荻窪「かみや」48日後にサイカイする酒場たち
〝東京都の感染者数は……〟
〝緊急事態宣言は、来週にも解除される見通しで……〟
店内のテレビからは、ニュースキャスターが淡々とニュースを読み上げる。店の表と裏の扉は開かれ風通しがよく、疎らに居る客らはどこか慎ましく、静かに飲っている。
私の誕生日は5月23日。その数日後に長かった緊急事態宣言が終わるという発表があり、これはひと足早い誕生日プレゼントに違いないと解釈した私は、前祝にとひとり大衆酒場のカウンターに座り、久しぶりに聴く酒場の音に酔いしれていた──
『かみや』
荻窪駅を出てすぐのところにあり、前からずっと行きたかった酒場だ。4月7日の緊急事態宣言になる直前に駆け込みで行ってみたのだがフラれてしまい、そのままとなっていた。浅草の老舗店『神谷バー』の暖簾分けで、初めて神谷バーへ訪れたときにエラく気に入ってしまい、荻窪に暖簾分けがあると聞いてなんとか行ってみたいと思っていたのだ。
たまたまだが、私が行った日は夜の営業を再開した初日だったらしい。いやしかし、やっと……やっとこんな普通に飲ることが出来る日々が、もうすぐで戻ってくる……これは本当にお祝いだ。
お祝いとなれば生ビールですよ。うわぁ……生ビール、やっと飲めるのかぁ。そうそう、外で飲むと『お通し』があるのだ。こんな普通なことがこんなにうれしいとは。
ク――ッ……プファァァァ!! アハァ──ンめぇ!! ……やっぱこれですよ、酒場のカウンターに座ってチンカチンカのジョッキでグビグビ飲る。久しぶりの生ビールで喉チンカも興奮状態である。
続けてお料理ですけれども……あぁもう、自宅飲みのだと冷奴にウインナーみたいなみたいなものばかりで飽き飽きしていたんだ。よっしゃ、好きなモン喰ったらぁ!
『生ウニ』
これですよ、これ。こんなんが食いたかった、食いたかったんだよぉ……! 独身男が家でこんなのを作れるワケがない。割りばしでスーッとすくい上げ、口を開けて舌の上に載せてやる。ン・ま・い・ッ!! トロォっとした舌ざわりにふうわりウニ風味が最高。おいしいのとうれしいので、顎の力が思わず抜ける。
『煮込み』
煮込みで550円とは、なかなか強気な値段だと思ったが、目の前に出されて納得。大き目の鍋に、モツ、豆腐、ゴボウ、ニンジン、コンニャク……具がてんこ盛り。レンゲですすって……アッツ、アッチッチ……! 熱いなぁ、うれしいなぁ。煮込みなんて本当に何時ぶりだろうか。なんか〝帰ってきたなぁ〟という味に、安心感さえ覚える。
「おぉ、久しぶりだな」
席をひとつ離して座っていた先輩に、店に入ってきた先輩が声をかけてその横に座った。この二人も久しぶりに再会したのだろう。
「ここ、何時まで?」
「20時までだってよ」
「仕事はどうよ?」
「テレワークだよ。まいったよ」
「ははは、お前がテレワークか」
酒場で聴こえてくる熟年先輩同士の会話ってのは良い。こんなのもまた、いつもの風景に戻るのだろう……おっと、あの酒を飲むのを忘れるところだった。
『デンキブラン』
Wikipediaにも載っているデンキブランは神谷バーが発祥。もちろんこの店にも置いてあり外せない酒なのだが、とにかく〝強い酒〟だ。アルコール度数が40%もある。チビチビ飲ったところで、気を付けばベロベロ。もう少しでアルコール消毒液になれるこの代物を私は何度か飲んでいるが、飲み方を決めているのだ。
「え、タンサン……ですか?」
私はデンキブランをタンサンで割って飲むことにしている。俗にいう『カミナリハイボール』というやつだが、私は自分の配分でデンキブランを割りたいので別々に注文するのだ。大抵、今みたいに女将さんが〝タンサンで割るのかよ、小僧め〟という顔で一瞥される。どう思われたっていいんですよ。デンキブランを小僧が飲み伝えていくというのが重要なのである。いっちょ前なことを考えながら、ひと口ゴクリ。
ウーム、この独特な味わい……いつもながら大人の味ですねぇ。思わずイキ顔になりつつ、40%の強アルコールで体内が消毒されていくの感じる。
「おはよーございます!」
「あら! 久しぶりねぇ!」
美人のお運び女性が、エプロンを締めながら奥から出てきた。こちらもマスター、女将さんたちとは久しぶりの再会の様だった。
「元気でしたか……?」
「……うんうん、元気だったよぉ」
私の真横では、お運び女性と女将さんが再会を喜んでいる。さながら、感動のワンシーンだ。なんで、こんな〝当たり前〟だったことが……やばい! なんか、ウルっときてしまったぞ……。デンキブランの飲み過ぎか、もうちょっとだけこの会話を聴いたら出よう。
会計をしていると、テーブル席は適度に埋まっていた。「わざわざメール貰っちゃたからね、来ないわけにはいかないよー」と、常連らしき先輩らが女将さんらと談笑している。他にいる客らも、ほとんどがこの酒場の再開を祝いに集まってくれているのだろう。まるで同窓会のようでうらやましい。
「ごちそうさまでした」
「ありがとうございました」
おっと……タンサンで割ったとはいえ、やはりデンキブランがだいぶ効いている。ちょっとフラつきながら店の外へと向かうが、なんて気持ちがいい酔いだ。リモート飲みじゃこうはいかない。先ほどの同窓会メンバーの誰かとベッタリ肩を組み、千鳥足ではしご酒をしたい気分だ。
「いらっしゃいませー」
そして、入れ違いでまた客が店へと入って行くのを見て、微笑む。
いささか、やきもきする知らせもあるけれども、
これも〝強い酒〟だと思って、チビチビと飲りはじめるか。
かみや(かみや)
住所: | 東京都杉並区荻窪5-26-8 |
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TEL: | 03-3393-2963 |
営業時間: | [ランチ]11:30~13:00 [平日]16:30~23:00 [土祝]16:00~22:00 |
定休日: | 日曜日 |