駅: 鶯谷
住所: 東京都台東区根岸3-6-23-18
TEL: 03-3872-2227
営業時間: 17:00~21:00
定休日: 日曜・祝日

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miron-201710
【出身地】
秋田県秋田市
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信濃路(鴬谷)
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